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19.少年神官ロイド


 俺は一気に間合いを詰める。


 するとそれに反応して、蛇は顎を大きく開き、牙を剥きだしにして、俺に襲い掛かってきた。



(ああ……怖いな)



 あの牙に触れたら間違いなく致命傷だ。

 それどころか丸呑みにされる可能性だってある。


 だが、怖がっていたら勝てるものも勝てなくなる。気持ちで負けたら終わりなのだ。


(集中しろ……大丈夫、俺には見えてる)


 迫りくる大蛇。巨大な口。――だが。



「――遅い」



 牙が肩を掠める寸前、俺は姿勢をかがめて蛇の頭の下に潜り込む。

 狙うは首だ。俺は横一文字に剣を振り抜いた。


 ――だが、硬い。

 分厚いうろこのせいで、聖剣は大きく弾かれる。



「ハッ、マジかよ……!」


(聖剣弾くとか、なんつー身体してんだ……!)



 そう思うと同時に、再び俺に喰い付こうとする巨大な蛇。

 俺はその攻撃をギリギリのところで避け、反対側に回り込んだ。


 横に斬るのが駄目なら縦か、あるいは……そう考えた俺は、こう斬りと突きを繰り出してみる。

 だが先ほど同様に鱗が邪魔をして、大したダメージを与えるには至らなかった。



(鱗、やっかいだな。それに……やっぱり、この聖剣……)


 ――前回より、威力が落ちてる……?



 確証はない。けれど、斬り込んだときの感触が、手ごたえが、前回に比べ弱いような気がするのだ。


(……だとしたら、かなりマズいな) 


 幸い、蛇の動きはそれほど早くない。

 食事の後だからなのかもしれないが、一昨日のグレイウルフの方が三倍は素早い動きをしていた。

 だから、かわすだけなら難しくない。


 けれど持久戦に持っていかれるとこちらが不利になる。

 聖剣の威力のこともそうだが、いつ俺の右足が動かなくなるかわからないからだ。


 とはいえ、やみくもに攻撃しても体力を消耗するだけなのもまた事実。

 俺は一旦、攻撃を最小限の動きで防ぐことに専念しつつ、対策を考える。



(蛇の弱点は……どこだったか)


 正直俺は蛇に詳しいとは言えないし、好きか嫌いかと聞かれたら嫌いな方だ。

 蛇なんて気持ち悪いし、蛇を飼う奴の気がしれない。


 だが基本的な生態くらいは知っている。


 まず、目はそれほど良くない。視野は確か……片目六十度くらいだったはず。

 それでも獲物を正確に捕らえることができるのは……嗅覚……だったか、音感センサー、的なものが優れているからだ。

 

 そのセンサーの位置は……当然、顔。

 目と口の間の――鼻の穴に見えなくもない、アレだ。


「……狙うならあそこか」


 だが位置が悪い。

 あそこに傷を付けようと思ったら、頭の上によじ登るか、あるいは……跳ぶ? いや、流石にそれは難しい。


 ならば、どうする?



 ――俺は蛇の攻撃を防ぎつつ、なるべく冷静に思考を巡らせる。



 そう言えば、昨夜セシルが言っていた。


『相手が弱い魔物なら、聖剣で傷を付けるだけで倒せる。でも大型だったり上位種だとそう簡単にはいかない。そういうときは、刀身をできるだけ長い時間魔物に触れさせるんだ。別に急所である必要はないから、できる限り長くね。君が聖剣で、大型のグレイウルフを仕留めたときのように』


 多分あの言葉は、聖剣を突き立てろ、という意味だった。

 それは当然、この魔物に対しても有効なはず。 


 だが外側は硬くて難しい。となると……。



「やっぱ……またやるしかないか」



 グレンには怒られたが、あのときと同じことをもう一度やるしかない。

 それにこの方法なら、別にあの穴である必要はない。――蛇の口の中に、ぶっ刺せばいいだけの話。


 幸い蛇は、俺に襲い掛かる度に大きく口を開けてくれる。

 あとはセットポジション分の距離さえ稼げれば……。



「……よし、いくか」



 俺は前回と同じように、聖剣を逆手で握り直した。

 蛇の動きをかく乱するためその周囲を一周し、後方へと飛び退いて――狙いを、定める。


 蛇は動きを止めた俺を今度こそ仕留めようと、再び大きく口を開けた。そして、俺に飛び掛かる。



 俺の真正面にぽっかりと巨大な穴が開いた。

 けれど不思議と、恐怖は微塵も感じない。


 それどころか俺は、軽い興奮すら覚えていて――。






 ――ああ、いいぞ、ベストポジションだ……!





