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取り憑かれて  作者: 恵 家里
第四幕 習慣と執着
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第八話 後編

本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。


○詩を読むように読んでいただきたい

○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい


このような勝手な願望からです

一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。

 料理は楽しく楽に手を抜いて


 これが葵の料理のコンセプトだ

 悪く言えば、超ガサツな手抜き料理なんだけど


 葵の料理教室では、日々の食卓に並ぶ料理を作る時間を、いかに自分のためのものに昇華できるか、作ることに納得して有意義な時間とできるか、ということを大事にした、作る側本位の料理を教えている

 各食品メーカーが、美味しいと思えるようなものをたくさん開発してくれている中で、手軽に早く作ることも、手間をかけじっくり作ることも、家庭においては両者に差が生じなくなくなってきた

 そんな中、美味しい家庭料理の意味も、その在り方も昔とは変化している、と葵は考えている

 昨今における幸せな食卓とは何なのか、それを考え、実現させるための料理教室、ということらしい


 食べて美味しいと満足できる料理はさ、それ自体はいくらでもあるんだよね

 でもさ、毎日の食卓で満足するには、その美味しさだけでは足りないんだ

 作る人が幸せでなくっちゃダメだと思うの

 全部が手作りじゃなくたって、多少失敗してもいいじゃない

 作ることに納得して楽しく料理できて、その喜びがにじみ出るような食卓ってさ、自然と笑顔になるし、おしゃべりも弾むよね

 それにお料理って毎日のことだから、当たり前になりすぎちゃって、工夫して美味しいもの作っても誰も褒めてくれなくなっちゃうの

 うちの教室ではね、お互い褒めて褒めて褒めまくるんだ

 褒め台詞以外禁止

 さすがー、知らなかったー、すごーい、センスいいー、尊敬するー

 の、サシスセソを二〇回は言うってルール


 さすがに最後のは冗談だったが、葵の料理教室はそんなモットーで毎月一回、実施されている

 生徒は会員枠と飛び入り枠があり、会員は一年更新制

 飛び入りよりも一回あたりの受講料が割安になる

 その月のイベントや旬に合わせた料理を、いかに楽に楽しく手を抜いて作れるか

 様々なウンチクや冗談、実験を交え講義しながら毎回五、六品作っていく


 始めはママ含めた飛び入り三名でスタートしたみたいだが、葵の類まれなる美貌と講師としての力に、受講した人は全員魅了されて、生徒数は増加の一途を辿る

 現在までに会員枠は満員

 飛び入り枠も、常にキャンセル待ちが出る状態になってしまっているから、開催回数を増やして対応しているらしい


 オレたちはそんなすげー料理を、こうやって食えてるわけで

 それはふつーなら、誰もが羨むすげー特別なことなのであって


 ごちそうさまでした


 三人ほぼ同時に食べ終わり、手を合わせる

 いつも葵の家でやってるみたいに、食器を片付けてると、キッチンからママと葵が出てきて、重ねた食器をキッチンに下げていく


 後はアタシがやるから、ちゃんと教えてあげなさい


 葵から食器と台拭きを取って、ママがキッチンの奥へと消える


 教えるって、と葵は抗議の声を上げたが、軽く息を吐いてこっちに振り返った


 お腹いっぱいなった?


 少し遠慮したように問う


 うん、すげーうまかった


 全部美味しかったよ


 満腹


 全員の賛美に、ホッとしたような笑顔になる


 えっと、まずは謝りたいの

 せっかく楽しいキャンプ、あたしのせいで嫌な思いさせて、本当にごめんなさい


 そう言うとやはり、カウンターから見えなくなるくらい頭を下げた

 心臓がチクリと針で刺される感覚


 葵は悪くねーよ、何も

 ホントに、ごめん

 傷つけて、怒らせるようなことして


 ううん、瞬さんが言ったみたいに、必要以上に怒りすぎたよ

 大人気(おとなげ)なかった


 ねぇ葵?

 ママも教えてくれなかったんだけどさ、何に怒ったのかな?

 僕たちみんな、賭けに使ったことだと思ってたんだけど、違うんでしょ?

 教えてくれないかな


 春樹の口調は柔らかい

 こいつが喋るだけで、何かホッとするんだ

 教師ってのは、ホント天職

 瞬は、自分の名前が出た時、チラッと葵を見たが、またすぐ視線を落としてお茶に口をつけた

 春樹の言葉で葵は、決心したように話し始めた


 あのね、あたし、嫌だったんだ

 あたしが、その、違う男の人と一緒になっても、みんなが良いのかなって


 だから、それが嫌だから勝負にしたんだって


 葵の言葉に、焦って話を遮ってしまった


 うん、それは分かってるよ

 それは、嬉しいんだよ、すごく


 じゃあ


 えっとね、

 あたしも、何と言うか、人の恋愛は自由だと思うんだよ

 人の恋路は邪魔するものじゃないって基本的には思ってる

 でもね、違うんだよ


 考えながら、言葉を選びながら慎重に話している

 しかし、オレにはまだ、葵が何を言いたいのか分からなかった

 右の二人も同様らしい


 誰かの恋路にさ、あたしがいたとして、それを良しとしてほしくないんだよ

 そんなの、最初から邪魔してほしいんだよ


 伏せていた顔を上げて、葵がキレイな目をオレたちに向ける

 しかし、今にも泣き出しそうな表情だ


 同じなんかじゃないんだよ

 全然違う

 全然違うのに、何で勝負なんかするかなあ?


