五百円玉の沈黙
大学の自販機でお釣りを受け取ったとき、一枚の五百円玉が手に落ちた。
まだピカピカで新しいが、表面を指でなぞると、縁のくぼみに微かに文字が刻まれていた。
「きこえるか」
深夜、部屋で寝ていると、かすかな音が耳元に届く。
最初は耳鳴りかと思ったが、それは硬貨を握っているときだけ聞こえる声だった。
声は途切れ途切れに「…川…橋…」と告げ、次第に鮮明になっていく。
指示された場所に向かうと、橋の下に古びた缶コーヒーの空き缶と、裏に刻印された百円玉があった。
そこには「きみの、ことばを。」とあった。
それは、数年前にネットで見かけた“百円玉の裏に刻まれた言葉”と同じだと気付く。
ポケットの五百円玉は、もう何も言わなかった。
——役目を終えた沈黙だけが残った。