暴君の執着
隣国の王宮。クリスタルのシャンデリアが眩いばかりの光を放つ大広間に、エドワードとマリアは意気揚々と足を踏み入れた。彼らは、リリアーヌから盗んだはずの「万能薬」を自らの功績として発表し、この国の利権をも握ろうと目論んでいた。
「見て、エドワード様。皆が私たちを敬意の目で見ているわ」
「当然だ。この薬があれば、我々は神にも等しい力を手に入れるのだからな」
二人が壇上に上がり、仰々しく「奇跡の薬」を披露しようとしたその時。
広間の巨大な扉が開き、地を這うような静寂が訪れました。
現れたのは、カイルにエスコートされたリリアーヌ。
漆黒の絹に銀の糸で毒草の刺繍が施された、夜の女王のようなドレスを纏ったリリアーヌ。その姿は前世の「地味で従順な薬草師」の面影はどこにもなかった。
「……リリアーヌ? なぜ君がここに!?」
絶句するエドワード。リリアーヌは不敵な笑みを浮かべ、カイルの腕に手を添えたまま優雅に一歩前へ出た。
「ごきげんよう、エドワード様。皆様、その『薬』を口にされる前に、一つだけ教えて差し上げますわ」
リリアーヌの声が、静まり返った広間に凛と響きわたる。
「その薬は、私が王宮監禁(保護)の間に『書き換えた』ものです。善人には癒やしを、しかし……嘘と裏切りを隠し持つ者の体内では、即座に喉を焼き切る『自白の毒』へと変質するように設計してあるの」
顔を蒼白にするマリアとエドワード。マリアが動揺して瓶を落とそうとした瞬間、カイルが冷徹な声で命じました。
「逃がすな。不敬な裏切り者どもには、自らその『奇跡』を証明させてやれ」
カイルの私兵たちに囲まれ、無理やり薬を飲まされた二人は、衆目の前で自らの罪――リリアーヌへの冤罪工作と国王暗殺計画――を狂ったように叫び始めました。
崩れ落ちる二人を一瞥もせず、カイルはリリアーヌの腰を抱き寄せ、耳元で熱っぽく囁いた。
「終わったな、私の可愛い毒妃。さあ、檻へ帰ろう。……これからは、復讐ではなく私だけのために、その知恵を絞ってもらう」
衆人の注目を一身に浴びながら、カイルは独占欲を隠そうともせず、リリアーヌを自分だけの馬車へと連れ去った。
夜会の喧騒が遠ざかる王宮の回廊で、カイルはリリアーヌを抱きしめたまま、一歩も動こうとしなかった。
「……もう、よろしいでしょう。皆が見ていますわ」
リリアーヌが小さく呟くと、カイルは彼女の耳元に唇を寄せ、深淵のように甘い声で囁いた。
「どうでもいい。誰が何を言おうと、君は私のものだ。……それに、あの舞台での君は、あまりにも美しすぎた。他の男の目に焼き付いた君を、今すぐ洗い流してしまいたい衝動に駆られている」
その独占欲は、もはや制御不能な暴走だった。
カイルはリリアーヌを抱き上げると、誰の視線も気にすることなく、そのまま王宮最奥の自室へと連れ去った。
部屋に着くや否や、カイルはリリアーヌをベッドへと押し倒す。
降り注ぐようなキスが、彼女の唇、顎、首筋へと吸い付くように落とされた。
「……待って。カイル様、今日は」
「待てない。復讐という大義名分が消えた今、君を繋ぎ止めるものは、私の愛だけだ」
彼はリリアーヌのドレスの紐をゆっくりと解き、その白い肩を露わにする。漆黒の毒草の刺繍が施されたドレスが、まるで彼女の肌に溶け込むようにベッドへと広がっていった。
「そのドレスは、君の『毒』を表現していて、とても美しかった。だが……」
カイルの指が、ドレスの胸元をなぞる。
「私にとって、君の最も美しい姿は、このドレスを脱ぎ捨て、私の腕の中で純粋な私だけのものとなる時だ」
その言葉は、命令であり、願いでもあった。
リリアーヌは戸惑いながらも、カイルの瞳の奥に、前世では決して見ることができなかった「絶対的な愛」と「深い孤独」が混在しているのを見た。
彼は、本当に自分を失うことを恐れているのだ。
「私の命は、君に預けた。……だから、君も君のすべてを私に預けろ。良いな、リリアーヌ」
カイルの声は、もはや懇願だった。リリアーヌは、これほどまで自分に執着し、自分なしでは生きていけないと叫ぶ男の存在に、これまでの人生で感じたことのない安堵を覚える。
復讐は終わった。。。。
残されたのは、世界を敵に回してでも自分を求める、この暴君の腕の中だけだった。
「……カイル様」
リリアーヌは、自らカイルの首に腕を回した。
それは、彼の狂気を受け入れ、彼の「檻」に永遠に身を委ねるという、毒妃の甘美な降伏だった。
復讐の果てに待っていたのは、逃げ場のないほどの濃密な時間。




