蜘蛛の巣②
部屋に漂うのは、銀百合の蜜が放つ、甘い香り。
リリアーヌがミアが淹れ直した二杯目のお茶を口に含もうとしたその時、背後の扉が音もなく開いた。
「リリアーヌ」
低く、有無を言わせぬ圧を持った声。カイルだ。
その瞬間、部屋の中の空気が一変した。
控えていたミアは慌てて深く首を垂れる。
「カイル様。お戻りがお早いのね。新しい侍女が淹れてくれたお茶が、あまりに素晴らしくて」
リリアーヌは椅子に座ったまま、優雅に身体を捻ってカイルを迎え入れた。
カイルは無表情のまま歩み寄り、当然のようにリリアーヌの背後に立つと、彼女の細い肩に大きな手を置いた。
「新しい、侍女か」
カイルの視線が、床に跪くミアへと向けられる。それは人間を見る目ではなく、冷酷で無機質な眼差しだった。ミアは石のように固まり、指先を震わせている。
「ええ。ミアというの。……ねえ、カイル様。この子を見て、何か感じないかしら?」
リリアーヌは、カイルの手の上に自分の手をそっと重ね、無垢な微笑みを浮かべる。
「この子……私が昔、一番大切にしていた親友に、どこか雰囲気が似ているのよ」
ミアの背筋に、氷の刃が走ったのが空気で分かった。ミアの伏せられた瞳が、激しく左右に揺れる。
「親友……? 」
カイルの声は、低く、濁っていた。
リリアーヌは、カイルを振り返りながら、わざとらしくミアに聞こえるように囁いた。
「だから、ミアがここに来たのは、きっと運命だわ。ねえ、ミア。顔を上げて、カイル様をしっかり見て? 貴女がこれからお仕えする、この国の支配者よ」
「……っ……」
ミアは、死を待つ罪人のような絶望感の中で、ゆっくりと顔を上げた。
カイルの漆黒の瞳と、ミアの怯えきった瞳がぶつかる。カイルはしばらく無言で彼女を見下ろしていたが、やがて不快そうに目を細めた。
「私はこの子が気に入ったの。」
リリアーヌは、慈しみをもって、ミアに微笑みかけた。
(そう、もっと震えて。この監獄に閉じ込められたことに絶望して。)
「ミア、下がっていいわ。……明日も、同じお茶を淹れてね。……分かっているわね? 『10秒』よ」
最後の一言に込められた、ある人物しか分からない合図。
ミアは声も出せず、ただ何度も深く頭を下げ、逃げるように部屋を去っていった。
扉が閉まると、カイルはリリアーヌを抱き寄せ、その首筋に深く歯を立てた。
「……悪趣味だな、リリアーヌ。あんなに怯えさせて、何を楽しんでいる?」
「ふふ、何のことかしら。……私はただ、新しい侍女と仲良くしたいだけですわ」
リリアーヌはカイルの首に腕を回し、熱い吐息を漏らす。
首元の石は、今や火傷しそうなほど熱く、ドクン、ドクンと狂おしく打ち鳴らされていた。
二人の狂気の中で、ミアの人生は、ゆっくりと、崩れていく。
実は今作が、人生で初めて執筆して投稿した作品です。
みなさんに読んでいただけて、本当に嬉しいです。
ありがとうございます。
みなさんに「面白い」と思っていただけるよう、精一杯最後まで書き切りたいと思います。
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