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異世界恋愛短編

【コミカライズ決定】略奪してくれて、ありがとう

 「うふふ、レオノーラ。テオドルフ王太子殿下は私の方こそを愛してるのよ。あなたは婚約者としてはお役御免なの!」


 高らかに笑いながら、幼馴染の侯爵令嬢であるマリアンヌはそう言った。

 私が王妃教育に忙殺されている間、マリアンヌはテオドルフ王太子に近づきその寵愛を勝ち取ったのだという。


 それを受けた私の思いは……。


 た、助かったー! これで地獄の嫁いびりもとい、息子の婚約者いびりから解放されるー!


 だった。


 最初は疑問すら持たなかった。三時間程度しか睡眠時間を確保できないほどの課題を課されることも、多言語を話せなければ厳しく叱責されることも、食事する時間すらままならないことも王妃教育として必要なものだと信じていたのだ。

 しかしある日のこと。魔法理論の授業でわからないところがあったため、王妃殿下に質問をした。

 だってその授業は王妃教育の一環として行われていたのだから、当然王妃殿下になら答えがわかると思ったのだ。

 しかし、王妃殿下は答えられず、それどころか「妾を愚弄しているのか!」と烈火の如く怒った。


 その上王太子は王妃殿下の味方で、「母上に失礼なことをしたらしいな! そもそも女が魔法理論に関して論じるなど、知識をひけらかして生意気なことをするもんじゃない!」と私を叱責してきたのだ。


 そのあまりにも理不尽な体験から私は疑問を持った。

 その疑問に答えを与えたのは、メイドが持っていた庶民向けの娯楽小説『嫁いびりに苦しむ私が逃げ出した結果』というものだった。王妃教育の隙間隙間を縫ってそれを読んでいくと、まさに私が受けている仕打ちと似たようなものが描写されていたのだ。


 しかも、姑の味方をする夫というのが非常に厄介な敵として登場する。


 ——ど、どうしましょう! このまま結婚したら、私までこの小説みたいな地獄の結婚生活になってしまう! 王太子妃になってしまったら庶民みたいに結婚生活から逃げ出すこともできない!


 と絶望していたところ、まさかの幼馴染が婚約者を略奪してくれた(・・・・・)のである。


 同じ階級の侯爵令嬢であるマリアンヌ・アドレーは、幼い頃から私の持っているものを何でも欲しがった。そして、母を亡くしてからというもの、アドレー侯爵夫人に鼻の下を伸ばしっきりの父はなんでもマリアンヌにあげなさいと私に命じてきた。


 お気に入りのドレスも、亡きお母様からもらったネックレスまで、父は無理やり取り上げてマリアンヌにあげてしまうのだ。


 そして胸元の大きく開いたドレスを着ているアドレー侯爵夫人に、「まあ、ありがとうございます。これで娘も喜びますわ」と微笑まれて脂下がっていた、最低な父だ。


 でも、今回ばかりはその最低な父に感謝したい。だって、父は婚約破棄に賛成してくれた。王太子殿下の婚約者という立場をマリアンヌに与え、アドレー侯爵夫人の歓心を買う。なにせ政治的には、領地の収益がとても良好で、婚約破棄したところで立場が弱くなることもないのだ。別に娘一人犠牲にしたってかまいやしない、と思っているらしかった。

 そして私の方としても、あの王太子殿下とそれについてくるイビリ大好きな王妃殿下も丸ごとマリアンヌに押し付けることが出来るのだ、婚約破棄は大・大・大歓迎である。


 これでようやく一日三時間睡眠から解放される! 地獄の王妃教育という名のただのイジメも終了だ!


 私は快哉を叫んだ。


 しかし想定外だったことが一つある。新しく王弟の息子である公爵令息セドリックを婚約者として宛てがわれてしまったのだ。


 セドリック様は変わり者で、他の令嬢達から忌み嫌われている。

 重たく目にかかった前髪に、陰鬱な雰囲気。いつも魔法理論の研究ばかりをしている変わり者。


 そんなセドリック様を新しい婚約者として推薦したのはマリアンヌと王妃殿下だという。

 魔法理論に関する質問で恥をかかせた私を王妃殿下は忌み嫌っているようで、そんな私を陥れたいマリアンヌの進言を聞き入れて、セドリック様を新たな婚約者として推薦したらしい。


 まあ、別に構わない。多少陰気で変人だからって、毎日三時間しか寝れないような課題を与えられたり、食事を摂る暇もなく王妃教育を行ったりされるわけではないでしょう。


 私は、新たな婚約者殿とも親しくなるべく手紙を出した。


 意外なことに、人嫌いと噂のセドリック様からはすぐに返事が返ってきた。今度会う約束まで取り付けることができたのである。

 

 そうして迎えた面会の日、セドリック様は想像以上の変人だった。


 「君が魔法理論で王妃に恥をかかせたという噂の令嬢か。それは本当なのか?」


 開口一番にセドリック様はそう聞いてきた。


 「恥をかかせたつもりはありませんが、王妃教育の授業の中でわからないことがあったので王妃殿下に質問しただけです」

 「“多極化魔素の複合体とその微小領域での特性について”、か。大学院レベルの質問だな。王妃殿下に答えられるわけがないだろう。あの方は魔法理論の基礎レベルも理解していらっしゃらないはずだ」

