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取り憑かれて  作者: 恵 家里
第四幕 習慣と執着
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第五話 後編

本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。


○詩を読むように読んでいただきたい

○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい


このような勝手な願望からです

一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。

 すみませーん

 まだ店ってやってますか?


 影の一つが声をかけてきた

 聞き覚えのある声

 康介だった

 隣に大志もいる

 財布を取りに一度車まで戻って、約束を果たしに来たのだ


 大丈夫よぅ

 あらぁいい男じゃなぁい

 サービスしてあげるわぁ


 ママの頭と目の輝きに、二人は思い切り引いている


 お疲れ様です

 お好きなもの仰って下さい


 葵が立ち上がった


 大志と康介の、日焼けで赤くなった頬が、更に滲むように赤くなった


 えっと、店にあるもの、全部なんですけど


 当然、唖然とする葵とママ

 二人で顔を見合わせると、すぐその理由を理解したようだ


 賭けてたのねぇ


 ママが僕を横目で見やる

 僕は、目を合わせないことに全力を注いだ


 それでさっき悠さん、ごめんとか守ったとか言ってたんだ


 葵が小さなため息をつく

 いやぁ、店に対してのごめんでも守ったでもないんだけど


 やぁねぇ男って

 賭け事なると目の色変わるんだからぁ


 ホタテの貝殻を折りながら、ママがオカマらしく言う

 そして、トングを大志と康介に向けてクルクルと動かした


 あんたたちね、うちは売れりゃ良いって商売してないのよ

 海に来たお客様一人ひとりに、素敵な思い出作りのお手伝いをしたいの

 あんたらに全部持っていかれたら、それが出来なくなる

 立派な営業妨害だわ


 ママ、言い過ぎ


 葵に諌められたので、ママは炭火焼きに専念することにしたようだ


 ごめんなさい

 せっかくなんですが、ママの言う通り、全部お売りすることは出来ないんです

 可能な範囲で構いませんか?


 は、はい、もちろん

 すみません、無理言って


 いえいえ、こちらも同意して始めたんでしょう?

 あなた方ばかり責められませんよ


 葵はそう優しく言うと、やっぱり僕を見て


 止めれなかったんだよね?


 と確認してきた


 はい、ごめんなさい

 と言う代わりに、下を向いてチューハイを口につけながら、小さくなって頷く


 葵は二人を連れて店に行き、ダンボールとレジ袋、どちらに詰めるか聞いたようだ

 そして、買ったものはすべて相手チームにプレゼントすることになっているから、お金だけ払って商品は置いていく、と二人が説明したのだろう

 この暑い中、葵は背筋の凍るような視線を、僕に送って来た


 お金だけもらって商品渡さないとか、うちに詐欺でもさせるつもり?


 そんな声が聞こえる

 僕はますます小さくなって、ママからもらったホタテを、大げさにハフハフしながら食べた

 言い出したのは、おれ達なんです、と大志が必死で弁解してくれている

 君はやっぱり良いやつだ

 結局、葵はレジ袋二つに、酒やらペットボトルやらつまみやら詰め込んで


 はい、プレゼントのプレゼント


 と言って、二人に一つずつレジ袋を渡し、その代金だけ貰っていた

 深々と頭を下げて、笑顔で見送る

 大志も康介も頭を下げて、そそくさと立ち去った

 ちゃんと口約束も守る、律儀なやつらだ


 入れ替わるように、悠と瞬がコテージから姿を見せる

 あの世に半分足を突っ込んでいた悠も、疲れと砂粒を一緒にシャワーで流してきたのか、水を得て息を吹き返した草花のように、いきいきとしていた

 瞬はまぁ、普段通り気だるそうだ

 葵がビールを持ってきて、椅子に座った二人に渡す

 ママはホタテや焼鳥を皿に乗せて、テーブルに置いていく


 お店の商品、賭けてたんだって?


