第五話 後編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
指先に強烈な振動を感じ、ハッとして目を開ける
あれから、夢も見ずに寝てしまったようだ
スマホの目覚ましバイブを切り、上体を起こす
両隣では瞬と春樹が寝息を立てていた
まだ朝の六時
いつもより早めの起床時間にしたのは、今日の打ち合わせの資料を手直しをするためだ
夢の中のオレのスケジュールは所詮、夢
この時間に起きたからには、しっかりと現実世界への凱旋を果たさなければならない
即ちこれは、日本社会への帰属であり、在籍企業への服従だ
立派な社畜の鑑であろう
立ち上がって頭を掻いた
オレ、自分はもっと適当に仕事するタイプだと思ってたんだけどな
今どきの若いもんはーって言われる感じの
つまらねー仕事ダラダラやって、期日来たらできませんでしたーって言って、オレにそんな仕事させるやつが悪い的な態度とって、事あるごとに会社の辞め方とか検索するよーなやつ
なってみねーと分かんねーもんだ
あくびとため息を同時に出し、そうっと襖に手を伸ばした
その向こう側で物音がする
葵
反射的に力を込めて襖を開けてしまった手を、急停止させる
隙間から幽霊のように通り抜け、息を止めて襖を閉めた
この時間、外はやっと地平線が見えてきたくらいだろう
カーテンの奥はまだ真っ暗だ
しかし、奥のキッチンからは明かりが煌々と漏れ出ている
冷蔵庫を閉める音、戸棚を開ける音、鍋に水が注がれる音、そして軽快な包丁のステップ
間違いない
葵が朝飯を作ってくれている
夢のことが頭にちらつき、何となく忍び足で近づいた
ふと、包丁の音が止まる
ぜん?
葵の声
すげー、第六感
感心していると、みぞおちの辺りに違和感を感じ、視線を下ろした
ひっ
声を詰まらせて跳びはねた
紺色の着物を来た子どもの霊が、オレに引っ付いていたからだ
いや
いやいやいや
こいつはオレの守護霊様
くりくりした目に幼さの残る口元
大人しそうに見えて、実は結構度胸があるやつ
言わずと知れたぜんだ
ぜんは、不思議そうな顔でオレを見上げている
なに今さら?って顔だ
いやほら
薄暗い中、ドキドキしながら音を立てずにいるところにだ
いきなり現れたもんだから、つい
つい、だよ
そう言い訳しながら、ぜんの頭を撫でる
ぜんは満足そうな笑顔を見せると、再びオレの中に入っていった
多分、オレのこと心配して出てきてくれたんだろうな
今の様子から、ぜんも問題なさそうだ
そして、多分オレの夢は共有されていない
いや、共有されていたとしても、ひるむな
あいつも男だ
エロいことの一つや二つ、男なら考えちまうもんだってそろそろ
悠さん?
続けざまに心臓が跳びはねた
平静を装って顔を上げる
おはよう
身体の調子はどう?
逆光で表情は見えないが、恐らくいつも通りの優しい笑顔があるのだろう
ダイジブ
問題なし
良かったあ
早起きだね
コーヒー淹れようか?
ありがてー
今日からしっかり社畜に復帰するわ
回帰、じゃなくて?
悲しいこと言うなって
くすくす笑う葵に、ホッとしながら近づく
そこで、違和感を覚えた
頭の形、肩首が回り
最初、髪を結わえてるだけかと思ったが、それとは明らかに違う
目の前にはっきりと現れた葵の姿に、愕然とした
葵、髪
葵の長い髪は、その大半がなくなっていた
代わりに、両耳のピアスと滑らかな首筋が露わになっている
顔周りと襟足に、少し長さを持たせたショートヘア
頭を僅かに傾けながら、葵が笑う
さっきまでね、ママのところに行ってたんだ
何時でも良いから連絡よこしなさいって連絡入ってて
ギタギタの髪の毛見て、すっごい驚いてたけど、そろそろイメチェンの頃合いだって思ってたのよーって、キレイに切り揃えてくれたの
もっと長く残せたみたいなんだけど、この際思い切って、ね
思い切り過ぎたかな?