 「王妃となるならこれくらいの教育は必要だと言われたのですけれどね」

 「く、くく。面白い冗談だな」


 重たい前髪の隙間から覗く目が楽しげで、口元を歪めて笑う様はなんだか悪い魔法使いみたいだ。


 「王太子殿下より優秀であっては困ると、俺から教育を剥奪するよう命じた王妃殿下とは思えない所業だ。王太子妃が王太子よりも優秀だったら困るだろうに、君なら教育についてこれず音を上げると踏んだのか?」


 ぶつぶつと独り言のようにそう呟いていた。


 「あのー、セドリック様? なんの話でしょうか?」

 「ああ、君は知らないのか。幼い頃からあのバカ王子、いや、王太子殿下はあまり勉学が得意でなくてな。同世代の俺の方がよく出来たものだから、それでテオドルフ殿下が王太子にふさわしくないという噂が立っては困ると、俺は教育を受けることを禁じられたんだ」

 「まあ、そんなことが……」


 確かにあのバ……王太子殿下はお勉強があまり得意ではない。鬼の教育を受けていた私に対してやたらと嫌味を言ってきたのもそのためか?


 「まあ、君に関しては王太子妃に教育を与えて、妃に陰から支えさせようとしていたのかもな」


 あの地獄の教育にはイビリ以外にもそんな意味があったのかもしれないのか。確かに王妃殿下からは、「テオドルフをよくお支えするように」と繰り返し繰り返し言い含められていたけど。

 でも肝心の王太子殿下がバ……少々勉学がお苦手であらせられれば、すぐに化けの皮なんて剥がれてしまいそうだけれど。

 

 「なあ、君、王太子殿下と王妃殿下の鼻をあかしてやりたいとは思わないか」

 「え? いえ全然。私、婚約破棄できて今とても幸せですので」

 「は? だ、だが、君は悔しい思いをしたはずだ!」

 「いいえ全然」

 「な、なん、だと」


 セドリック様がなぜかショックを受けておられる。

 私が首を傾げていると、セドリック様が捲し立てるように言い募り始めた。


 「き、君となら素晴らしい研究が出来るんじゃないかと思ったんだ。教育は受けていないが独学で魔法理論を学び続けた俺と、大学院レベルまで魔法理論の教育を受けてきた君となら素晴らしい論文も書けるはずだ。それで王妃や王太子の鼻をあかしたくはないか?」

 「別に王妃殿下にも王太子殿下にも興味はありませんけど、独自の研究というのは面白そうではありますね」

 「そ、そうか! それはよかった! ご令嬢は研究になんて興味がなく、復讐ぐらいでしか興味を持ってもらえないかと思っていたが! 君のような人もいるんだな」

 

 セドリック様は嬉しそうにそう答えた。

 詳しく話を聞くと、セドリック様は魔法理論の研究が好きで好きで好きで好きでしょうがないらしい。だけれど本格的な教育を受けていないせいで手詰まりを感じていたと。

 そこで婚約破棄されたばかりの私に目をつけた。魔法理論について大学院レベルの質問をして王妃殿下に恥をかかせ、また王妃殿下に恨みを持っているはずの私なら、もう一度魔法理論で王妃殿下に対して報復しようと考えるのではないか。そこに甘言を持って近づけばと、マリアンヌの方にうまく手をまわして私とセドリック様の婚約がまとまるように仕向けたらしい。


 まったく、この新しい婚約はいろんな人の思惑が二重三重に絡んでいたのね。

 まあ、私としてはあのバ……王太子殿下と婚約破棄できさえすればそれで良いから構わないのだけど。


 そうして私たちの研究生活が始まった。

 高い教育を受けている代わりに理論ガチガチで頭が固くなってしまった私と、独学で知識の抜けがある代わりに柔軟な思考ができるセドリック様。

 実際に研究を始めてみると、私たちの相性は最高だった。


 あんなに忙しいのを嫌って、これからはダラダラするぞー! と息巻いていたのに、結局寝る間も惜しんで実験している。

 好きなことのために忙殺されるのはこんなに楽しいことなんだ、というのは新たな発見だ。

 そんな充実した日々を過ごしていると、目の下にクマを作ったマリアンヌが家を訪ねてきた。


 「これまで王太子の婚約者としてやっていた執務をあなたがやってよ! 私、今まで王妃教育なんて受けていないからわからないのよ!」


 開口一番にマリアンヌはそう捲し立てた。

 確かに、教育の一環として国政に関わる執務も私はやっていた。今にして思うと本来はテオドルフ殿下がやらないといけないことだったような気がするけど、それももう私には関係ない。


 「もう私は殿下の婚約者ではないから無理よ。それはあなたがやるべきことよ。まあ、睡眠時間を三時間ぐらいにまで削ればなんとかこなせる筈だから頑張ったら?」


 私は他人事としてそう言い放つと、さっさとマリアンヌを追い返した。今更代わって欲しいなどと言われても絶対嫌だもんね!