 葵の第一声

 明らかな怒り口調

 悠も瞬も、僕を責めるように見る

 僕は焼鳥をくわえたまま、鶏のように首を横に振った


 さっき相手してくれてた二人が、買いに来てくれたの

 全部なんて言うから驚いちゃった


 全部買ってったのか


 瞬がビールの栓を開けながら聞く


 まさか

 そういうことする時は相談してください


 ごめん、葵


 悠がしゅんとして謝る

 瞬はゆうゆうとビールを煽っている


 ま、とりあえず勝利おめでとう

 暑い中、大変だったねえ


 みんなで缶を打ち付け合って乾杯する

 笑顔になった葵にほっとして、悠もテーブルのご馳走をすごい勢いで食べては、ビールを流し込んでいた


 じゃんじゃん食べて飲みなさいよぅ

 お陰で予想以上の売上だったからぁ


 ママは左手でビールを持って、右手で器用に肉を返しては皿に積み上げていく

 葵は、最初に焼かれた肉塊をアルミ箔に包み、焼き網の端に置いた

 ローストビーフ?と僕が聞くと、タレに漬けておいたスペアリブのブロックだと教えてくれた

 焦げやすいので、焼き目を付けたらじっくり火を通すらしい


 大量のホタテ、イカ、ホッケ、エビ、ツブ、牛、豚、ホルモン、トウモロコシ、かぼちゃ、ナス、ピーマン

 そして骨ごとしゃぶりつきたくなる美味しさのタレ漬けスペアリブ


 胃袋を魅了して止まない、焦げと匂いと湯気をまとって、これでもかと唾液を誘惑しにかかる

 お店に人影が見えるたびに、葵は接客に席を立っていた

 対して僕たちは、海の塩辛さも日焼けの痛みも、全身の疲れも、

 葵への後ろめたさも忘れて、

 食物とアルコールの摂取に暫くは夢中になった


 気がつくと、ゴミ袋いっぱいになった空き缶、バケツいっぱいの貝殻が出現していて、山盛りの骨と串は、何かの知育玩具のような形をなしていた

 ママが、残った肉の残骸と野菜を鉄板で炒めて、蒸し麺を入れ、最後に合わせ調味料を絡める

 締めの焼きそばまでしっかり完食して、やっと僕たちは、食への執着から解放されることになった

 全員で片付けをし、同時に店じまいもする

 バーベキューコンロ跡に五、六人用の大きなテントを張って、焚火台、テーブルと椅子と配置する


 じゃ、アタシは夜の間いないから、後は宜しくね

 朝には戻るわ


 はーい、ホタテ美味しかったですって伝えてね


 りょう(・・・)かい


 ママと葵のやり取りが耳に入った


 ママどっか行くの?


 そそくさと、荷物を持って小走りに去っていくママを見送りながら、葵に問う


 うん、さっきのバーベキューにホタテあったでしょ

 それ、いただいた方のところ


 ふうん


 知り合いがいたんだ、と納得する


 一目惚れ、だったみたい


 ギクリ、と一瞬身体が硬直する

 会話を聞いていた悠と瞬も、反射的に葵を見た


 ママがね、運命感じちゃったみたいなの

 それが結構脈ありでね、ホタテくれて、今夜星空見ながら夜通し語らおうって


 バタフライで泳ぐ、ママの海パンがフラッシュバックする


 お相手は?


 恐る恐る聞いてみる


 もちろん男性

 漁師さんなんだって

 漁師のりょうちゃん


 り、りょうちゃんですか

 脈ありって、つ、つまりりょうちゃんも


 真っ黒に日焼けした、ねじり鉢巻のたくましい男性が、ママに肩を回す姿が思い浮かんだ

 嬉しそうに微笑むママ、相手の首にゴツい腕を巻き付けて


 ぬわーーーーーーー


 ダメだ

 僕には到底理解できない絵面だ

 理解できないくせに、妄想ばかり先行する僕の歪んだ脳内が、自重で崩壊しそうになる

 気持ち悪いとか正気じゃないとか、否定する気はではないけど

 人の性的嗜好は、その人ならではだ

 理解しようとするものではない

 受け入れて、そのまま横に流すのみ


 何とか冷静さを取り戻すも、考えが顔に出ていたのだろう、葵が僕の顔を覗き込んで笑う


 こっちも四人で楽しもうね


 た、楽しむっていうのは、えーと、つまり


 いかんいかん

 頭を振って邪念を払う

 酔ってる、

 酔っているぞ

 熱気と疲れの化学反応で、身体の水分がアルコールに置換されている


 ぼ、僕、シャワー浴びて来るね


 食べるのに夢中で、行くのを忘れてたことを思い出す

 冷たいシャワーで頭を冷やさねば


 あ、あたしも一緒に行くよ


 待て待て待て待て

 一緒にって

 すんでのところで食い止めた崩壊が、再び始まる

 焚火と花火と酒の用意を悠と瞬に任せて、葵は僕の隣を歩く

 二人に、感謝しかない


 午後八時

 労うように、諭すように、鎮めるように

 ゆっくりと夜の(とばり)が下りる


 西の空に、

 宵の明星がその存在感を、


 妖しい輝きとともに

 放っていた

本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問

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