第2話 ドライブイン七興
ドライブイン。
それは、自動車に乗車したままで乗り入れることのできる商業施設のことである。本来はドライバーの休息、食事の店に簡易な宿泊施設を備えた「drive-inn」が原型で、「inn」とは小規模な家族的旅館を意味したらしい。
1921年にアメリカのテキサス州ダラスに開業した「ピッグ・スタンド(Pig Stand)」が世界初のドライブインとされ、日本ではバブル期を中心に、ロードサイドに数多く築かれた。
その多くが、飲食店、土産物屋を兼ね備え、時には長距離トラックドライバーの休憩のために、シャワー室まで揃えている場所もあったという。
しかし、トラック輸送の大半が国道から高速道路に移行したこと、国道の多車線化やバイパス化によって中央分離帯が設置され、片側一方向の集客しか見込めないようになったことなどから、廃業やコンビニエンスストアに転業する店舗が増え、ドライブインの数は激減。
現在では、道の駅に人気を完全に奪われ、コアなファンしか来ないようなところが大半だった。
大学2年生になったばかりの4月末。
田中美希は、山田万里香に誘われ、その「ドライブイン七興」に共にバイクで向かうことになった。
時間的には、大学の授業が終わった夕方の17時頃。
丁度帰宅時間と重なり始めるため、道路は混んでいた。
混んでいなければ、約20分で行ける10キロちょっとの道のりだが、混んでいたため、30分くらいかけて彼女たちはそこにたどり着いた。
着いてみると、
「いやあ、田舎だねえ」
美希の第一声がそれだった。
周りには一応民家はあるが、コンビニすらも見当たらない、田舎に突然、現れた昭和レトロな店だった。
事前に地図アプリで確認したように、古ぼけて色がくすんでいる白い外壁、「ゲーム&自販機」と書かれた、昭和の名残を残すような派手なネオンサイン。
「いらっしゃいませ」、「OPEN」と書いてあるのに、ほとんど人気がない店内。
(寂れっぷりがヤバいな)
美希の正直な感想だった。
そこに、オシャレさや、それこそバズってる感は全く感じない。
しかし、
「あれ、菜々子ちゃん、来てるの?」
美希がすぐに気づいたのは、駐車場に停まっているヤマハ セロー。それもファイナルエディションで、シートに小型のソフトバッグが乗っている。それが高橋奈々子の愛用しているバッグだとすぐに気づいたのだ。
「ああ、私が呼んだ」
相変わらず何も言ってくれない、不愛想な万里香に苦笑しながらも、美希は万里香と共に、薄汚れたような、古いドアを開けて店内に入った。
「あ、センパイたち。遅かったですね~」
相変わらず、どこか「男たらし」を思わせるような、あざといくらい可愛らしい笑顔で、菜々子は出迎えてくれた。
彼女は店内にある古ぼけた椅子に座って、コーラを飲んでいたが、駐車場に車が数台停まっていたのに、店内には彼女しかいなかった。
「菜々子ちゃん。久しぶり」
「美希センパイ。お久しぶりです!」
彼女と美希とは、同じ大学だが、学部と学年が違う関係で、実は頻繁に会うわけではなかった。
そして、山田万里香は。
我関せずと言う感じで、真っ先にレトロ自販機に向かっていた。
そのレトロ自販機。
美希が見る限り、ほとんどいつの時代の物かわからないくらい古い物ばかりだった。
巷のオシャレなショッピングセンターや、アウトレットモールでは、間違いなく「絶対に」見かけない、「うどん」、「そば」と書いてあるレトロな白い自販機、さらに「HAMBURGER」、「トーストサンド」と書いた、これまたレトロすぎて色がくすんでいる赤と白の自販機が並んでいた。
さらに、「調整中」と書いてあり、使えないレトロ自販機、いつから変わっていないのか、わからないくらい古いアーケードの筐体がいくつか並び、まるで会議室のような椅子と机が並び、卓上には銀色の灰皿が並んで、タバコの残り香が漂っている。
(昭和すぎる)
美希は、呆れるくらいに古いこの空間に溜め息すら出る思いだったが、そんな中、万里香だけが嬉々として動き回り、さっきから自販機にコインを投入していた。
仕方がないから、美希は古ぼけた自販機でジュースだけを買って、菜々子の向かい側に腰を下ろした。
やがて、万里香は、左手にハンバーガー、右手にうどんの入った器を持って、美希の隣の席に座った。
「万里香、買いすぎ。そんなにお腹減ってたの?」
「いや、別に。せっかくだから食べたいだけ」
「あ、そう」
美希は呆れながらも、いつものことだと諦めた。
「それで、何ですか、万里香センパイ。わざわざこんなところに呼んで」
菜々子の声に、万里香は反応した。
そして熱々のハンバーガーの包みを開けながら、語りだした。
「ああ。美希も二輪免許を取ったことだし、これからのことを相談しようと思ってな」
「これからのことですか?」
「そうだ。まずは『行きたい廃墟に行く』ってことだが」
「それって、前と変わりある?」
「いや、ないな」
即座に美希に否定され、万里香は目を逸らし、菜々子は笑いを堪えているようだった。
「万里香。わざわざ呼び出して、それだけ?」
美希に呆れ顔で突っ込まれていた万里香は、しかし、首を振った。
「いや。せっかくだから高校時代には行けなかったところに行こう」
「どこですか?」
満を持して、山田万里香が宣言するように、2人に伝えた場所、それは。
「廃ホテル、廃住居、廃遊園地、廃ロープウェー、廃鉱山など。まだまだ行ったことがない廃墟は日本中にある」
「いや、そりゃあるだろうけど、また廃墟ばかり」
不服そうに訴える美希に、万里香は何か感じるところがあったのか、彼女には珍しく笑顔で、答えた。
「廃墟ばかりじゃない」
「えっ」
「今回から、ここのように『生きた』レトロな店にも行く」
「へえ。面白そうですけど、彼氏とデートに行く場所じゃないですね」
彼氏持ちの菜々子は笑顔だが、不服そうに見えた。
「別に彼氏と行くのが目的じゃない。私たちは、あくまでも『廃墟』を中心に巡るんだ。そこに『観光地に行って、はしゃぐ』ような気持ちは微塵もない」
「それって面白いかな?」
「面白くなければついて来なくていい。私一人でも行く」
美希の言葉を、少しも躊躇せずに否定する万里香。
一方、筋金入りの廃墟好きでも知られる菜々子は、
「どこにでもお供しますよ、センパイ」
飛びきりの笑顔を見せて微笑んでいた。
「まあ、しょうがないから付き合ってあげるけど。で、まずはどこに行くの?」
なんだかんだで、美希も頷いていた。
そして、最初の目的地が万里香によって示されることになる。
「鎌北湖だ」
「鎌北湖? どこ?」
「埼玉県だ」
山田万里香によって、最初に定められた、「廃墟巡りツーリング」の行き先、鎌北湖。
そこは、「乙女の湖」とも呼ばれ、かつてのバブル期には栄えたところだったのだが、その後、湖畔のホテルが廃墟になったことで、現在では「心霊スポット」とも呼ばれるくらい不気味に静まり返っているという。
「ちょっと、万里香。心霊スポットじゃない!」
美希は調べてみて焦って声に出していたが、万里香は相変わらずどこ吹く風という感じで、平然としていた。
「廃墟に心霊スポットなんて、良くあることだ。気にするな」
「気にするよ!」
こうして、再び彼女たち3人による、廃墟巡りツーリングがスタートするのだが、最初からこのツーリングには、波乱が待ち受けることを彼女たちはまだ知らない。




