第4話 山林に眠るゴンドラ
ゴールデンウィークが終わり、学校に行くと、美希は改めて万里香から謝罪を受けていた。
ただ、
「悪かったな。っていうか、私も行きたかった」
などと言われる始末。
(この廃墟バカめ)
と、内心は思いつつも、美希は万里香のことが憎めなかった。
一方、菜々子は、この時期彼氏とよろしくやっているのか、なかなか都合がつかず、一緒に廃墟ツーリングに行くこともなかった。
そのことが不満で、授業の合間にカフェテリアで、美希が、
「菜々子ちゃんは、もう廃墟より彼氏の方が大事なんじゃない?」
と何気なく発していたが、万里香はどこか達観したような瞳を中空に漂わせながら、
「いや、あいつはきっとこっちの世界に戻ってくる」
と言っていた。
(何だよ、こっちの世界って)
と、美希は正直、複雑な気分ではあった。
そして、6月。
その高橋菜々子から珍しく連絡があったため、3人は大学のカフェテリアに集まった。
「センパイたち。私、行きたいところがあるんですけど」
元気一杯の彼女が地図アプリを示しながら、提案した場所、それは。
「奥多摩湖ロープウェイ?」
「そうです。奥多摩湖畔に眠る、昔のロープウェイ跡。まだ壊されずに残ってるんですよ」
「なるほど。廃ロープウェイか。これは面白そうだな」
早くも前のめりで乗り気の万里香は、行く気満々だった。
「待って。そんなとこ、危ないでしょ。やめとこうよ」
美希は前回の経験から、どこか嫌な予感を感じているのか、気持ちが後ろ向きだった。
「いや、安全に配慮して行こう」
「えー。結局、行くの?」
「そりゃ、行きますよ、ねえ、万里香センパイ?」
相変わらず罪作りなほど可愛らしい笑顔を浮かべる菜々子は、彼氏が出来たせいで、ますます可愛らしくなっていたのが、美希には憎たらしいほどだった。
「ああ。ちなみに、美希」
「何?」
「奥多摩湖ロープウェイも、心霊スポットとして有名だ」
「あ、やっぱ私、ちょっと用事が……」
「ダメだ」
「何で、私だけ拒否できないのよ!」
結局、半ば強引に美希も連れていかれるように、参加が決定。
時期的には、梅雨時なので、比較的雨の影響がない、曇りの日を狙って行くことにした。
なお、彼女たちが通っている、高崎市の大学から目的地までは、下道で約3時間、高速道路で約2時間半かかるのだが、実は高速道路を使うと遠回りになり、130キロを走ることになる。一方、下道だと112キロ。
どのみち、埼玉県の秩父を経由して、東京都に入り、国道411号を真っすぐ行けば着くし、秩父以外はあまり混まないルートのため、今回も下道ルートになった。
途中のコンビニ休憩で、前の約束通り、万里香からジュースを奢ってもらった美希が、
「せっかく3人とも高速道路に乗れるバイクに乗ってるのに、まだ一度も高速道路で廃墟に行ってない」
と愚痴っていたが、万里香は、
「高速道路なんてただの移動手段。つまらない」
と、ばっさり否定していた。
菜々子は、スマホで色々と調べているようで、
「奥多摩湖ロープウェイは、1962年に営業を開始して、高度経済成長期だったので、それなりに集客があったらしいんですが、すぐ近くに橋が架かって、車やバスで移動が可能になったので、たった4年で廃止されたみたいです」
と、説明してくれるのだった。
「えっ。じゃあ、それからずっと廃墟ってこと?」
「そうなりますね」
「ということは、軽く半世紀、50年以上も廃墟なのか。これはテンション上がるな」
「相変わらず変なところでテンション上がるね。っていうか、そんな女子大生、あなたくらいだけど」
万里香が目を輝かせ、美希が呆れて、菜々子は微笑んでいた。
その後、地図アプリに従い、埼玉県の観光地、秩父を通り抜け、山に入り、東京都に接続。
後は、奥多摩湖のほとりにある、川野駐車場というところを目指してひたすら山の中を走る快走路になる。
6月ということで、蒸し暑いが、多くの木々に囲まれたこの辺りは、緑が多く、そのお陰で日差しが遮られて、実はかなり涼しい。
そして、着いた先、川野駐車場。
そこでは、周囲から「爆音」が時々、轟いていた。
「そうか。奥多摩周遊道路沿いか」
