白い狐
ひとり地平線までつづく
雪原に立っている
沖天では太陽が燦々と燃え
肌を焼き焦がす
微かに湿った冷たい風は
熱を冷ますけれど
立ち上る霧のような雪は
視界を遮るかのよう
ぐるり白い障壁に囲まれて
見上げれば
雲もない紺碧の空
刺しくる陽光が目に痛い
突然、悪寒に襲われて
白い悪魔を払いのけんと
足を踏み出した
目の前に
ひと筋の道が見える
振り返ると、後ろにも
煌々と照らしだされるは
青と白だけの無窮な世界
そしてわたしと
その心と
一筋の道
靴などとうに失った
雪原は心の棘のように
足の裏と心を虐げる
視線の先まで果てしなく続く
白い雪の大地に
点々と血痕が散らばっている
まるで迷子の足跡のよう
それは
わたしが生きた証
悲しみと、苦しみと
燃える熱情と憧憬の欠片
愛おしくも、憎らしい
振り返りながら
目の隅に硬く堆積し
黒く錆びた想いを
振り払おうと
また歩きだす
いまここで
ひとりぼっち
心もまた
孤独に締め殺され
酷く怯えている
だけど
心臓は無造作に
脈打っている
この身を支える杖も
さしのべられる手もない
ただ虚無があるだけ
暗闇からか遠く
どこからともなく
黒い悪魔が耳に囁く
影のように忍び寄る声
「そんなの誰でも同じ!」
――やめてくれ!
「いつまで拘ってるの!」
――悪魔め!
そうだ
何もかもが
嘘だったのだ
爛れた服が
濡れ衣みたく纏わりつく
どれもこれも嘘だ
心に黒い槍が
無数に突き刺さる
たまらず耳を塞ぎ
目を閉じて
膝から崩折れる
それでも心臓は
止むことなく打つ
弱く強く、韻律のように
心は震え続け
立って歩け
進めと
弱い心に
悲しまずに
ただ歩き続けろと
だけどもう
一歩も歩けない
打ち捨てられたガラクタのよう
涙に行先などないのに?
そのとき
不意に視線を感じた
雪の中に白い狐
儚い幻想か?
その瞳は
すべてを知っているように
澄みわたり美しく輝いてる
その神々しさで
こちらを窺い
静かに息を吸い肯くと
狐は歩き始めた
幼気な足跡が
伸びてゆく
狐は時に軽やかに
氷塊の起伏を乗り越え
クレバスを跳躍し
吹き付ける霙まじりの風に
ときどき目を細める
氷結した髭から
無数にこびり着いた
小さな嘘を払い落とす
その白い姿と足跡こそ
わたしの友だち
心の道をひとり歩む
狐よ、お前こそ心の友
だけどこの道は
どこまでも続いている
ずっとずっとどこまでも
たぶん狐が見ていたのは
この道の軌跡だろう
お前は知っていたのか?
行先が何処なのかを?
あの白い狐の姿は
もうどこにもない
大空に白い航跡
狐は鷹に姿を変え
導いてるのかもしれない
たとえそれが夢幻でも
信じてみたい