14.前世の記憶とフラグと布石
その夜、俺は懐かしい夢を見た。
俺が大学に入った年の、夏休みの夢。
部屋でぐーたらアイスを食べていたら、妹が「パソコン貸して」と言ってきたときのことを。
妹にそう言われた俺は「勝手に使え」と許可を出し、引き続きベッドでスマホを見ていた。
が、不意に妹の方を見ると、背中越しのパソコン画面に何やら地図のようなものが見えて、ほんの少し興味が沸いた。
「何調べてるんだ?」
そう尋ねると、妹は面倒くさそうに答える。
「ゲームの攻略サイト」
「へえ? お前がそういう系のゲームやるの珍しいな。いつもは大体、ほら、何だっけ。乙女ゲーム? とかだろ?」
「うるっさい。これも乙女ゲームだし。ってか、人がどんなゲームしようと勝手でしょ」
「まぁそうだけど。乙女ゲームにも攻略サイトとかあるんだな? ちょっと意外」
「はぁ? 今の発言、世界中の全乙女を敵に回したからね。乙女ゲームって言っても色々なんだから。今やってるのはシミュレーションRPG型の乙女ゲームで、フィールド探索とか戦闘もあって色々ややこしいの!」
「ふーん」
(フィールド探索に戦闘ねぇ……。どれどれ……)
俺が興味本位で画面を覗くと、そこには迷路のような地図が表示されていた。
その複雑さに、俺は思わず声を上げる。
「はっ? 地下五階まであるじゃねぇか! ド◯クエかよ」
「だから言ってるでしょ、ほんとに難しいんだってば。これは鉱山道の地図なんだけど……さっき中に入ったら、瓦礫が落ちてきて中に閉じ込められちゃって」
「ええー。閉じ込められイベントと言えば体育館倉庫ってイメージなんだけど」
「それは古すぎでしょ。――とにかく、最下層にいる魔物を倒さないと外に出れないみたいで。でも思ったより広くて……」
「つまり、迷ったってことか」
「……まぁ、そう。だから仕方なくこうして攻略サイトを……。私のポリシーには反するけど、背に腹は代えられないから」
「へえ。ちょっと俺にも見せて」
「いいけど……」
確かに一見すると、ゲームをしなれていない人間には難しい地図だろう。
ワンフロアがななかなに広い上、階段が各フロアに四つ以上存在している。
そして当然のことだが、正解の道は一本だけ。階段を一つでも間違えれば最下層にはたどり着けない。
とはいえ他にギミックはなく、回復ポイントもそれなりにある。
難易度的には簡単な部類だろう。
「うん、大丈夫だ。確かに広くて複雑に見えるけど、実際はそんなに難しくない。途中のアイテムも拾っていくなら、まずここの階段を下りて、そのあと右下まで進んで一度上がってから――」
「ま、待って! 今メモするから……」
「メモ? スイッチ持ってこいよ。見ながらやった方が早いだろ」
「えっ? あ、うん。すぐ取ってくる!」
こうして俺はその後も、何だかんだ妹が鉱山を脱出するまでゲームに付き合って……。
◆◆◆
「――さま。……お兄さま! もう着きますわよ、お兄さま……!」
「……っは」
名前を呼ばれ、俺はハッと目を開けた。
すると真っ先に視界に入ってきたのは、俺を射殺しそうに睨むグレンの怒りの顔と、そんなグレンを宥めるセシルの困ったような笑顔だった。
「……悪い。俺、寝てた……?」
「“寝てた?"だと? 馬鹿も休み休み言え。相変わらず緊張感のない奴だな」
「まあまあ、グレン。いいじゃないか、それがアレクのいいところなんだから」
――今、俺たちは馬車の中にいた。
ノーザンバリー辺境伯が寄こした馬車で、辺境伯の屋敷に向かっているところだった。
進行方向側の席に俺とリリアーナ、そしてユリシーズが座り、反対側にセシルとグレンが座っている。
時刻は午前八時を回ったところだろうか。
窓から街の様子を伺うと、店はまだどこも開いておらず、人もまばらだ。
けれど雰囲気は平和そのもので、人々は鉱山の瘴気のことなど知らないように思えた。
俺が外の景色を見ていると、リリアーナに袖を引っ張られる。
「――ん? どうした、リリアーナ」
「その……お兄さま、やっぱりまだお疲れなのでは? 昨夜も遅かったようですし」
