第3話 鎌北湖の怪異
そうして、半ばなし崩し的に田中美希は、山田万里香が提案した、廃墟ツーリングに巻き込まれることになるのだが。
最初の目的地になったのが、鎌北湖。
時期的には、ちょうどゴールデンウィーク後半戦初日の5月3日だった。
心霊スポットという噂をネットで耳にして、弱冠、憂鬱な気持ちでいた美希は、出発前日の5月2日の夜、彼女たちから通信アプリでメッセージを受け取る。
―ごめん、美希。用事が入って行けなくなった―
と、主催者のはずの万里香からメッセージを受け取る。
―えっ、マジで。じゃあ、菜々子ちゃんと二人で?―
しかし、その菜々子本人からも、
―あー、ごめんなさい、センパイ。実は私も急に用事が入って―
と言われる始末。彼女の場合、彼氏関係の可能性が高いが。
―じゃあ、私もパスで―
と、咄嗟に美希が嬉々として返すも、即座に反応したのは万里香だった。
―それはダメだ―
―どうしてよ?―
―誰かがあそこに行って検証しなければならない―
―検証って?―
万里香の意図がわからない美希が問うと、彼女はおもむろに語りだした。
―あそこにはバブル期に建てられた廃ホテルがあってな。美希には是非、そこに行って写真を撮ってきて欲しいんだ。本当なら私が行きたいところだが―
―いや、でも心霊スポットって言われてるよ。心霊写真でも映りそうで怖いんだけど―
―大丈夫だ―
―大丈夫じゃないよ。何の根拠もない―
―大丈夫でしょ、美希センパイなら。それに昼間に行くのであれば別に―
万里香の根拠のない自信、菜々子の楽観論。
美希は溜め息をつきながらも、彼女たちに返信をするのだった。
―行ってもいいけど、次のツーリングで私に奢ること―
それくらいの対価は払ってもらわないと嫌だと思うのだった。
―しょうがないな―
―まあ、いいですよ。センパイの骨は拾うので―
―勝手に殺すな―
ということで、今回は久しぶりの廃墟ツーリングのくせに、いきなり田中美希一人で行くことになった。
(ソロツーリングだけど、いきなり心霊スポットか)
憂鬱な気持ちのまま、美希はネットで情報を集めるのだった。
鎌北湖。高崎から下道だと約2時間、高速だと約1時間20分、距離にして70キロ。
バイクで行くならさして遠い距離ではない。
鎌北湖は埼玉県入間郡毛呂山町、そこにある小さな湖だ。
ただ、群馬県から埼玉県に行くにしても、主要国道の国道17号や254号を通ると、渋滞に巻き込まれる恐れがある。
それを見越して、早朝の5時頃に出発することにした美希。
予定通り、順調に流れに乗って、あっさりと午前7時頃にその鎌北湖に到着した。
そこは、深い緑に囲まれた自然の中にある、静かな湖だった。
その日は、祝日だったこともあり、湖畔には釣り糸を垂らす中年の男が数人いた。
そして、万里香の言った問題の廃ホテルは湖畔の奥まった所に確かにあった。
小さな湖、鎌北湖の入口から時計回りに左に回った先、湖畔に突き出る形で存在しているそれは、圧倒的な存在感を放っていた。
くすんで色が落ちた白い外壁、窓ガラスが割れてむき出しになっているのに、カーテンだけは残っていて、部屋が外から黒く浮かび上がり、非常に不気味だった。
元は、もっと大きくて綺麗なホテルだったらしいが、2011年に不審火があり、焼失。現在残っているのは別館らしい。
だが、それでも、近づきたくないような異様な気配を放っていた。
仕方がないので、恐る恐る美希は近づきつつ、スマホのカメラを構えた。
時間的には、午前7時頃。
ただ、この日は朝から霧が出ており、少しだが霧で曇っていた。
あまり近づくのも恐ろしいと思った美希は、遠巻きに廃ホテルの周りを歩きながら写真を何枚か撮った。
その後、念のために写真を確認。心霊写真になったいなかったことを確認し、ホッと胸を撫で下ろした時だった。
「お姉ちゃん、どこから来たの?」
気配がしなかった背後からいきなり声をかけられて、彼女はびっくりしながら振り返る。
そこには、右手に釣り用の赤いロッドを持ち、野球帽のような帽子をかぶり、ジャケットを着た、いかにも釣り人と言った風貌の40~50歳くらいの中年のおじさんが立っていた。
「あ、群馬県の高崎です」
「ほう、そりゃ遠いね」
「僕は、この辺に住んでるんだけど、釣りにいいんだよ、ここは」
そう言って、おじさんはあっさりと湖の方に向かって歩き出した。
その後、美希は数枚写真を撮った後、同じく湖畔に向かった。
湖畔には、釣り糸を垂れている人が何人かいたのだが。
(あれ、さっきの人は?)
先程声をかけられた釣り人のおじさんが見当たらないことに、強烈な違和感を覚えた彼女は、近くにいた同じような風貌をした別の釣り人に声をかけていた。
「あの、先程こちらに赤いロッドを持って、野球帽をかぶった釣り人のおじさんが来ませんでしたか?」
その男もまた、同じような風貌の50がらみの男だったが、先程の男とは明らかに違って、太っていた。
「いや」
「あれ、おかしいですね。こっちに釣りに行くって言っていたのに……」
「本当に見てないよ。っていうか、君以外さっきから誰もここには来ていないしね」
瞬間、美希は背筋が寒くなるのを感じた。
それを見抜いたのか、その釣り人のおじさんが、怖いことを口にしたのだ。
「もしかしたら、それ霊かもね」
「えっ」
「出るんだよ、ここ」
「え、でもこんな朝早くから?」
「ああ、朝でも昼でも関係なく出るって噂があってね。君が見たのは、人間じゃない可能性があるな」
さすがに美希は、恐怖で顔が引きつっていた。
「あ、ありがとうございました」
そのまま、震える声でお礼を述べて、足早にバイクに戻るのだった。
(私が見たあのおじさんは誰? いや、もう考えないことにしよう)
美希が会った、釣り人のおじさんが本当に霊なのか、存在している人間なのか、それを確認する術はない。
こうして、美希にとって、大学生活最初のソロツーリングにして、最初の廃墟巡りツーリングが終わり、彼女は散々、万里香に文句を言うのだった。




