第二話 前編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
よりによって夜行バスで来るなんて、あいつの馬鹿と車酔いと金欠は顕在なのか?
あと数日で四月を迎える午前一〇時
清々しさしか感じ得ない春の日差しの中、瞬はあくびをしながら毒づく
うーん、多分?
T都発の夜行バスは丸々半日かけて、僕らの住むY県H市にやってくる
料金は、飛行機や新幹線の何分の一という最安値なので、時間はあるけどお金のない学生には、涙が出るほどありがたい交通手段だ
しかし、日々時間とコンプライアンスに背中を突かれては、肩こり腰痛と奮闘する我々社会人には、ましてや酷い車酔いを患っている人間には自殺行為と言っても過言ではない
そのバスに悠が、
あの悠が乗って帰ってくるという
社会人五年目、一人暮らし
特に贅沢しなければ、普通に片道分の飛行機代くらい捻出できそうなものだが、大学時代から、常に財布の底とにらめっこしている悠には、無理な話だったのかもしれない
で? 何時に着くんだ
ダメ押しの大あくび
片手をジャージのポケットに手を突っ込んで、寝癖だらけの頭をポリポリ掻きながら、瞬は眼鏡の越しに顔を覗かせた
この大の面倒くさがり屋
四年越しの親友との再会に、少しはワクついているのかと思いきや、まるで昨日宅飲みしたばかりのような口調だ
予定では一〇時一〇分だけど、混みようによっては遅くなるかもね
悠の乗る夜行バスが、僕らの待つターミナルに到着して、見事再会を果たした暁には、悠の新居、と言っても安ボロアパートだけど、そこに赴いて、引っ越しの搬入作業を手伝い、昼食と夜の焼肉を奢ってもらうって話だ
前半はともかく、後半の報酬については絶望的だ
まさか、そのお金を捻出するために、断腸の思いで夜行バスに乗り込んだとは思えない
悠や瞬とは大学が同じで、入学当初からの付き合いになる
二人は小学校低学年から、ずっとつるんでたみたいだから、いわゆる幼馴染ってやつだ
とにかく、お互いの性格は熟知した間柄
社会人になって、僕と瞬は地元に残ったんだけど、悠だけが上京することになった
何でも入社最初の六年は、洩れなくT都勤務が半義務化されているらしい
内定後の説明でそれを知った悠は、一時は内定取消せと、よく分からん騒ぎを起こし、人事部に抗議電話をするという、度が過ぎる地元愛をさらした
結局、業績によってはT都で六年待たずとも、また地元に戻れる、という会社側の説得を受けて、上京を決意したわけだけど
悠は帰省する金がないって、四年間一度も帰って来ることはなかったけど、連絡はよく取り合っていた
三回に一回は帰りてーとか、まだ戻れねーのかなーとか言ってたし、異動の時期が近づくたびに、人事部にしつこく掛け合っていたようだ
自称営業のエースで、ほんとは六年は戻れないところを四年にしてもらった、とか異動が決まった後は誇らしげに自慢してたっけ
人事部が面倒くさくなったんだろ、と瞬は言ってたけど、まぁ持ち前の社交性とオカルトで得た行動力、堪能な語学力は自他ともに認める所ではあるから、あながち全くのおおぼらを吹いていたわけでもなさそうだ
兎にも角にも、悠にとっては待ちに待った異動だったわけで、それが決まった時なんかは、初めて一緒に肝試しに行った時と同じくらい興奮していた
すっげーおめー、ほんとに見えんのな
悠に言われた言葉が思い出される
ほとんどの人間が眉をしかめるか、鼻で笑うような僕の話を、悠は少しの疑いも、冷笑も嘲笑もすることなく受け入れてくれた
それが本当に自然で、それが嬉しくて、僕は悠と一緒に行動するようになったし、瞬とも仲良くなれた
モテるくせに女たらしで、お金にだらしなくて、発言が軽くて、トラブルばっかり拾ってくる本当に困ったやつたけど、知り合ってから今までずっと、そしてこれからも、悠とは親友で居続けるんだと思う
あ、来たんじゃない?
ロータリーから大型バスがノロノロと入って来る
T都S区発Y県H市行きの文字が見えた
目の前を通り過ぎる時、窓から子どものように手を振る人影
悠だ
四年たって大学の頃とはかなり印象が変わったが、間違いなく悠だった
名前を呼んで手を振り返す
バスは五〇メートルほど離れた所で止まり、ドアを開け、長旅を終えた有志たちを次々と吐き出した
遠目でその一人ひとりを、犯人探しのようにチェックする
なかなかヒットしない
恐らく満員だったのだろう
かなり終盤の方で、やっと悠がひょいひょいとリュック一つ肩に抱えて降りてくるのが見えた
周りをキョロキョロウロウロして落ち着きがない
僕らを見失ったのだろうか、名前を呼んで手を振る
悠はこちらをチラッと確認するも、やはり辺りをせわしなく見回していた
まぁ四年たって、この辺も結構変わったからな
気分は浦島太郎なのだろう
悠、久しぶり
目の前まで近づいた悠に、とりあえずの挨拶
が、帰ってきた言葉は全くの予想外
おめーらさ、女の子見なかった?
すっげーカワイイ
思い切り冷たい視線を食らわす
なんだ、再会第一声が女の子って
女たらしも健在なようだ
は、と思いっきり呆れた一文字を吐いてやる
そのへんにいんだろ
瞬の適当な返しにもめげずに、悠は焦ったように訴えを続けた
じゃなくてさ、オレが乗ってたバスから降りて来んの見なかった?
隣に座ってたんだよー
ははあ
悠の挙動がおかしかったのは、その隣に座っていた女の子を探してたからなのか
どんな子? と一応聞いてみるが、身振り手振りが大げさなだけで、ちっとも内容が伴わない
歳はオレらよりちょっと上くらい、髪が長くてスーツっぽい服、とにかく可愛くてキレイ
でもってでもって、不思議な酔い止めのおまじないをするオカルト好き
と言われても
主観入りまくりの前半部分はともかく、後半部分に至っては見た目で判断は不可能だ
で、名前くらい聞いたんだろ
瞬の言葉に悠は、一時停止ボタンでも押されたかのように動きを止め、その後がっくりと肩を落とした
それがよーオレ、話に夢中になり過ぎて聞いてねーんだよ
おめーらんこと見つけて、嬉しくなって窓に張り付いてたらさ、いつの間にかいなくなってて
慌てて名前呼ぼうって思ったら、聞いてねーってこと気づいてさ
不幸なため息をまき散らす
僕と瞬は顔を見合わせて
夢じゃない?
夢だな
と同時に言った
夢じゃねーーーーーーーー
悠はいきり立って、訴えを続けようとする
んなことより不動産屋行って手続きしねぇとだろ?
ガスだ電気だ水道だ、引っ越しの荷物の届く前に片付けとけ
そして何より、俺たちに飯を奢れ
瞬のこの上ない正論と現実を前に、
悠はせっかく高々に振るった拳を、
下げざるを得なくなるのであった
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