葵はそう言って、短い髪を耳にかけた
ピアスに埋め込まれたスフェーンが、プリズムのように煌めく
いや、似合う
めっちゃ、似合ってる
そう言うだけで精一杯のオレに、葵はスフェーンもガーネットも、ただの石に回帰しまうような笑顔を見せつけてきた
魔法にかけられたように、頭がとろんとする
悠さんも何だか、少し変わったみたい
そう言って、葵はオレに手を伸ばしてきた
葵の指が、オレの口元に触れ、柔らかに横に動く
やべー正夢?
そう思った瞬間
指でなぞられたところに激痛が走った
走るなんてもんじゃない
メリメリと音を立てて、食い破られているような痛みだ
床に転がり、頬を押さえて悶絶する
そんなオレを、葵は平然と見下して、
まだ傷残ってたよ
イケメンが台無し
と言った
その左手には、あの印籠
目に、入ってしまった
朝からうるせぇ
泣きたいのを堪えて、声のする方を見る
瞬が大あくびをしながら、頭を掻いて立っていた
夜中に見た時より、寝癖がやべーことになっている
おはよう、瞬さん
おは、よう
葵に焦点を合わせた瞬の言葉が、一瞬詰まった
そのまま引き込まれるように、葵に近づく
当然、髪の話題一択だと思った
既に頬の痛みは消えていたが、瞬が何を言うのか気になって、起き上がらずに聞き耳を立てることにした
しかし、瞬の口から出てくるのは、体調はどうだ、眼鏡がどうだ、腹が減っただ、次から次へと色気のねー話ばかり
じれったくなっているオレを足蹴にして、事件のことで何か分かったことはあったか、などと聞いてくる始末
言葉を濁していると、こともあろうにスマホを取り出して、葵から目を離しやがった
そして、とどめの特大ため息
まぁ当然っちゃ当然だが、昨晩から報道されている内容と大して変わってねぇな
葵も頷く
うん
コンサートに行った人がいなくなって、大混乱するの覚悟してたんだけど
ネットの掲示板も、荒れてはいるが、人間が大量失踪したなんて書き込みはねぇな
この子たちも、みんなさすがに疲れちゃってて、ゆっくり休んでもらってるの
元気になったらいろいろ分かると思うんだけど
その印籠の持ち主に、話を聞ければ一番良いんだがな
椿さんが、さりばあの家を知ってるって
公安組は暫くは忙殺されてるだろうな
それでも今週末あたり、聡一朗が祝勝会するとか言ってくるだろ
詳しい話はその時ゆっくり聞くとして、ともかく、現時点でここまで反応がないってのは、結果的に良かったと考えるしかねぇか
良かねーのはおめーだよ
耐えられなったオレは、とうとう会話に横入りした
この上なく面倒臭そうに、瞬の視線がオレに向く
は?
眼鏡が間に入っていない分、かったるさが三割増しだ
おめーはもっと反応しろって
眉をひそめやがった
あームカつく
かーみーだーよ
葵のかーみ
この距離感で気づいてねーわけねーだろ?
ああ
そこで瞬はやっと、今日の夕飯は刺身だと聞いた時のような顔をした
左側だけ思い切り短くされたからな、バランス取るために揃えたんだろ
自分で切ったのか?
いや、ちげーって
こんな早朝から、美容室やってねぇだろ
そこじゃねー
そういう事実じゃなくてさ、もっとこう、感想だよ
心の声っての?
因みに、切ったのはママな
上手いな
そこじゃねー
いいか?
女の子が長い髪の毛をバッサリ切ったんだぞ?
相当なもんなんだぞ?
男で言ったら会社辞めるくらいのレベルだ
ちゃんと言ってやんなきゃダメなんだよ
例えばこうよ
長いのも良かったけど、髪切って洗練された色気が出たなー
とか
誰かと思った
おめーに初めて会った時の衝撃を思い出しちまったぜ
とか
おいおい、何回惚れ直させりゃ気が済むんだ?
おめーのせいで寿命が縮んでしまう
責任取れよ?
とかだよ
あるだろ?いくらでも
瞬は、興味なさげにオレの一人芝居を見ると、なるほど、と呟いた
そして、改めて葵に向き直ると、手を伸ばし、顔周りの髪を摘み撫でた
葵の顔が紅潮し、期待に瞳が揺らぐ
瞬の指から、葵の髪が名残惜しそうに、溢れた
短けぇ
じ、じーーーーーつ
本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問
次回、明日投稿予定




