第七話
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
その救世主様とも言うべき青年こそ、石黒椿くんだったのです
声高々に、橘さんが宣言した
そのまま静止している
僕たちは、半ば呆れながら、陶然とした様子の橘さんを数秒眺めていた
いや、ここまで来て、いきなり違うやつ出てきたらホラーだろ?
悠の顔が引きつっている
違うんかーい、ってなっちゃうね
僕はココアをすすることにする
それから、すぐ二人は仲良くなったんですか?
未だあっちの世界に、片足突っ込んでいる橘さんにご帰還いただくべく、質問してみることにする
いえいえ
その後で行った中華料理屋で、
あ、皆様をご招待させていただいたお店ですよ
そこで、大量の料理を注文しては胃袋に放り込んでいく、椿くんの食いっぷりに惚れ込んでしまいましたね
質問をまくし立てたのです
グイグイ行くなー
あなたは何者なのか
どうして戸を開けることができたのか
戸を開ける前に、誰と話していたのか
後ろのアレとは一体何だったのか
椿くんは、私の全ての質問に、懇切丁寧に答えて下さいました
名前は嫌いだから言いたくない
戸は普通に開いた
戸を開ける前に話してたやつと、後ろのアレってのは、言っても信じねぇだろうから言わない
と
超絶てきとーだろ
私は嬉しくなってしまいまして、あなたは素晴らしい霊能者です、と言ってしまったんです
何とも軽はずみな発言だったと、未だに後悔しております
あー
それで怒らしちまったのな
誰よりも寛大な椿くんが、そんなことで怒るわけがありません
ふざけんな、これのせいでおれの人生は台無しだ、とだけ仰いました
しっかりキレてんな
そして、左肩を見せてくださったのです
丁度、皆様にしたように
事故かと聞くと、火事だと答えました
で
家、燃やしたんがおれだって言ったんよ
割り込むように、石黒くんが声を上げた
ドン引きして、もう関わって来なくなると思ったんな
悠が苦笑いする
ドン引くどころか、グイグイ来た、と
いんや
家がお嫌いだったのですか?って
人参嫌いなん?ってのと、同じテンションで聞いてきおった
僕と悠は吹き出した
それから、私は椿くんを家まで送り届けました
果たしてそこは、人が住んでいるのかも分からない廃墟のような平屋だったのです
当時のおれんち
オンボロ訳あり物件、家賃月三千円なり
なぜか自慢気な石黒くん
悠が少し羨ましそうなのは、気のせいだろう
むしろ金払ってほしいくらいだったけぇ
この言葉で、悠は引っ越しを諦めたようだった
それからは、ご想像通りです
私は椿くんのご自宅に、毎日通い詰めました
いや、想像してねーって
グイグイ行くね
椿くんは、一度たりとも、私の誘いを断りませんでした
決定的だな
確信的だね
飯のためだっつの
私は、椿くんとの距離が、日々近くなっていくのをひしひしと感じておりました
そして、ある日ついに、彼の前に跪き、私のパートナーになってほしいと申し出たのです
プロポーズだな
間違いないね
ちげっつの
そいちろのマンションで、好きなように暮らしていいって言われたんよ
食べるものも着るものも、生活に必要なものは全て用意するってのぅ
ただ、力を貸して欲しい時は、その求めさ応じろって条件付き
そがぁお陰で、おれはずーっと無報酬で働かされとるんよ
酷かろ?
全然
全く
椿
おめーは頭は良いかもしれねーが、社会というものを知らなすぎている
人間、地べたに這いつくばって休みなく懸命に働いているにも関わらず、食いたいものも飲みたいものも我慢して、財布の底を叩きまくって生きてんだよ
それは、悠だよね
しかしまぁ、期間限定ではあるが、オレもおめーと同じ状況ではある
葵と瞬のマンションで、至れり尽くせりだもんね
そういえば、前にお邪魔させていただいた時、不思議でならなかったのです
お二人共、自分の部屋であるかのように入って行かれていたので
しょっちゅう遊び行くもんだけぇ、部屋をあてがわれたんか思っとった
いんや
しょっちゅう遊び行くには行くけど、さすがに部屋はあてがわれてなかった
瞬がキレるよね
でもさ、Uホテルの騒動あった帰りにさ、葵が提案してくれたんだ
熱りが冷めるまで一緒に暮らさねーかって
二人のそばにいるのが、一番安全だからね
僕たちの言葉に、石黒くんは、ふーん、とコーヒーをすすったが、橘さんは動きを止めたまま、僕たちを凝視していた
橘さん?
葵先生に、一緒に、暮らさ、ないかと?
口以外の一切を動かさず、腹話術人形さながら、無表情の橘さんから、無機質な言葉が出てきた
怖い
何か分かんないけど、怖い
何か分かんないけど、怒ってる
いつもは、春の木陰から差し込む日差しのような橘さんの目が、くすんでいる
あなた方は
と、前置きを一つ入れて、橘さんは僕たちにまくし立てた
日々葵先生のお作りになるご飯を葵先生と食べ今日起きた出来事や仕事の愚痴などを聞いていただいては励まされあの笑顔をもらい湯上がりの葵先生にまみえてはおやすみなさいからのおはようの挨拶で天に昇る気持ちになりながら葵先生の入れたコーヒーをすすり上げ葵先生のお作りになる朝食を貪りいってらっしゃいなんてこの世の男という男の誰もが喉から手が出るほど欲しがる言葉とこの世のものとは思えないあの極上の笑顔即ちこの世の願望の全てをあなた方は毎日のように手に入れている
と、いうことですか?
ヤバい
本気だ
何か分かんないけど、橘さんの本気を感じる
悠は顔を引きつらせながらも、できるだけ軽いタッチで言葉を返した
いや、オレは弁当も作ってもらってるけど
きえええええええええ
発狂した
何か分かんないけど、発狂した
まさに、ムンクの叫び
橘さんは一通り叫び終えると、今度はひどく虚ろな表情で、
葵先生が、葵先生の、葵先生に
と呻き始めた
た、橘さん?
恐る恐る呼んでみる
変化なし
そ、い、ち、ろ
石黒くんが、橘さんの目の前で怒鳴った
橘さんは、ひょっ、とガスが抜けるような声を上げると、石黒くんと目を合わせた
椿くん
申し訳ございません
一瞬、悪夢を見ておりました
夢オチにした
夢だと思いたいのは、僕の方なのに
うん
寝てたな、完全に
こがぁな時間だけぇ
寝た方が良い、な?
オレたちも、そろそろ寝るよ
ええ
おやすみなさい
橘さんは、石黒くんに背中を押されながら、フラフラと寝室に入っていった
悠は僕と顔を合わせて、苦笑いをする
帰ってくると良いね
ええっと、瞬と葵と
橘さん?
悠は吹き出して、だな、と言うと、ゴロリと横になった
寝るか
うん
一緒に寝て良い?
おっさんと添い寝して、喜ぶやつがいるか
僕は嬉しい
襲うなよ?
悠もね
こうして、僕と悠はソファベッドに潜り込んだ
どうか、無事にまた、帰って来て欲しい
そう、二人の帰還を願いながら
この願望は数時間後、拍子抜けするほどあっさりと叶えられることになる
仲良くベッドに転がる僕と悠を見て、
一人は、夢でも見てんのかと呆れ顔になり、
もう一人は、夢でも見ているような、最高の笑顔になって
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