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17.戦線離脱



(……あれ……、ここ……どこだ……?)



 瞼を開けると、そこは見覚えのない場所だった。


 薄暗く閉鎖的な空間に、汗と土と金属を混ぜ合わせたような独特な匂い。

 空気は埃っぽくて、息をする度にむせ返りそうになる。


 そんな場所に、俺は仰向けの状態で倒れていた。



(なんだよこれ……今、どういう状況だ……?)


 

 身体中が痛い。

 特に酷いのは後頭部で、まるでデッドボールを受けた直後のようにガンガンする。


 いったい何が起きたのか。どうして俺はこんな場所で倒れているのだろうか。

 ぼんやりとした意識の中で、俺はどうにか記憶を手繰り寄せる。




 すると…………。




「――ッ!」


 次の瞬間、前世の記憶ごと・・・・・・・全てを思い出した俺は、文字通り飛び起きた。


 そして愕然とした。


 目の前にそびえ立つ、高い高い瓦礫の壁の存在に。

 奥へ繋がる唯一の道が、塞がれてしまったその事実に――俺は自分が、シナリオの外側へはじき出された・・・・・・・ことを理解した。



「嘘だろ。こんなことって……」


 俺はただ茫然とする。


 こんなことが有り得るのか、と。

 ついさっきまで一緒にいたのに、こうもあっさり三人と引き離される――そんな偶然が有り得るものなのかと。


(まさか……これがゲームの強制力だなんて、言わないよな?)


 だが、どうしても否定できない自分がいる。

 なぜならば、俺の知っているシナリオで坑道に閉じ込められるのは、リリアーナとセシル、そしてグレンの三人だけ。

 それが今、目の前で現実のものとなったのだから。


「……くそッ!」


 これは本当に偶然か? それとも……必然か。


 そう考えた矢先、瓦礫の向こう側から聞こえてきた声に、俺の意識は現実へと引き戻された。



「アレク! ユリシーズ! 聞こえるか!? こっちは全員無事だ! お前たちに怪我はないか!?」

「……!」


 それはグレンの声だった。

 多少焦りを含んでいるが、いつもどおりのグレンの声。

 それに加えて、リリアーナの声も聞こえてくる。俺の安否を心配する、リリアーナの不安に満ちた声が……。


 俺がリリアーナの声に応えると、ほっとしたように声を柔らかくするリリアーナ。

 ――リリアーナ曰く、瓦礫の直撃を受ける直前、グレンが剣で瓦礫を防いでくれたとのことだった。


(流石グレンだ。……場数が違うな)


 シナリオどうこうは別として、俺は正直、天井が崩れた瞬間もう駄目だと思った。リリアーナも、セシルもグレンも……無事ではいられないと思ったのに……。


(やっぱり、グレンは凄いな)


 だがそう思った刹那、俺は再び我に返る。


 ――そう言えば俺はまだ、ユリシーズの無事を確認していない、と。





「……ユリシーズ?」


(何だか……嫌な予感がする)



 その理由はすぐにわかった。


 それはこの静けさのせいだ。こちら側にいるはずのユリシーズの声が、音が――何も聞こえないからだ。

 俺が目覚めてからずっと、俺の出す音意外、何一つ聞こえないからだ。



(まさか……)



 俺の心臓が鼓動を速める。

 絶対に違う、そんなはずはない――根拠のない信念にしがみつきながら、俺は恐る恐る背後を振り返った。


 するとそこにあったのは――瓦礫に埋もれ力なく横たわる、ユリシーズの姿。



「――ッ」



 ――ああ、嘘だ。

 


 俺の頭が真っ白になる。冷静でいられなくなる。

 けれどそれでも、身体だけは反射的に動いた。


「ユリシーズッ!」


 俺はユリシーズに駆け寄り、無我夢中で瓦礫をどける。

 そしてユリシーズの身体を引きずり出し、脈と呼吸を確認した。


(大丈夫……脈はある。呼吸も正常だ。――だが)


「まずいだろ……これ……」


 ユリシーズは頭から大量に出血していた。


 落ちてきた瓦礫が直撃したのか、それとも倒れたときにぶつけたか、とにかく、頭からの出血で顔の半分が血に染まっている。決して放置していい状態ではない。


(せめて……止血だけでもしないと)