そう言って、俺を上目遣いで見つめるリリアーナ。
その心配そうな表情に、俺は自身を情けなく思いつつも、どうしようもなく嬉しくなる。
「いや、大丈夫だ。腕だってさっきリリアーナが治してくれたからな。おかげで身体が軽い。今日はいくらでも動けそうだ」
「そうですか? なら、いいのですけれど……」
「それより俺はお前の方が心配だ。本来ならもう一日魔力を温存しておく予定だったのに」
グレイウルフの森の瘴気を浄化してから、まだ二日しか経っていない。
それなのに、もう新たな瘴気を浄化しなければならなくなるとは――俺はそれが気がかりだった。
が、こればっかりは仕方がないということも理解している。
瘴気を放っておけば、更なる犠牲者が出てしまうのだから。
「とにかく、無理はするなよ、リリアーナ。お前が倒れたら元も子もないんだから」
「はい、お兄さま」
――こうして俺たちは辺境伯の屋敷に到着し、執務室へと通された。
◇
セシルとグレンに続いて部屋に足を踏み入れた俺は、そのピリついた空気に思わず息を呑んだ。
馬車を降りたときも感じたが、なんだか屋敷全体から物々しい雰囲気が漂っている。
衛兵も多いし、まるでこの屋敷ごと戦場にいるかのようだ。
現に、執務室の中には軍人が大勢いた。
部屋の中央のテーブルに地図を広げ、ノーザンバリー辺境伯を中心に議論を交わしている。
他にも役人や商人、神官の姿もあるが、一様に険しい表情をしているのは同じだ。
――俺たちに気付いた辺境伯が、椅子から立ち上がる。
「これはセシル殿下、わざわざご足労おかけし申し訳ない。何分非常事態でしてな。ご無礼をお許しください」
「いや、構わないよ。大方のことはユリシーズから聞いている。鉱山で瘴気が発生し死者が出たとね」
「ええ、そうなのです。通常七名常駐している神官が二名しかいないことに加え、瘴気の濃度が濃く浄化が間に合わず……街に瘴気が及ぶのも時間の問題かと。ですからどうか、殿下と聖女さまのお力をお借りしたく――」
「もちろんだ。全ては我が国民のため。協力は惜しまない。それに、僕はそもそも瘴気の浄化のためにここにいる。――貴公が陛下からどう聞いているかは知らないがな」
セシルの声は落ち着いていた。表情も穏やかだった。
けれど俺は気付いてしまった。
”陛下”――と口にした瞬間のセシルの目が、酷く冷めた色をしていたことに。
ああ――そうだ。
昨夜、確かセシルはこんなことを言っていた。
”辺境伯に僕らの居場所を教えたのは父上でまず間違いないだろう。そうでなければ、辺境伯ごときが王子である僕を呼び出すことなどできやしない。大方、『愚息を使ってやってくれ』とでも伝えたのだろうな。ユリシーズを君たちの同行者として認めたのも、彼がノーザンバリー辺境伯の甥だったからだろう”
そして、その意味をよく理解できない俺に、こう続けた。
”わからないか? 父上は僕ら……つまりリリアーナを使って辺境伯に恩を売るつもりなんだ。父上は神殿の衰退を望んでいる。リリアーナの功績を、神殿ではなく自分のものにするつもりなのだろう。そんなことをしたって、何の意味もないというのに――”と。
――セシルとサミュエルの会話を聞いたときから違和感は覚えていた。
そしてその違和感は、昨夜のセシルの話を聞いて大きくなり、今、確信となった。
(セシルは、国王のことを少なからず嫌悪している)
だから何だというわけではない。
だが、もし昨夜セシルに教えを請わなければ、俺はこの事実に気付くことはなかっただろう。
サミュエルと国王の間の浅からぬ溝にも、きっと気付くことができなかった。
つまり、これは布石だ。
俺がラスボスにならないための、布石。
どんな小さな情報も見逃さないようにする。それが俺の――この世界のハッピーエンドに繋がるはずだ。
俺は――そう信じてる。
◇
こうして俺たちは鉱山瘴気についての詳細な説明を受け、その場にいたマリア上級神官と数名の魔法騎士らの案内の元、現地へ移動することになったのだった。