28.賭けへの勝利と思わぬ拒絶
俺が目覚めたのは明け方のことだった。
窓から差し込む朝日の眩しさに目を開けると、目の前にあったのはスヤスヤと寝息を立てるロイドの顔。鼻先が触れそうな距離で、気持ちよさそうに眠るロイドの顔のドアップだった。
「――うわッ!?」
俺は慌てて飛び起きる。
どうしてロイドが隣で寝てるんだ。――そう考えて思い出す。
俺は気を失っていたのだ。あまりの痛みに、あっさりと気絶したのだ。
が、こうしてロイドが寝ているということは処置はすべて終わったのだろう。
約束通りロープはすべて外されているし、すぐに気を失ったからか腕にロープの痕も残っていない。
(……これ、成功したのか? それとも失敗したのか? どっちだ……?)
そう考えて、俺はあることに気が付く。
(そう言えば……身体が軽い気がする……)
そう、身体が軽いのだ。
別に今までが不調だったというわけではないのだが、びっくりするほど気分がいい。
つまり、これは……。
「成功……?」
俺は真偽を確かめようと、寝ているロイドの肩を揺り動かす。
「ロイド! 起きてくれ!」
すると、「うぅん」と小さく声を上げ、ロイドはそっと瞼を開ける。
「……あ~……おはよ、……アレク」
「ああ、おはよう――じゃなくて! どうなったんだよ、あれから! 成功したのか!? 成功したんだよな!?」
身体のどこにも痛みはない。倦怠感もない。むしろ軽くなっている――となれば、成功したに違いない。
そう思いつつも、ロイドの言葉を聞くまで安心はできなくて。
俺はロイドの肩を更に揺すり、確信を得ようとした。
するとロイドはうつらうつらしながら、ようやく答えてくれる。
「……ん……成功したよ。……僕って……ほんと……天、才……」
「でかした! お前はほんとに凄い奴だ! まさかこんなに調子が良くなるなんて思ってもみなかったぞ!」
俺は興奮しながらロイドの頭をわしゃわしゃと撫でる。
けれどロイドはよほど疲れているのか、再び瞼を閉じてしまった。
「おい、ロイド? 大丈夫か?」
「ん……。ちょっと……眠いだけ……」
「そうか。そんなに大変だったんだな。本当に、お前にはなんて礼を言ったらいいのか」
「いいよ……別に。……それより……僕……今日…………一日………………寝る……から……」
ロイドはそれだけ言い残し、再び寝息を立て始める。
その寝顔からは少しも邪鬼を感じなくて、俺は意味もなく、ロイドの頭をもう一度撫でた。
「ありがとな、ロイド」
本当に、こいつには感謝してもしきれない。
気絶する瞬間は本当に死ぬのではと思うほどの痛みに襲われたが、こうして全て終わってみれば痛みどころか、かつてないほどの健康体になっているのだから。
「本当に……ありがとな」
俺の隣で死んだように眠るロイド。
その幼い寝顔を見下ろし、俺はこれからの未来に思いを馳せる。
これでリリアーナの役に立てるはずだ、と。
俺はラスボスになんて絶対になってやらないぞ、と。
「さて、と。じゃあまずは、ユリシーズに話をしにいかなきゃな」
(まぁ、間違いなく怒られるだろうけど……)
――俺はユリシーズに怒られる覚悟を決め、部屋へと向かった。
◇
けれど、俺の能天気な考えはあっという間に覆された。
ユリシーズが部屋に入れてくれないのだ。
話があると言っても、「僕は話すことはない」と拒絶される。
こんなことは初めてで、俺はどうしたらいいのかわからなくなった。
「ユリシーズ! お願いだ、入れてくれ!」
俺は扉の前で食い下がる。
けれど中から返ってくるのは、「何も聞きたくない」という冷たい声だけ。
でも、俺にはユリシーズがそんな態度を取る理由がどうしてもわからなかった。
「俺……お前に何かした?」
正直、何も身に覚えがない。
確かに深夜のやり取りはユリシーズの気持ちを汲むものではなかったかもしれないが、だからと言ってこんな態度を取る理由にはならないだろう。