 

 そう思った次の瞬間には、俺の手を離れた聖剣が蛇の喉の奥へと突き刺さっていた。


 ズブリ――と、肉を突き刺す鈍い音と共に、蛇の身体の内側に、刀身が埋まっていた。



 それは、勝利の瞬間だった。



 聖剣を突き立てられた蛇は、少しの間のたうち回り、息絶える。

 その蛇を見下ろした俺は――。


「――ッ!」


 刹那、俺の中に沸き上がったのは、とても懐かしい感覚。勝利を手にした興奮と快感。

 それが、俺の全身の毛をぶわりと逆立てる。



「……ハハッ、……俺……やったぞ。俺……ちゃんと……」



 一人で……倒せた。


 俺が、一人で倒したのだ。



 ――だが。



「……ッ!」


 勝利を噛みしめる間もなく、俺は再び何かの気配を感じ取り、振り向いた。



 また魔物か? だが俺の右足ではもう……。とにかく、すぐに聖剣を回収して……。

 そんな考えが頭を巡る。――が、どうしても足が地面から離れない。



(何だ、この感じ……)



 魔物ではない――気がする。だが、何か、とても強い……。強い気配が……。


 そこから一歩も動けないまま、けれど俺は、耳に全神経を集中させた。

 すると聞こえてきたのは、一人分の足音だった。音の軽さからして、女性か、子供。


 その予想通り、暗闇から姿を現したのは、十二、三歳の少年だった。


 シルバーグレーの髪と瞳の、神官の装束を身にまとった、セシルも顔負けの美少年。


 そいつはギリギリ灯りに照らされる位置で立ち止まり、どういうわけか拍手をし始めた。



「凄いね、お兄さん。本当に倒しちゃった。いつ助けに入ろうかなーと思って見てたんだけど、僕、必要なかったな」


 そう言って、「残念」と続けたそいつの笑顔は、あまりにも無邪気なものだった。

 あまりにも、悪意のない言葉だった。


(こいつ、今、俺を見ていたと言ったのか……? この暗闇の中で?)


 しかも、助けに入れず「残念」……だと? ふざけてる。


 だが本人は本気でそう思っているのだろう。"残念"だと。

 その言葉に違和感を抱かせないほどの強さを、この子供から感じる。



(にしても……こいつ、誰なんだ?)


 そう考えて、ハッとした。

 この子供が着ているのは神官服だ。となると、思い当たるのは一人しかいない。



「お前、ロイドか?」



 マリアが話していた、問題児の神官ロイド。

 ここには神官は二人しかいないはずだから、こいつが神官だと言うならロイドである可能性が高い。


 俺の問いに、そいつは笑みを深くする。


「そうだよ、僕はロイド。見ての通り神官だ。お兄さんは?」

「……アレクだ。アレク・ローズベリー」

「アレク……。ああ、聖女さまのお兄さんだ!」


 パアッと顔を明るくするロイドは、まるで神官には見えなくて……俺は、どう反応すればいいかわからなくなった。


 困惑する俺に、小さく首を傾げるロイド。


「ねえ、アレク。向こうの死にそうなお兄さんは、君の仲間?」――と。

「――ッ」


 その言葉に、俺は再び我に返った。

 急いで聖剣を回収し、ユリシーズの元へ戻る。



(……大丈夫だ。状態は安定してる)


 だが、急いでマリアのところへ連れて行かなければ。――そう思って気が付いた。

 神官なら、ここにいるではないか、と。


「なあ、ロイド!」


 ロイドは何だか得体の知れない神官だが、背に腹は代えられない。


 俺はロイドにお願いする。「ユリシーズの傷を治してくれないか」と。

 だが、ロイドは首を横に振った。


「ごめんね。僕、治癒魔法は使えないんだ。だから治せない」

「使えない? でも神官だろ……!?」


 俺が語気を強めると、ロイドは困ったように眉を下げる。


「知らないの? 光魔法師で治癒魔法が使える神官は二割もいないよ。僕は自分の傷くらいなら治せるけど、人のは無理。前に猫の傷を治そうとしたら、うっかり殺しちゃったことがあって。それ以来、使用を禁止されてるんだ」

「……っ」


(うっかり……殺した?)


 その言葉に、俺の全身に鳥肌が立つ。

 相手はまだ子供で、ただ無邪気なだけなのかもしれないが……どうにも気味が悪い。


 だが、きっと他意はないのだろう。

 俺は、「そうか。知らなかった」とだけ答え、ユリシーズを背負おうとした。

 けれど、止められる。


「このお兄さん、僕が背負うよ」と。


 その意味不明な発言に、俺は再び困惑した。


 確かにユリシーズは細見な方だが、それでも身長は百七十センチはある。

 対してロイドは百五十センチそこそこ。体格差は歴然だ。

 それにそもそも、ロイドがユリシーズを背負う理由がない。


 そんな考えが顔に出てしまったのだろう。

 ロイドは不満げに口をとがらせる。


「どうせ君も、僕が小さいからって馬鹿にするんでしょ。でも僕、こう見えて力持ちだし。それに、怪我してるでしょ、右足」

「……ッ」

「さっきの戦いずっと見てたから。わかるよ、それくらい」

「…………」


(まさか、本当にわかったって言うのか? この暗闇の中、俺が右足を庇って戦っていることに気付いたっていうのかよ)


 その恐ろしさに、俺はごくりと喉を鳴らす。

 すると、ロイドはわざとらしく息を吐いた。


「やだなぁ。そんな怖い顔しないでよ。僕は光魔法師だよ? ほんの少しの月灯りさえあれば、真夜中だって関係ない。フクロウの目とおんなじだよ」

「…………なるほどな」


 確かに、そう言われれば納得がいく。けれど――。


「申し出はありがたいが、ユリシーズは俺が背負う」

「そう? まあ君がいいならいいけど。じゃあ僕は道案内してあげるね。それならいいでしょう?」

「…………」


 断ったところできっと付いてくるんだろう。

 そう思った俺は、内心複雑な気持ちを抱きながら、「ああ」と小さく頷いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 頭は悪くないんですよね。でもどうにもシスコンやら、少しばかりの弱さ(?)が表に出てしまうというか……ただ、蛇を倒したのは凄い!
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