第八話 後編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
さて、観衆がいる中での行為も嫌いではありませんが、正直なところ、実に目障りです
せめて扉を開く材料として、少しでも我々の未来に貢献していただきたいものですね
誇りに思っていただいて構いませんよ
新しい世界を作る、礎の一部になれるのですから
さあ、その肉体をもっての、最後の言葉はありますか?
最後と言っても、不滅の魂と不老不死の身体が手に入るのです
貴方様方は、過去の美しい思い出のまま、永遠に多くの方々の記憶の中で、生き続けることでしょう
そう言って、教祖は指を弾いた
喉に微弱な電気が走る
押しても引いても開かなかった、ドアのつっかえ棒が外れたように、僕は声を発した
葵から、離れろよ
僕たちはきっと、これから人食いに食われて、成り代わりになる
恐怖は不思議と感じなかった
教祖が言う、不滅の魂だとか不老不死の身体だとかが良いと思ったわけではない
脳の活動が、制御されているからなのかもしれない
ただ、僕はこれ以上あの男に葵が触れられるのが、何よりも嫌だった
どうしようもなく許せなかった
教祖は、げんなりした表情を見せ、瞬の方を向いた
そちらの眼鏡がよく似合う貴方様は?
瞬は、黙って静止していた
教祖の術の前では、どんなに身体能力が高い人間でも意味がない
微動だにできずにいる瞬の姿に、僕の中では違う感情が、うねりを上げて押し寄せて来た
いやだ
瞬が、食べられるなんて
葵が
葵がどんなに悲しむだろう
結婚して、これから幸せになっていくはずだったのに
ダメだ
ダメだよ、そんなの
瞬
ごめん
僕は
僕はやっぱり
大切な二人のために
何もできない
自分の不甲斐なさに、涙が溢れた
身体はピクリとも動かないのに、涙は僕の頬を悠長に流れていく
虫が這っているような不快感に、顔を思い切り擦りたくなるが、それも叶わない
顔中の筋肉がピクピクと痙攣し、むしゃくしゃとした感情が、爆弾を落としたように全身に広がった
僕は叫んだ
子どものように
訳の分からないことを喚き散らした
しかし、むせるようにしか息が吸えなかったせいで、吐き出された絶叫は、中身のなくなったスプレー缶のような、かすれた噴射音をたてるだけだった
ため息
教祖のものではない
もちろん、僕のものでも
そして、僕に向けられたものでもなかった
なぜか僕を少し安心させてしまう、そんなため息だった
瞬
視線を動かす
瞬は、いつものように首を回し、パキパキと指を鳴らしていた
じゃ、遠慮なく
な
え
教祖と僕が驚愕する中、瞬は面倒くさそうに頭を掻いた
教祖はうろたえて、壊れたおもちゃのように、連続して指を弾く
な、なぜ
どうして動ける?
瞬はのらりと頭から手を話し、ポケットに手を突っ込んで教祖を睨んだ
なぜって、最初から俺はずっと動けてたし、喋れてた
お前が勝ち誇ってべらべら話し始めたから、動かず、喋らずにいてやっただけだ
ば、そんな馬鹿なことが
に、人間は少なからず霊と、魂と関わって生きている
現に貴方様には
わりぃんだけど
いかにもかったるそうに、瞬が教祖の話を打ち切った
俺、霊とか魂とかそういうの
そして、ゆっくり一歩、教祖に向かって進み出る
本当に、スローモーションのようなスピードで
でも次の瞬間、瞬は教祖の目前に、宙高く舞い上がっていた
全然
分かんねぇから
大きく、優雅に、しかし光のようなスピードと槍のような鋭さを持って、瞬の踵が教祖のこめかみにヒットした
教祖は、首と表情を限界まで歪ませながら、部屋の端まで吹っ飛ぶ
そして、衣服を乱したまま、動かなくなった
瞬は最小限の動きと音で着地すると、葵のそばで跪いた
葵
悪かった、遅くなって
そう言って、葵の脈と呼吸を確認する
問題なかったようだ
抱き起こし、服を直す
一応僕は、視線をずらした
今さら、なんだけど
葵の前ボタンを止める瞬に、僕は口をもごつかせながら聞く
葵は、だ、大丈夫?
恐らくセボフルラン
揮発性の麻酔薬だ
意識喪失させた後で、静脈麻酔を打ったんだろう
呼吸を確認した時に、ニオイを嗅いでいるようだった
首に注射の痕も確認したんだろう
うーん
いつも思うけど、瞬はどういう意識で、普段から生活しているんだろう
てか、な、んで瞬、動けるの?
瞬はチラリと僕を見てから、葵のキレイな脚にショーツを滑らせた
お前はなんで動けねぇだよ?
指パッチンされたくらいで
言ってたじゃん
脳内に直接作用するんだって
その術かけた教祖は、ぶっ倒れてんだろ
そ、そうなんだけど、まだ全然動かないんだよ
ほら、これでどうだ?
パチン
軽やかに瞬の指が弾かれた
え
カクン、と体中の関節が折れ曲がり、身体のバランスが崩れる
咄嗟に手を振り、足に力を入れて踏みとどまった
動く
さっきまで鏡に映った自分の手足みたいに、見えるのに動かせない、そんな感じだったのに
なんで?瞬
どうやったの?
指パッチンだろ?
果たしておかしいのは、僕なのか瞬なのか
考えるのは諦めることにする
代わりに、着衣を終えた葵の元に急いだ
起きそうにない?
だな
変な薬じゃねぇと良いんだが
ごめん、僕
何もできなくて
お前が何もできなかったお陰で、あいつはベラベラ喋ってくれたんだろ?
ぐうの音も出ない
隠し通路に入ったあたりから、トランシーバーの調子もわりぃ
悠は恐らく、持ち場を離れて、会場で俺たちを探し回ってるだろう
聡一朗たちも入ってきてるかもしれねぇ
呼んできてくれるか?
うん、分かった
僕は駆け出して、部屋のドアノブに手をかけた
が、鍵でもかかっているのか、ビクリともしない
慌てて鍵の場所を探すが、鍵穴も打掛錠もない
思い返してみると、僕と瞬はこの部屋に入る時、何の抵抗もなくドアを開けた
鍵なんてかかっていなかった
外からは開けられるけれど、中から開けられないドア?
そういう結界ってやつが、この部屋に?
瞬
ドアが開かない
ノブが動かないよ
瞬は眉をひそめると、葵をソファに寝かせたまま、僕のそばに来た
ドアノブに手をかける
もしかしたら、瞬が触れた瞬間に、結界がキレイに消えるんじゃないかって思ったんだけど、そうはならなかった
春樹
ちょっと離れてろ
瞬はそう言って、ドアから三メートルほど後ろに下がった
僕は即座にその言葉に従う
数歩の助走
跳躍
瞬の身体が宙でゆっくりと回転し、ドアの上部ど真ん中に、強烈なキックが炸裂した
かに思えた
瞬の足がドアに触れる直前、ドアが遠ざかり、代わりに悠の顔が現れたのだ
瞬、春
言い終える前に、悠は瞬の靴底からの歓迎を顔全体で受け止めて、消えた
外の壁に叩きつけられる音
うわ、と石黒くんの驚く声
悠くん、と橘さんの慌てる声
恐る恐る、開いたドアから外を覗く
およそ想像通りの光景に、ため息をつく
悠はガードマン二人と、床に仲良く
瞬は眼鏡を押さえながら、一言呟く
わりぃ
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