(一度出直すか? でも、この様子じゃ出直したところで同じだろうな)
――仕方ない。
俺は諦めて、メモを残すことに決める。
別に、俺としては要件だけ伝えられればいい。
直接話した方が誠実だと思っただけで、向こうが拒否するなら仕方ないだろう。
俺は通りがかった使用人を呼び止め、紙とペンを持って来させる。
そこに『身体はロイドに治してもらった。もう心配はいらない』と書いて二つ折りにし、ドアの下から差し込んだ。
去り際、「紙に書いたから読んでくれ」と中に向かって言い残し――俺はその場を後にした。
◇
その後、俺は庭園の芝生に寝転がって青空を見上げていた。
まだ早朝――十月も末のこの時期は気温も低く、散歩する人間はいない。この時間に来るとしたらせいぜい庭師くらいだろう。
つまり、俺が芝生に寝そべっていようと何の問題もない。
「あー。ほんと意味わかんねぇ。何なんだよ、あいつ……」
先ほどのユリシーズのあの態度。
最初は大きなショックを受けたが、今になってそれが怒りに変わってきていた。
部屋から追い返すとか――いったい俺があいつに何をしたというのか。
「全っ然わからん……」
――そう言えば前世、二人目の彼女にも同じような態度を取られたことがある。
突然冷たくされ、理由を聞いても答えてくれず、仕方がないので放置したらある日突然振られた。
本当に意味がわからなかったし、今でもどうして振られたのかわからない。
今の状況はあの時に似ているような気がする。
(でも、ユリシーズは俺の彼女じゃないし。だいたいあいつ、男だし)
――ま、考えてもしょうがない。
俺はユリシーズのことを頭の隅に追いやり、魔法を使ってみることにした。
魔力が正常に循環するようになった今の身体なら、より威力のある浮遊魔法が使えるはずだ。
「さて、ターゲットは何にするかな」
俺は上半身を起こし辺りを見回した。
すると十メートルほど離れた花壇の隅に、水の入ったバケツを発見する。
八分目まで水の入った、それなりに重そうなバケツだ。
あれを零さず持ち上げることができれば……。
――俺はバケツに意識を集中させ、心の中で、"浮け"――と強く念じた。
するとバケツが左右にカタカタと震えた後、ゆっくりと浮遊し始める。
と同時に、俺の中から何かが減り始めるのを感じた。
全身から力が抜けるような、急激に腹が減るような……何とも不思議な感覚。
きっとこれが、魔力を消費するということなのだろう。
(……なるほど。これは確かに減りすぎると危ないかもな。でもすげー楽しい)
魔力の循環が改善されたおかげで放出量に制限がなくなった。
その分消費量は激しいが、昨日までと比べると断然魔法の使いやすさが違う。
俺はバケツを上へ下へ、右へ左へと動かして、文字通り魔法で遊んだ。
そうしているうちに、俺はあることに気付く。
(よく考えたら浮遊魔法って、当然のことだけど無重力状態ってことなんだよな? だったら、あのバケツの中の水も当然浮くよな?)
宇宙では確か、水は綺麗な球体になるんだったはず。表面張力が何とやらってやつだ。
俺はさっそく試してみる。
今までバケツに注いでいた魔力を、中の水へと移動させていく。
すると一定以上の魔力が水に移動したところで、バケツは重力に負けて地面に落下した。
けれど水は浮いている。完全な球体で――。つまり、成功だ。
水球の下から太陽を見上げると、海の中から空を見上げているように表面が煌いて見えた。
この水球を作っているのが自分だと思うと、なんだかとても不思議だ。
(これ、我ながら凄くないか?)
身体にロイドの魔力を注がれたときは死ぬほど痛かったが、これだけの収穫があるならば……。
(ロイドには、本当に感謝しなくちゃな)
そんなこんなで、俺はしばらく水球を眺めていた。
――が、どれくらい時間が経った頃だろうか。
「アレクッ!」と、背後から名前を叫ばれ、俺は咄嗟に振り返る。
するとそこにいたのは、息を切らせて俺を鋭く睨む、ユリシーズの姿だった。