 そうして私は今日もセドリック様の元へ赴く。

 毎日実験三昧で本当に楽しい。それに、婚約者だけれど結婚式を挙げるのは少し先にしようということも合意できた。理由は、学会発表予定の論文に集中したいからだ。そういう理由で結婚を延期するのに合意してくれるのも、セドリック様のいいところである。


 一方マリアンヌの方は、執務で多忙にしている間に王太子がまた浮気したとカンカンに怒っていた。

 そりゃあ、私が王妃教育でずっと忙しくしている間にマリアンヌに靡く王太子ですもの。今度はマリアンヌが教育と執務で忙しくしていれば、その間にまた浮気するのは自明の理。


 本当に本当に、あのバ……王太子殿下を略奪してくれて、ありがとう。



 ……けれど。


 王太子の浮気相手が、他国の間者だった。

 元々王太子としての素質に乏しいと噂されていたテオドルフ殿下の、継承権を剥奪するべきではないかという議論が勃発してしまう。

 なんということでしょう。テオドルフ殿下が王太子としての地位を剥奪されたら、次の王位継承権第一位はセドリック様である。


 ぎゃー、やめてー! もう私は王太子の婚約者として教育だの執務だので忙殺されるのだけはイヤーーーー!


 そんな私の願いも虚しく、セドリック様と私は王妃殿下から呼び出された。


 「久しいのう、レオノーラよ。息災にしておったか」

 

 あなたと関わらなくなったお陰様で、さっきまで息災でした。今は息災ではありません。

 心の声を呑み込んで、礼をとる。


 「王妃殿下におかれましては、ご機嫌うるわしゅう」

 「うむ。さてレオノーラよ、此度のテオドルフの件、耳に入れているであろうな」

 「は、はい。概ねは」


 いきなりその話、しますー? やめて欲しいんだけれど。気まずすぎるわ!

 結局、セドリック様を立太子するのかな? また王太子妃になるのは嫌だけれど、仕方ないか。そんな風に考えていた私に、斜め上の発言が飛んできた。


 「やはりマリアンヌでは王太子妃として不足があったようだ。此度の件、マリアンヌの振る舞いの稚拙さが招いたといえよう。そこでマリアンヌを罰として排して、再びレオノーラをテオドルフの王太子妃として立てようと思う。よく支えるように。セドリックも、よいな」


 は、はあぁぁぁ!? そ、そんなの通るわけないでしょ!

 今更テオドルフ殿下の婚約者に逆戻り!? 絶対に嫌なんですけど!

 

 私が青くなっていると、セドリック殿下が立ち上がった。


 「お言葉ですが、王妃殿下。私たちは婚約者同士です。今更婚約破棄して改めてテオドルフ殿下とレオノーラが婚約などというのは認められません」

 「だが、結婚は延期したのだろう? そなたらの関係も良好とは言えぬのではないかな」


 た、確かに私たちの関わりは一緒に研究が100%だけれども! それは楽しいからそうしているのであって別に不仲というわけではないのに!

 まずい、研究のために結婚を延期にした件が足を引っ張っている!


 私がアワアワしていると、セドリック様が突然私を抱き寄せて、く、くち、唇に……!

 

 くちづけをした。


 「見ての通り、不仲などということはありません。少々醜聞にはなりますが私達はすでにこういう関係ですので、テオドルフ殿下の婚約者としてレオノーラは相応しくないかと」


 護衛や宰相も同席の場で、そう言い放ったセドリックに、王妃殿下は撃沈した。


 ……その後。

 

 「す、すまなかったって! レオノーラ! あの場ではああするしか思い浮かばなかったんだ!」

 「もう、恥ずかしかったんですからね! セドリック様! はじめてだったのに!」


 私が真っ赤になってそういうと、なぜかセドリック様は重たい前髪をガシッと掴んで頭を抱えた。


 「結婚まで我慢、結婚まで我慢……! まだ学会発表の準備があるから結婚まで我慢!」

 


 ぶつぶつとそんなことを呟いている。

 

 それから私は学会発表を終えた後、セドリック様と結婚し、研究95%イチャイチャ5%くらいの結婚生活を楽しく送ったのだった。


 結局王太子殿下は廃嫡され、セドリック様が立太子することになったのだけれど、幸いテオドルフ殿下と違い自分で執務をしてくれていたので、私はのびのびと研究できたのだった。


 マリアンヌ、本当に本当に、略奪してくれて、ありがとう。



 

他にも色々短編や長編書いています。是非お読みいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
中盤のシーンでマリアンヌに、”王太子妃として" とありますが、婚約者だっただけで妃にはなってませんよね? 後ガマの候補の令嬢如きに命令される言われもないのに、怒鳴って追い返しもしない大人な対応が出来る…
ワーカホリックは程々に!
面白かったです。 出来ればレオノーラの父親がどうなったか知りたいです。 娘も家さえも蔑ろにする父親。他人のマリアンヌや王妃や王太子はともかく、この父親だけは許すまじと思ってしまったので。
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