 俺はユリシーズの頭を自分の膝に乗せ、傷口を心臓より高くする。と同時に、脱いだ上着を傷口に強く押し当てた。

 だが傷が深いのか、血が止まる気配はない。


 

「ユリシーズ! ユリシーズ! 聞こえるか、ユリシーズ……!」


 俺は何度もユリシーズの名前を呼んだ。

 だがユリシーズは反応を示さず――押し当てた上着は、あっという間に血に染まっていく。


「くっそ! 止まんねぇじゃねーかッ! おい、聞こえてんだろ!? 返事しろよ、ユリシーズ!」


 ――ああ、もしもこの壁がなければ、ここにリリアーナがいれば、すぐにでも治してくれるのに。


「ユリシーズ! 起きろ! 目を覚ませ!」


 完全に油断していた。

 リリアーナがいるから、何かあっても大丈夫だと――俺は完全に油断していたんだ。

 

「起きろ……ッ! ユリシーズ! 返事をしてくれ、ユリシーズ……!」


 ――俺は知っていたはずなのに。

 ここで天井が崩落することを、俺は確かに知っていたはずなのに。

 ゲームのシナリオ通りなら誰も怪我なんてしないって、心のどこかで高を括っていた。


 それは紛れもなく、俺の慢心だった。

 たとえシナリオどおりであろうと、絶対に大丈夫だなんてこと、あるはずがないのに――。

  

「ユリシーズ! ――ユリシーズ……!」



 つまりこれは、俺の甘さが招いた結果。



 ――全部、俺の…………俺の、せいだ。



「……ユリ……シーズ」



 だが、俺が絶望しかけた――そのときだった。


 ユリシーズの瞼が小さく震え……ゆっくりと開いたその瞳が……俺の姿を――捉えた。

 

「――っ」


 ――ああ……。


「ユリシーズ……! わかるか!? 俺の声が聞こえるか!?」

「…………ア…………レ、ク……?」

「そうだ、俺だ……! 良かった……お前、ずっと気失ってて……呼んでも全然起きなくて……俺、ほんとに…………どうしよう、かと……思っ……」


 ――駄目だ。

 これ以上言ったら……多分、俺は泣いてしまう。


「……ッ」


 でも涙なんて死んでも見せたくなくて、俺は奥歯を噛みしめた。


 だがそんな俺の感情など見透かしているのだろう。

 ユリシーズは困ったように唇を歪ませて、逆に俺に謝るのだ。


「……アレク、ごめん。……これは僕のミスなんだ。君の言葉に動揺して……魔法を使うのが……少し……遅れた」

「――ッ! 何言ってんだ! そもそも俺が油断していなければ良かっただけの話だろ?! お前が謝ることなんて、ただの一つもねぇんだよッ!」

「……うん、……だね。君ならそう言うと思ったよ。でも――心配ない。これでもちゃんと、致命傷は避けたんだ。だからそんな、世界の終わりみたいな顔、しないでよ。このくらいじゃ、僕……死なないから」

「……っ」


 それはいつものユリシーズの微笑みで……俺は、どうしてかはわからないけれど、胸がとても苦しくなった。


「……ほんとに、大丈夫なんだな?」

「うん。凄く痛いけど、問題ない。……アレクは? 怪我はない?」

「……ねぇよ。お前が守ってくれたから……ほんと、無傷」

「ははっ。流石にそれは嘘ってわかるよ。……でも、大きな怪我はなさそうで、安心した」

「…………ああ」

 


 ――この後、俺は瓦礫の向こう側のグレンと今後の方針を話し合った。

 その結果、俺はユリシーズを連れて戦線離脱すること、他の三人はこのまま瘴気の浄化を続行することが決まった。


 また俺はグレンから、瘴気の浄化を終え次第、瓦礫の撤去に取り掛かれるよう、マリアに伝えろとの指示を受けた。



 最後に、グレンは俺に忠告する。


「アレク、よく聞け。さっきの揺れのせいか瘴気が一段と濃くなっている。亀裂から入り込んだのだろう、魔物の気配も増えた。おそらくそちら側にもでかいのが何体かいる。警戒を怠るな。手に負えないと感じたら迷わず逃げろ。命を守るのが最優先だ」

「……っ、――ああ」


 

 ――こうして俺はユリシーズを背負い、無事だったランプを腰に吊り下げて、出口へと引き返した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ユリシーズ、無事とは言い難いけど……取り敢えずはよかった(⌒‐⌒)
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