白銀の朝、優美な枷に繋がれて
秘密の調薬室に差し込む朝陽は、昨夜の情熱をなぞるように冷たく、それでいて残酷なほどに白かった。
窓の外に広がる銀世界が光を乱反射させ、青白い光の粒が室内の大理石や銀の蒸留器に跳ね返っている。
昨夜、狂乱の舞台となった作業台の上で、リリアーヌはカイルの厚い漆黒の外套にくるまり、浅い眠りの中にいた。
リリアーヌがまぶたを持ち上げたとき、最初に感じたのは喉の渇きと、首元に食い込むような重みだった。指先を這わせれば、そこには昨夜、カイルの手によって嵌められた赤いネックレス(優美な枷)がある。
石の表面は体温を吸って微かに熱を持ち、カイルの魔力が自身の鼓動と共鳴して、規則的な脈動を指先に伝えてくる。
「……目覚めたか。」
低く、温度を失った声がリリアーヌの心臓の奥を疼かせる。
リリアーヌが視線を巡らせると、すぐ傍らの椅子に腰掛けたカイルが、組んだ膝の上に頬杖をついて彼女を見つめていた。
乱れた髪も、はだけたシャツの襟元も、昨夜のまま。
だがその瞳には、激情の後の虚脱など微塵も感じられない。そこにあるのは、獲物を檻に閉じ込めた後の、静謐で、底知れないほど深い執着の澱だった。
「……おはようございます、カイル様」
リリアーヌが掠れた声で応じ、身を起こそうとする。
しかし、肩にかけられた外套の重みと、全身を支配する気だるさがそれを拒んだ。
カイルは立ち上がり、静かな足取りで彼女に歩み寄る。大理石の台に両手をつき、リリアーヌを再び腕の中に閉じ込めるようにして顔を寄せた。
「肌が、まだ昨夜の熱を覚えているようだな」
カイルのしなやかな指先が、リリアーヌの鎖骨に刻まれた「愛の紋章」――深く赤紫に染まった痕をなぞった。
リリアーヌは小さく吐息を漏らし、背筋を震わせる。
それは痛みを伴う愛の徴であり、彼女が彼の所有物になったという消えない証明。
「鏡を見ずともわかるだろう? 今の君は、私の独占欲によって塗り潰されている。……このネックレスを通じて、君の心臓が刻むリズムが、私の胸の中にも直接響いてくる。君が怯えれば跳ね、私を想えば甘く乱れる。……実に、素晴らしい」
カイルは陶酔したような表情で、彼女の首筋に鼻を寄せ、残った雪の香りを深く吸い込んだ。
リリアーヌは彼の漆黒の髪に指を絡め、その歪んだ情愛を真正面から受け止める。
「……貴方の心臓と繋がっていると思うと、この重みさえ愛おしく感じますわ。私がどこへ行こうと、何をしようと、貴方は私の鼓動を掴んで離さないのでしょう?」
「当然だ。たとえ君が奈落の底へ逃げようとも、私はこの糸を引いて君を引きずり戻す。……いや、そもそも君に歩く自由など与えるつもりはないがな」
二人の間に、重い沈黙が流れる。
窓の外では、雪の重みに耐えかねた枝が折れる音が、微かに響いた。
この調薬室は、城の喧騒から切り離された聖域であり、同時に二人だけの監獄でもある。
カイルは傍らに置かれた銀のトレイから、深紅の果実を一つ摘み、リリアーヌの唇に押し当てた。
「食え。私の魔力を受け入れるには、君の体はあまりに脆すぎる」
リリアーヌは従順に口を開き、果実を噛み砕く。
溢れ出した甘酸っぱい果汁が、乾いた喉を潤すと同時に、カイルの指先が彼女の舌に触れた。
挑発するようにその指を甘噛みすれば、カイルの瞳に再び、危険な火が灯るのを彼女は見逃さなかった。
「……リリアーヌ。君は自分がどれほど残酷な女か理解しているか? 私の理性をズタズタに引き裂き、狂気の中に突き落としておきながら、そんな聖母のような瞳で私を見る」
「貴方を狂わせたのが私だと言うのなら、その狂気の責任を一生かけて取らせてくださいませ。……私の主様。貴方の檻の中で、私は世界で一番幸福な囚人になりますわ」
カイルは彼女を抱き上げ、外套ごと自身の膝の上に座らせた。
薄いドレス越しに伝わる彼の体温は、昨夜の灼熱とは異なり、どこか守護者のような穏やかさを孕んでいる。だが、ネックレスの赤い石は、カイルの感情に呼応するように、より一層深い輝きを放ち始めた。
「……死が二人を分かつまで、と言ったな」
カイルは彼女の耳元で囁き、冷たい唇を寄せた。
「訂正しよう。死さえも、私から君を奪う理由にはなり得ない。もし君が先に果てるというのなら、私はその魂を魔力で繋ぎ止め、この調薬室に永遠に漂わせるだろう。……君のすべて、髪の一本、吐息のひとかけらまで、私が管理する。それが、私を選んだということだ」
リリアーヌは、彼の胸に顔を埋め、微かな雪の香りに目を閉じた。
自由を失う恐怖よりも、彼の一部として溶けていく悦びが勝っている。
二人の影は、朝陽の中で長く伸び、重なり合い、一つになって溶けていく。
秘密の調薬室を満たすのは、冷たい冬の空気と、熱い執着の香り。