万里香が呟いたように、ここは奥多摩周遊道路の終点に近い道路沿いにある。おまけにその日は、土曜日だったので、爆音を響かせ、かっ飛ばしているバイクが数多く見られた。
そんな中、その多くのバイクが集まる川野駐車場から、徒歩で目的地に向かうことになる3人。
「こんな走りやすい道があるのに、わざわざ廃墟に行くなんて、私たちくらいだよね」
「まあ、そう言うな。この先に面白い物が待っている」
「ワクワクしますね!」
妙なテンションを保ちながら、3人は道路脇にある、古ぼけた石段を登って行く。
どうやらこの先に、その廃ロープウェイの建物があるらしい。
ただ、実際行くとわかったのは、人の手が入っていない道ということだ。
長い間、人の手が入らないと、当然「荒れて」行く。
崩れそうな石段を何とか登りきると、道らしき道は完全に消失していた。残りは、斜面に沿って、登るのだが、かろうじて訪問者によって慣らされた土の道を歩くが、ほとんど山登りに近い物になっていた。
先日降った雨によって、地面の土が滑り、ある意味、非常に危険な道でもあった。
ただ、ここは3人で来ているのが正解で、お互いに助け合いながら、声をかけながら無事に登りきることに成功した。
そして、待ち受けていたのは。
「これは、すごいな」
万里香が見上げて溜め息を突いていた。
そびえ立つ薄汚れたクリーム色の壁を持つ廃墟。それは不思議と「美しさ」すら感じさせる物だった。
割れたガラスが怪しく、美しく輝いていた。
さらにここは中に入ることを禁じられていないようで、中に入ってみると。
昭和の名残を残した古ぼけた小さな男子用トイレ便器が佇んでいた。
建物の中は、かなり荒れていて、壁は落書きだらけ、地面には様々な物が散乱しており、足元に気を配らないと転倒の危険があるほど。
少し進むと、興味深い物が現れた。
無骨な鉄製の歯車があり、廃墟好き、工場好きの両方の需要を満たしてくれるような場所だった。
もちろん、室内は薄暗いが、窓という窓は、もはやガラスがなく、意味をなしておらず、木片や石が室内に流入していた。
そんな中、3人が向かったのは、階段を下りた先だった。
「これは、ゴンドラか」
万里香が見上げて、思わず写真に撮っていた。
(みとう号)
プラットフォームに佇む、その小さなゴンドラに名前が書かれてあった。
美希は後で知ったことだが、ここは当時「三頭山口駅」と呼ばれていたらしい。
この奥多摩湖ロープウェイは、営業距離がたったの621.45m。駅は、この三頭山口駅と、対岸の川野駅しかなかった。
赤と白に彩られた、小さなゴンドラは、ドアが開け放たれ、窓がなくなっていた。さらにゴンドラの床は一部が抜け落ちていた。
万里香がそのゴンドラに乗り込んで写真を撮ろうとしていたので、さすがに美希は心配になって、彼女の腕を取って、
「やめた方がいいよ、危ない」
と、真剣な目で止めていた。彼女も素直に従った。
下は地面だから、踏み外しても大怪我はしないだろうが、もしものことがあるからだ。
しかし、
「うわっ、この改札口、エモいですね!」
今度は、逆の改札口方面で、菜々子のはしゃぐ声が聞こえた。
振り向くと、菜々子がもはや改札口の意味をなしていない、鉄柵だけの改札口を写真に撮っていた。
その時、美希は背中に寒い物を感じるのだった。
悪寒に近い冷気を背中に感じる。彼女は怖さを感じていた。
ただ、季節的には初夏に近い。ありえない冷気を感じて、彼女は立ち止まっていた。
(これは霊感? もしかして私には霊感があるのか?)
おぼろげながらもそう思ったが、後は冷静に、しかし急いで彼女たちを説得して、その場を足早に立ち去ることになった。
美希は、後で知ったことだが、ここでは女性の霊を見た、という人がいるらしく、なかなかの心霊スポットになっているらしい。
(夜は絶対来たくない)
と、思いつつ、何とか彼女たちは無事に帰宅することが出来るのだった。
それでも美希は、改めて思うのだった。
(廃墟に心霊スポット。どうもこれからの時期は気が引ける)
と。
しかし、そんな美希の思いとは裏腹に、山田万里香の廃墟巡りは、どんどんエスカレートしていくのだった。




