第三話 前編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
つーまーりーだ
葵が、山の怪もオレたちも丸ごと葵望洋に引き込む
山の怪はもしかしたらパニクるかもしれねーが、そこはオレのハイパーコミュ力で切り抜ける
もしかしたら春樹に飛びつくかもしれねーから、そこは瞬がサクッと止める
どーのこーのしているうちに、山の怪は春樹に引き寄せられていく
どーのこーのならなかったら、そこはオレのミラクルコミュ力で切り抜ける
結局おめーらは葵望洋行っても、いつものようにボーっとしているだけだが、そこはオレのデラックスコミュ力で切り抜ける
ってことでオッケーだな?
うん
僕がいるところが境界線になってるから、山の怪は僕のいる方へ誘導してもらえれば良いよ
もはや、悠の小ボケは完全スルーすることにした春樹が頷く
近づけすぎねぇようにな
瞬がいるから大丈夫でしょ
あ、でもちょっと待って
瞬って取り憑けられるの?
なんか変な日本語になっちゃったけど
ああ
葵望洋に行けることは実験済みだ
マジか
悠が目の色を変えた
大体何を想像しているかは分かる
葵望洋に行けるなら、そこで半永久的に葵と過ごすこともできんじゃねぇか、とかだろう
そんなこととは思わない葵が、短くため息をつく
でもね、みんなは霊体じゃないから、負担が大きすぎると思うんだ
やり過ぎると、こっちの世界に戻って来れなくなっちゃうかも
それに、葵望洋での出来事は、全く覚えてねぇしな
葵が頷くと、春樹は感心したように息を漏らし、悠は首を垂らした
ももの力で圧縮され時間だから、こっちの世界の時間が基準になっている脳には、記憶されないってことかもしれないね
覚えてねーなら意味ねーなー
ほんとに、夢の中にいるみたいなんだね
でも、夢と違って感覚も感情も本物だからね
最悪、山の怪と戦う、なんてことになるかな?
瞬くん?
助けてね?
最悪、お前は食われて良い
あっちの世界で食われた場合、こっちの世界のオレってどうなるんだ?
一応、あっちでは何度も復活すると思うけど
そのループに入っちゃったら、戻って来れても廃人かな
戻って来れなくなったら、最悪、植物状態
瞬くん?
ぜったいぜったい
助けてね?
気が向いたらな
かいちゃんときねちゃんも一緒に行ってくれるよ
おー
ありがてー
って、二人だけ?
いや、十分だけど
ぎんやあいちゃんも行きたかったみたいなんだけど、山の怪を怖がらせちゃうだけだろうからって辞退してもらったの
りゅうとりりはお昼寝中
他の子は山の怪を怖がっちゃって
温度差がすげーな
ふふふ
取りまとめ役がいないから大変なの
かいはともかく、きねって兎のきねだよね?
大丈夫かな
きねちゃんはね、オオアマウワテバラミス様と遊べるくらい度胸があるんだ
兎に対するイメージ変わるなぁ
個体差はあるが、兎は温和でマイペース、それでいて好奇心旺盛で神経質な性格だと言われている
繁殖力が高く、気温変化やストレスに弱い
病気になっても気づきにくいため、飼育には高い知識と細やかな世話が必要だ
かわいいというだけの理由で飼ったら後悔するぞ
いや、別に飼おうとか思ってねーし
きねちゃんはね、お鼻ヒクヒクからのバタン寝が猛烈にかわいいの
しっかり飼われてやがんな
皆さん、そろそろお願いしても宜しいでしょうか?
このフロアの貸切時間が迫っておりますので
聡一朗はそう言って、腕時計を見た後、ぐったりと壁に寄りかかった
その上等のスーツは赤黒く染め上げられ、手に力なく握られたハンカチも、元の色が分からなくなってしまっている
髪は乱れ、口や鼻の周りにも血をこすった跡が残ったままだ
にも関わらず、汚い罠に嵌められた一国の王子感が溢れ出ているのは、先ほどの極めて冷静な発言を含め、さすがと言うべきだろう
俺たち四人は顔を見合わせた
葵は、俺たち全員に微笑みかけると、目を瞑る
そんじゃーリクエストにお応えして
山の怪退治、じゃなくて天岩戸作戦、だね
いつも通りのぶつけ本番ではあるが
いっちょ踊り狂うとしますかー
ご健闘をお祈り致します
ちゃんと戻って来ぃや
あ、ごめん
ちょっと待って
緊張してトイレ行きたくなってきた
終わってからにしろ
どーせすぐ戻ってくんだし
えー
漏らしたらやだなぁ
そーなったらおめー、オレは山の怪を見るたびに、おめーのびちゃびちゃの股間を思い出すことになっちまうじゃねーか
やだなぁ
オレもやだよ
ってか、さつまいも爺さんくらいの頻度でさ、山の怪に遭遇している時点で相当おかしいんだって
さつまいも爺さん?
何それ?
毎年春と秋にさ、オレの小学校近く公園で出没して、まぁちょっとアレでさ、さつまいも爺さんって呼びれてたんだよ
このタイミングで、詳しく聞きたくなるような話題出さないでよ
そもそもおめーがトイレとか言ったせいだろ
だぁって
お前ら、いい加減ちょっと黙
れ
突如として、世界が暗転した
停電したのかと思ったが、違った
墨汁の中にいるような真っ暗闇
それなのに、自分の身体ははっきりと見える
真っ黒に塗られた画用紙に、俺の全身写真を切り取って貼り付けたような世界だ
次元削減しているが、この表現が一番近いだろう
瞬
背後から声がかかり、振り返った
すごいね
ほんとにみんなで来ちゃったんだ
春樹の視線が、俺の肩の先に向かう
捻った身体を元に戻すと、少し離れたところに悠の後ろ姿を発見した
背景の全てが真っ暗闇だから、距離感は掴みにくいが、視界に捉えるサイズ感から推察すると、悠までの距離は八〇メートルといったところか
この世界でまともな距離感が通用するとは思えないし、通用したところで大した意味を持たないのだろうが
悠は、俺たちに気づいていないのか、背を向けたままその場にしゃがみこむと、もぞもぞと手を動かした
そして立ち上がると、勢いよく駆け出した
その先で桃色の淡い光が、悠を先導するように動いている
小動物のような動きだと思って見ると、それはまさしく、兎であった
後ろ足を揃えて力強く蹴り上げ、前足を片方ずつ着地させてはバランスと推進力を高めていく見事な走りを披露しながら、闇の中を駆け抜けている
守護霊のきねだろう
きねは悠を連れ、あっという間に視界の中から消えていった
恐らく、山の怪のところへ案内しているのだ
僕たちが行く訳には、いかない、よね?
ってか、ここから動けるって感覚ないんだけど
悠の、なんたらコミュ力とやらに任せるか
と、暫く待ってみたものの、なかなか悠は現れなかった
山の怪の説得とやらに時間がかかっているのか
逃げられては追うの追いかけっこに興じているのか
はたまた食われたか
ため息をつく
葵は、この世界に自分を三人作り出し、それぞれに役割を持たせた
怨念の全てを受け止める自分
それを傍で見守る自分
更にその様子を、俯瞰する自分
苦痛を共有する者と、どこまでも冷静に時を数える者の存在を心の支えとすることで、葵はどんな地獄も耐え抜くことができた
今俺が感じている、何百、何千倍もの時間を
奥歯を噛む
手のひらに爪が食い込んだ
内臓がしんと冷え返り、頭の奥が熱く疼いた
自分がその存在になれないことへの不満が、やるせなさが、瞳から光を奪って行くようだった
本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問
次回、明日投稿予定




