第四話 前編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
目覚めると、足元で春樹が犬ころみてーに寝息を立てていた
飲んだ翌日、よくあること
周りの風景含めると、今回で二度目だ
相手が女の子だったら、こりゃーもー真剣にお付き合いを申し込みたいところだが、いくら寝顔が可愛くても、春樹は所詮アラサーの男だ
申し込むわけにも、込まれるわけにもいかない
寝癖頭を撫でつけながら、あやふやな昨晩の記憶を、絡まった糸の端をそっと引っ張るように手繰る
なんてことないように話していたが、悪魔の農道事件は、その後が大変だったようだ
橘さんは農家の手伝いをしながら、いつもの職務をこなし、帰宅後は取り憑かれた後遺症で苦しむ椿を必死で看病した
看病、と言っても、それができる時はまだ良かった
橘さんが帰宅すると、家の中は大抵、空き巣に入られた後のような状態だった
何度もあの時の映像がフラッシュバックし、椿は家中を荒らし回り、暴言を吐いた
橘さんはそれをどうすることもできず、糸が切れたように眠る椿を、そっとベッドに運び、氷枕を当てるだけの、やるせない日々を送っていた
数週間後、やっと全ての仕事が一段落し、今後暫くは椿の相手ができると橘さんは帰宅した
やはりその日も、椿は家で暴れ回っていた
橘さんは椿に頭を下げた
今まで仕事だと言って、君の苦しみにきちんと向き合うことができなくて申し訳なかった
特殊な石を集めなければならないという、君の目的も知らず、自分の都合ばかり押し付けていたことも謝る
気持ちが落ち着いた後で構わないから、私と少しだけ話をしてくれないだろうか
誠心誠意を込めて言った言葉
椿は何ら反応を示さなかった
しかし、必ず届く日が来ると、橘さんは信じた
椿はそれに抗うように、橘さんを睨みつけては暴れ続けた
次の日も、その次の日も
とうとう橘さんはある日、椿が暴れ回る中、人生で初めて浴びるように酒を飲んだ
自分の不甲斐なさに打ちひしがれ、絶望したのだ
必死で気丈をぶら下げていたロープが、ついにブツリと切れたのだ
返礼品などで貰っていた酒を全て開け、手を滑らせては机に撒き、思い立ったように瓶を掴んでは床に投げた
どのくらいの時間が経ったのかは分からない
いつの間にか、うたた寝をしていた橘さんの元に、椿が近づく
正気に戻っていた
タイミング良く憑き物が落ちたんだ、と椿は言うが、多分、それだけではないだろう
橘さんは椿に向かって、フラフラと頭を下げた
何もできなくて、君の苦悩を理解することもできなくて申し訳ない
椿は答えた
何かできるわけがない
理解しようとする必要もない
これは、忌み嫌われるだけの力
その理由は、嫌ってほど見ただろう
あんたとおれでは世界が違う
もう関わらない方が良い
今までありがとう
飯、美味かった
そう言って、椿は橘さんに背を向けた
そこに、声がかけられる
椿は振り向かなかった
しかし、振り向いたところで、橘さんはずっと頭を抱え続けていたから、その表情はほとんど伺い知れることはできなかっただろう
橘さんは、椿にこう言った
ええ
いくら考えても、私には理解できません
その力を、忌むべき理由がです
世界が違うと言うなら、繋がれば良いのではないですか?
私は君に出会った日、それと繋がることで救われたのです
繋がることに、心地よさを感じてしまったのです
君との繋がりを絶たれた世界など、私には何の意味もありません
こうして酒を飲み、飲まれるだけの生活と同じです
どうかこれからも、私のパートナーでいていただけないでしょうか
もちろん、君さえ良ければ、ですが
両者にとって、長い長い沈黙が流れた
しかし、早く何かを言おうとも、早く何か言ってほしいとも思わなかった
両者の頭の中では、出会ってから今までの出来事が目まぐるしく展開され、そこに様々な感情がなだれ込んでいた
そして結局、何を言えば良いか分からなくなってしまうほどに、混沌とした状態になった
そのような中で、椿からやっと発せられた言葉は、ある種、唯一無二の正解だったのかもしれない
相棒だっつの
一瞬、目を点にしながらも、橘さんはすぐに応答した
失礼致しました
私の世代では、どうも相棒という響きが気恥ずかしくて
パートナーの方が恥ずいっつの
パートナーにはならんが、相棒ならなったる
君の相棒として恥じぬよう、努力して参ります
いつの間にか二人には、互いの表情がよく見えていた
自然と振り向き、顔を覆っていた手を避けていた
橘さんが言葉を続ける
しかし、そうするにあたって、一つお願いがあるのです
悪魔の農道事件を通してはっきりしました
君を呼ぶ時、固有名詞がないと、いささか不便なのです
どうか、普段からお名前を呼ぶことをお許しいただけませんか?
別に呼ぶなとは言ってねっつの
しかし現実、私がお名前を呼ぶと、君は甚だ機嫌を損ねられるではないですか
因みに私は、オイと呼ばれるのは嫌いではありませんよ
熟年夫婦のようで
これからは何としてでも名前で呼ぶ
なんつー名前なん?
君は名前も知らない相手と、寝食を共にしていたのですか?
長ったらしい名前だったから、覚える気ぃ失せたんだっつの
橘聡一朗と申します
寿限無に比べれば、別に長ったらしくも何ともありませんよ
とにかく、これからもどうぞ宜しくお願いします
石黒椿くん
フルネームで呼ぶなっつの
どちらでお呼びしようか、決断致しかねまして
君にとっては嫌悪の対象である、ご両親を連想する苗字ですが、私はこの世の全ての石黒さんを嫌うつもりはありません
じゃあ石黒で良いがぁ
個人的見解からすれば、椿くんとお名前でお呼びする方が好きです
椿って不吉な花だって言われとるの、知らんのん?
ああ
首からボトリと花が落ちる様子が、武士の世では嫌がられたようですね
んな名前付けるとか、趣味悪過ぎ
しかし、それより前までの時代では、椿は高貴で聖なる花とされていました
厄除けにも使われていたそうです
現在でも、こちらの印象を強く持たれている方のほうが、圧倒的に多いのですよ
このことを、賢明な君がご存知ないとも思えませんが
椿は、押し黙った
橘さんはそっと微笑み、言葉を続ける
椿の花言葉は、控えめな優しさ、誇り
私にとって、真っ先に君を連想させる、魔法のような名前です
椿くん
誰に何と言われようが、私は君の名前が好きですよ
その言葉に椿は、くしゃくしゃと前髪を掻くと、そのまま顔を隠したまま動かなくなった
しかし、橘さんは少しも焦らなかった
椿が前髪をいじる癖が、どういう心境の時に行われるのか、理解していたからだ
そして、十分な時を経て椿は、握った前髪を持ち上げ、サラサラと落とした
好きなら、勝手にしぃ
本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問
次回、明日投稿予定




