第四話
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
彼女の優しい手の感触に触れるのは、これで二度目だ
最初は後頭部と額に
二度目の今は、オレの手をしっかりと握りしめて、すぐ目の前を走っている
ヒールが付いている靴で走って、転ばないかと心配になったが、彼女は大通りから離れるように、細い道を器用に駆け抜け、何度か曲がった所でブレーキをかけて、オレの手を離した
息が結構上がっている
すぐに瞬と春樹が追いついて来た
ごめんなさい
巻き込んじゃって
オレの方を振り返るのと同時に、地面につく勢いで頭を下げる
あ、ああ、全然いーよ
大丈夫?
あんな暴言吐かれて大丈夫なわけがないのだが、どうにも彼女に再会できた喜びやら驚きやら、その後の怒りや、でもまた彼女の手の感触やらで、オレの頭はパニック状態だった
はい
助けていただいて、ありがとうございます
頭を起こしてあの時と同じ、笑顔を見せてくれる
いや、正確には違う
化粧もしてて、少し目が潤んでいるから、より一層キレイな笑顔だった
思わず視線を下を向けてしまう
いや、結局何もできなかったし、余計こじらせたみたいで
ごめん
頭をポリポリ掻く
相手、何かやたら体格良かったしな
瞬がいなかったらチビってたかも
そんなこと
見ず知らずの人間を助けるなんて、とても勇気があることだと思います
本当に助かりました
あ、見ず知らずではないんです
オレ、今朝バスで隣座ってた、覚えてないです?
無駄に敬語
直球に褒められ感謝され、照れない人間はいない
ましてやこの美女から、だ
しかし、とにかくオレのことを思い出してほしくて、懇願するように聞いてしまった
彼女は多分、ここで初めてオレの顔をしっかり見たのだろう
あ、という声を出すと、
バス酔いしてた?と、ちょうどオレのオカルト話を聞いてたときのような笑顔を見せた
そうそう
酔い止めのおまじないもだし、その後ずっと話に付き合ってもらって、お礼言いたかったんだ
でも、いつの間にかいなくなっちゃってて
ごめんなさい
一応声はかけたんですけど、次の仕事まで時間もなくて
大変失礼しました
いやいや
オレが友達見つけて興奮しちゃってたから
オカルト研究会の?
そうそう、こいつら
後ろを振り返ると、オレたちのやりとりをつまらなさそうに二人は見物していた
彼女は瞬と春樹に身体を向けて、やはり深々と頭を下げる
お二方もありがとうございました
ご気分を悪くするような所を見せてしまって、本当にごめんなさい
いえいえ、お気になさらず、と春樹
何をしたら、あんなメタクソに言われるんだ?とデリカシーレスの瞬
たしなめつつも、オレも正直気になった
あのさ、男女のことだから、あんまし口出すもんじゃないとは思うんだけどさ
大丈夫なの?カレ
あえて漠然とした質問をしてみる
彼女は少し困ったように考え込んだが、口から出たのは意外な言葉だった
皆さん、これから二次会に行く途中でした?
なぜ分かったのだろう、という疑問すら読んだのか、
帰宅するなら、反対方向の可能性が高いですものね
皆さんお若いですし、ご結婚もされてないようなので、一人暮らし用のアパートが多いのはって考えると
向かっていた方向は繁華街とファミリー用のマンションやホテルばかりですし、
それに
炭火のいい香りがするので
やべ、ちゃんとファブっときゃ良かった
と、どうでもいい後悔
焦って服の匂いを嗅ぐオレに、彼女はニッコリと微笑んだ
もし宜しければ、二次会のお酒、ご馳走させていただけませんか?
お詫びとお礼兼ねて
願ってもないお誘いに、オレは後ろの二人を無視して是非、と即答した
一応振り返って了承を得る
春樹は当然首を縦に振り、瞬はため息をついたが、飲めるならとオッケーした
お店はお決まりですか?という問いには、二人揃って首を振る
まだみたい、と答えると
では、私の知り合いがやってるお店なんですが、カクテルが凄く美味しいんです
ここから少し歩くんですけど、ご足労いただけますか?
とことん丁寧な言葉と柔和な口調、それでいて異世界から抜け出してきたような美貌
これを断れる男がいるなら会ってみたい
いや、いたわ
すぐ近くに一名
面倒くせぇで全てを拒否する男が
どうせ今頃、知り合いのお店って聞いて、警戒温度を爆上げしてるに違いない
あ、一応入れるか電話入れてみますね
少々お待ち下さい
確かに、今日は三月末の土曜日
歓送迎会やら卒業コンパやらでどこの飲み屋もごった返している
知り合いのお店ってのも、個人がやってるお店なら、そこまで広くないだろうし、予約無しで四人は厳しいかもしれない
彼女はスマホを取り出して電話をかけた
もしもしママ?あたし
今、大丈夫?
あのね、今からあたし含めて四人なんだけど、いいかな?
ふふ、うん
じゃ、一五分くらいで行くね
スマホをタップしてオレたちの方を振り向く
大丈夫みたいです
行きましょう
ちょっとお邪魔して
お邪魔するのは店のことではなかった
彼女の指差した先に、神社の鳥居がある
先ほど走りついた先が神社の前であったことに、オレはこの時初めて気がついた
どうやら神社の中を通って行くらしい
確かこの神社、A神社とか言ったかな
ガキの頃から肝試しに、よく瞬と来てた
駅から一番近くて、この辺じゃ一番デカい神社だ
今は建物の補強工事とかで、参道を少し入った所にバリケードが張ってあって、奥まで進めない
彼女は鳥居を入ってすぐに左に逸れ、階段へと向かう
お邪魔しまーす、と彼女に倣って鳥居をくぐり、後を追う
後ろの二人も律儀に従う
引っ越しは、無事終わったんですか
隣を歩くオレに、彼女が問う
四年ぶりに帰ったんですものね
駅前とか結構変わってて、驚きませんでした?
ちゃんと、オレが話した内容を覚えていてくれていることに感動する
でも、彼女を探すのにいっぱいいっぱいで、駅前の様子が変わったことなど気にも止めていなかったことを思い出した
駅前は変わって驚いた、と自分を洗脳しておく
確かに駅前はね
でも、この辺は全然変わってないよ
さっきの神社なんか、しょっちゅう肝試しに来てたし、懐かしいなー
彼女はふふふと笑って、今は工事してるけど、来年の初詣には行ける、夏祭りも盛大にやる予定らしい、ということを教えてくれた
って言っても、あたしもここには四年前に、越してきたばかりなんです
そう付け加える
じゃあ丁度すれ違いだったんだ
君と
君と?
そうだ、名前
ちゃんと名前聞かないと
できれば連絡先も
いつもならサクッと手始めに聞くのに、目に付いた建物や公園にまつわる思い出話が、水道管が破裂したみたいに止まらない
彼女に聞いてほしい
もっと、オレのこと
知ってほしい
覚えていてほしい
笑ってほしい
そんな思いが先行してしまう
ガキの頃、新発売のゲームソフトがほしくて、開店前から店に並んでいた時の気持ちを思い出した
早く、早くしないと
焦っても何にもならないのに
あの頃は、全然店の対応は親切じゃなくて、時間になれば出入り口が開いて、店員から順番にゲームソフトが手渡され、なくなれば終了だった
いくつ入荷されたかもわからないし、順番が早まることはない
焦ったところで全く無意味なのだと、年齢を重ねると少しは冷静になれる
それでもオレは、
あの時と同じように、
今、バカみたいに焦って喋りまくっている自分を認識しながらも
それが馬鹿みたいだとは
どうしても
思えなかった
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