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毒妃の戴冠

 数年の月日が流れた。


 かつて肥沃な大地を誇り、リリアーヌを「毒婦」と呼んで断頭台へと追いやった王国は、地図の上から跡形もなく消え去っていた。

 カイルの率いる漆黒の鉄騎兵が大地を踏み荒らし、その後をリリアーヌが開発した死の霧が生きとし生けるものすべてを深い絶望へと沈めたからだ。


 世界の大半は、カイルの圧倒的な武力と、リリアーヌの調薬術によって支配されていた。

 かつて彼女を貶めた高官たち、彼女の死を願った民衆――彼らの末路は、死よりも過酷なものだった。

 しかし、リリアーヌは彼らを殺さなかった。ただ、彼らの脳から「幸福」と「希望」を感じる機能を奪い、鏡を見るたびに自分の罪が肉体を焼く激痛となって現れる「自責の毒」を全土に散布したのだ。

 いまや生き残った者たちは、風に乗って漂うリリアーヌの沈丁花の香りを嗅ぐだけで自らの喉を掻き切るほどの恐怖に支配されていた。



 そして、ついにその日が訪れた。


 カイルとリリアーヌの「戴冠式」は、かつての敵国――第一王子エドワードが支配していた帝国の、無惨な廃墟となった王宮大広間で行われた。


 剥がれ落ちた金の装飾、血と煤で汚れた大理石の床。かつて豪奢を極めたその場所に、奇妙な静寂が満ちていた。参列しているのは、リリアーヌが「最終調整」を終えた毒によって自我を完全に剥奪され、ただ主人を賛美する言葉を壊れた機械のように繰り返すだけの傀儡となった旧貴族たちだ。

 彼らは虚ろな瞳で、かつての自分たちが虫けらのように扱ったリリアーヌを見上げている。


 「……リリアーヌ。見てくれ。ついに、この地上に君を傷つける言葉を吐く者は、一人もいなくなった」


 カイルの声が冷たく響いた。

 彼は、漆黒のドレスに身を包んだリリアーヌを抱き上げた。

 彼の背後には、歪で禍々しい玉座がそびえ立っていた。


 リリアーヌはカイルの首を細い腕で抱き、彼の耳元で最後の一滴となる猛毒を注ぎ込むように、囁いた。


 「いいえ、カイル様。まだ、一人だけ残っていますわ。私の毒なしでは生きられない身体にした……貴方という、最後の一人の暴君が」


 カイルはその言葉を、最高の賛辞として受け取った。カイルはリリアーヌを玉座へと座らせると、衆目の前で、迷うことなくその足元に跪いた。一世界を統べる王が、たった一人の女の奴隷として臣従を誓う。


 「そうだ、リリアーヌ。私は君を閉じ込める檻であり、毒だ。……私を壊し、私を殺す権利は、君以外には永遠に許さない。リリアーヌ、君がこの世界をすべて飲み干し、絶望ですべてを塗り潰したあと、最後に残る私の命を、君の手で摘み取ってくれ。君の毒で終わるなら、それは私の魂にとって唯一の救済となる」


 リリアーヌは満足げに目を細め、カイルの頭に乗せられていた重厚な王冠を、自分の頭へと乗せ替えた。

 その瞬間、彼女の首元に嵌められた紅い石が、ドクン、ドクンと打ち鳴らされた。二人の共有神経は、いまや限界を超えて同期し、どちらがカイルで、どちらがリリアーヌかも判別できないほどに、狂気の中で混ざり合っていた。


 「……ええ。死が二人を分かつまで、なんて退屈な平民の約束はいたしませんわ。死んでさえも、私の毒は貴方の魂を逃さず、地獄の底まで貴方を掌握し続けるでしょう。……さあ、カイル様。私たちの新しい、そして最後の国に、永遠の夜を呼び込みましょう」


 リリアーヌが白く細い指をパチンと鳴らす。

 それを合図に、王宮の天井から、星屑のように美しい紫色の粉末がしんしんと降り注いだ。それは雪のように優雅に舞い、広間に跪く傀儡たちの肌に触れていく。


 「ああ……ああ……リリアーヌ様……万歳……万歳……」


 粉末を吸い込んだ傀儡たちは、一斉に天を仰いだ。その瞳からは血の涙が流れ、口元には不自然なほどの歓喜の笑みが浮かぶ。彼らは自らの意志ではなく、リリアーヌの毒がもたらす強制的な「多幸感」の中で、ただ毒妃を賛美し続けた。


 やがて、大広間に真の静寂が訪れた。

 カイルとリリアーヌは、他者の体温を奪い合うように強く抱き合い、互いの唇を重ねた。


 二人の影は、永遠に解けることのない一つの巨大な闇となって、世界を包み込んでいった。


 リリアーヌは、愛する暴君の腕の中で、勝利と陶酔に満ちた微笑を浮かべたまま。

 二度目の人生の終幕を拒むように、永遠の夜の中、カイルの鼓動をどこまでも深く、深く追い求め続けた。


 リリアーヌの瞳が最後に映したのは、自分を支配し、自分に支配される、たった一人の男の狂った愛だけだった。

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