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暴君との狂おしい再会

「……っ、放してください。いくら他国の皇太子殿下とはいえ、不敬が過ぎますわ」

 リリアーヌは精一杯の拒絶を口にするが、手首を掴むカイルの指は、まるで鉄の枷のように微動だにしない。それどころか、彼はリリアーヌの細い手首に顔を寄せ、その脈動を確かめるように深く息を吸い込んだ。

「無礼? ……ああ、今の私には相応しい言葉だ。だがリリアーヌ、君を失う絶望に比べれば、不敬の罪など羽毛よりも軽い」

 カイルの瞳の奥に揺らめくのは、前世の処刑場で彼が見せたあの「狂気」そのものだった。

 リリアーヌは背筋を走る戦慄を必死に抑え、あえて冷ややかな笑みを浮かべる。

「……私の名を、どこで? 私たちは、公の場では数回言葉を交わしただけの仲のはずですわ」

「忘れたのか? 三年前の舞踏会。君が私に『毒を含んだ葡萄』を差し出した時、私は君の瞳に映る、私と同じ孤独の色を見抜いていた」

 カイルの告白は、前世では聞けなかった真実だった。彼はリリアーヌがフードを深く被り直そうとするのを阻止し、その白磁のような顔を衆目に晒す。

「君の国は、君という至宝を泥の中に捨てた。エドワードのような凡愚に君を預けておいたのが、私の人生で最大の失策だった。……だから、今度は力ずくでも奪わせてもらう」

 カイルが合図を送ると、周囲の闇市を包囲していた影たちが一斉に動き出した。それは保護という名の捕獲だった。

「私をさらって、戦争でも起こすおつもり? 暴君殿下」

「戦争? ――ふん、君一人のためなら、世界を敵に回すくらい安いものだ。……だが、安心しろ。君を嵌めようとしているあのゴミ共については、私が一足先に『掃除』してやってもいい」

 カイルの殺気に満ちた提案に、リリアーヌは彼の胸元に手をかけ、ぐいと引き寄せた。至近距離で、調薬師特有の冷たい瞳がカイルの狂気とぶつかり合う。

「いいえ、カイル様。復讐は、私の手で成し遂げてこそ意味があるの。貴方はただ、その圧倒的な力を貸してくれればいい。……私という猛毒を、貴方の檻の中で飼い慣らす覚悟があるのなら」

 リリアーヌの不敵な言葉に、カイルは一瞬呆気に取られた後、地を這うような低い笑い声を上げた。

「……面白い。その毒に当てられて死ぬなら本望だ。さあ、行こうか。我が監禁の宮殿へ」

 カイルの外套に包み込まれるようにして、リリアーヌは闇市を後にする。 それは、前世で自分を裏切った者たちへの、残酷で華やかな逆転劇の始まりだった。

________________________________________

 リリアーヌが闇市でカイルと邂逅していたその頃。

 王都の一角にある高級サロンでは、第一王子エドワードと聖女マリアが、祝杯を挙げていた。

「ねえ、エドワード様。最近、リリアーヌの様子がおかしくありませんこと?」

 マリアが甘ったるい声で、エドワードの肩に寄り添う。彼女の瞳には、かつての親友への慈しみなど微塵もなく、あるのは奪い取った地位への陶酔だけだった。

「ふん、あの女か。相変わらず薬草の泥にまみれて、根暗な顔をしているのだろう。せいぜい今のうちに精を出させておくさ。彼女が心血注いで完成させた薬は、すべてマリア、君の『奇跡』として発表するのだからな」

 エドワードは下卑た笑みを浮かべ、高価なワインを煽った。彼はリリアーヌの調薬師としての「有能さ」を誰よりも知っていながら、それを搾取することしか考えていなかった。

「でも、最近は部屋に籠もってばかりで……。まさか、私たちの計画に気づいているなんてことはありませんわよね?」

「まさか! あの女は僕に心酔している。僕が優しく微笑んでやるだけで、尻尾を振って毒でも何でも差し出す従順な犬だ。リリアーヌの頭脳は、僕たちがこの国を手に入れるための『都合の良い道具』に過ぎないのさ」

 エドワードは自信満々に断言した。前世でリリアーヌを死に追いやった時と同じ、救いようのない傲慢さである。

「そうですわね。あんな可愛げのない女、エドワード様には相応しくありませんもの。……ああ、早くあの女が絶望する顔が見たいわ」

 マリアはクスクスと笑いながら、エドワードのグラスに口を寄せた。  彼らはまだ気づいていない。  自分たちが「都合の良い道具」だと思っていたリリアーヌが、すでに彼らの喉元に、死よりも残酷な「毒」を仕込み始めていることに。  そして、その背後には世界を滅ぼしかねない「暴君」という最強の盾が控えていることに。

 サロンに響く二人の笑い声は、すぐ後に訪れる破滅の序曲に過ぎなかった。

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