 同じじゃない

 オレたちと?大志たちが?

 そりゃあ、そうなれたらって思うけど

 葵にとっては、

 何が違う?


 あんな人たちに、最初から可能性なんて与えないでよ

 希望ゼロ、脈なし、何やっても無駄

 言わなきゃ分かんないんだよ?

 勝手に好きんなって、あたしとどうこうなりたいとか考えるなっての、気持ち悪い

 妄想ばっかの恋路に、人を巻き込むな


 声の音量が上がり、滅裂で強烈な言葉が飛ぶ

 オレたちは、その勢いに呆気に取られて、ただ葵を見つめるだけだ

 葵が、大きく息を吸うのが聞こえた


 最初から寄せつけないでよ

 お断り、門前払い

 こっちに来んな、入って来んなって言ってよ

 思いっきり邪魔してよ

 蹴散らしてよ

 可能性も、夢も希望も、

 相手に一パーセントだって与えたら、

 あたしは

 ぜっったいに、嫌なんだから


 最後は、ほぼ怒鳴っていた

 店に、葵の声が残響する

 若干紅潮して、息を弾ませてる葵

 暫くして、落ち着けるように一つ、大きく深呼吸した


 って、言ってみたりしたんですが、

 言いたいことは伝わりましたでしょうか?


 と、紅潮した頬を手で押さえながら、恥ずかしそうに言う


 オレたちは返事もできずにいた

 あまりに予想外、でも、あまりに簡単な答え

 そして、あまりに嬉しすぎた

 なんだ、葵もオレたちと、考えてることは同じだったんじゃねーか


 よーするに

 葵に色目使って近づいてくるニンゲンは、

 こ、と、ご、と、く、

 ぶっっ飛ばせばいいのよぅ?

 アタシみたいにね


 ママが葵の頭に、金棒のような腕を置いて得意気に言う


 そう言われると、何か違う気がする


 腕に押しつぶされて、少し小さくなった葵が呟く


 ちーがーわーなーい

 この三人以外の男と、付き合う気はないんでしょ


 ちょ、ママ


 焦ったように上げられた葵の顔は、更に真っ赤になっていた


 おほほほほほほ

 若いわねぇ

 おほほほほほほ


 酔狂な笑い声を残して、ママは再びキッチンに吸い込まれていく

 残された葵は、恐る恐る、といった面持ちでオレたちを見た


 ごめ、ママが誤解を招くような言い方して


 こんなにオタオタする葵を見るのは初めてだ


 でも、間違っても、ない、気も、する

 えっと?

 ごめん

 とにかく一緒にいるのは、みんなとじゃなきゃ嫌、なんだよ

 なんで、

 あたし、こんなにみんなに執着してるのか、

 自分でも、良く分からないんだけど


 はぁ、と小さくため息をつく


 ごめん、キモくて


 最後の言葉に、オレたちは全員吹いた


 キモ、キモいって何だよ


 僕、葵がそんなふうに思ってくれてたなんて嬉しいよ


 まぁ確かに、キモいっちゃキモい


 キモくていいっ


 オレは立ち上がって、真っ赤にのぼせ上がっている葵をカウンター越しに抱きしめた


 しょーがねーだろ

 葵はホント、オレたちのことが好きなんだから


 頭をよしよしと撫でる

 葵は、暫く何を言おうか悩んでいたようだったが、結局出てきた言葉は


 わりーか、このやろー


 と、やさぐれたものだった

 オレはもう一度吹き出して、


 わるかねーよ、こんちくしょー


 と、返してやった

 春樹は、照れたように笑っていた

 瞬は、口角を片方だけ上げていた


 オレたちがすべきだったことは、勝負に勝つことでも、ましてや賭けを受けることでもなかった

 葵の名前が出た時点で、強制退去

 実に単純な話


 男として得難い優越感か

 人として果たし難い達成感か

 生物として感じ難い幸福感か


 オレたちが感じたのは、恐らくこれら全て

 もしくは、そのいずれでもないかもしれない


 しかし、葵の抱く執着心は

 友人として耐え難い愛執の念へと

 間違いなく


 オレたちを

 押し上げるのだった


 第四幕 習慣と執着  完

本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問


SPECIAL THANKS TAMO

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