第一話 中編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
ピシ
緊張感が亀裂のように走る
悠と春樹が顔を見合わせたと同時に、セダンの後方から人影が飛び出した
葵ちゃんだ
必死の形相で走っている
それを見た瞬間、俺の足は動いた
後戻りする形で、反対車線で葵ちゃんの後を追う
俺と並走するように、葵ちゃんの後ろを二人の男が追うのが見えた
車に連れ込んで、拉致でもしようとしたのか
胸糞悪さと舌打ちを堪えながら走る
数分前に渡ったばかりの、スクランブル交差点に差し掛かった
信号は点滅中
葵、こっちだ
人生で叫んだのは、俺が覚えてる限り、この時が初めてだった
自分を含め、周りの人間たちが驚く
幸運にも葵はこちらに気づいて、左へ直角に方向転換した
信号が赤になった
葵はまだ、横断歩道中ほどを走っている
後ろの男たちも、当然のように信号無視で道路を横断しにかかる
葵に向かって手を伸ばす
葵も手を伸ばす
手と手が触れた瞬間、赤ん坊の把握反射のように、その手を握った
力の限り引き寄せる
走った速度と引っ張った勢いが合わさり、結構な衝撃で、葵が俺の身体に吸い付いた
ほんの一度だけ、みぞおちの辺りに、葵の鼓動を感じた
スイッチが入る
意識はすでに、交差点を渡ってくる男二名
進み始めた車に、クラクションを鳴らされては怒声を浴びせていた
お陰で走ってくる速度は激減
後ろから来た春樹に、葵を預ける
前を走る男の手には、鈍く光るナイフが握られていた
後ろを走る男は、胸ポケットに手を入れている
まさかこんな人通りの多い所で、ぶっ放すとは思えないが、脅しだとしても質が悪い
馬鹿みたいに突っ込んできた最初の男は、葵の恋人だったやつだ
素直に体術で勝負すればいいものを、小道具を持ちやがるから、それに意識を取られて、結局動きが単調になる
振り上げてきたナイフを苦もなく避けると、その腕を掴み上げた
突っ込んできた相手の勢いを活かして、一本背負いする
投げる方向は計算済み
左斜め後ろにある電柱に、思い切りその巨体を打ち付けてやった
頭を下にして、地面にずり落ちるのを確認
するまでもなく、二人目の男を眼鏡を直しながら視認する
男は、夜の海を泳ぐ、サメのような光沢をもつそれを、構えようとしていた
万が一でも発砲されたら、後ろの春樹や葵、通行人に当たるかもしれない
前に飛び込んで、撃つよりも早く蹴り上げてやる
そう判断して右足に力を込めた瞬間、その男の身体が横に飛んだ
悠が思い切り、男の脇腹に蹴りを入れたのだ
男は銃を握ったまま、ガードレールに合わせて身体をくの字に折り曲げた
そのまま地面に土砂のように雪崩れ落ちたが、すぐに頭を起こしてくる
その手に握られている銃を、俺は思いきり蹴飛ばした
それはブーメランのように回転しながら地を張って飛んでいき、金切り声とともに左右に避けられた間をすり抜けていった
銃を蹴飛ばした右足を軸に、今度は左足を振りかぶる
手の痛みに悶絶する男の顔面に、靴底を叩きつけた
名誉ある足型の刻印を受けた男は、白目を剥き、悠のダメ押しの踵落としを、モロに頭頂部に喰らうと、地面にスライムのようにへばりつく
後ろでは、ヨタヨタと葵の元恋人が起き上がっていた
ナイフを捨てたのは英断だと褒めてやろう
構えからして柔道だな
最初に一本背負されたのが効いたのか、ギョロリと血走った目で、俺を睨みつけてくる
男が、最初の一歩を踏み出した
俺も靴底に力をいれる
その瞬間
男の顔が大きく歪み、巨体が横に振れた
もちろん男が勝手にそうなったのではない
全く予想外の行動を起こした人物は、悠でも春樹でもなかった
葵だ
春樹に預けたはずの葵が、俺に気を取られている元恋人の横面をぶん殴ったのだ
悠も男も、俺もたっぷり数秒間、呆然とする
いい加減にして
こんな犯罪まがいのことして
何考えてんの?
前も言ったけど、あなたがどんな手を使って何をしてこようが
あなたの頼みなんか、もう絶対に聞かない
もう二度と、あたしたちの前に現れないで
まがい、ではなく誘拐未遂も銃刀法違反も立派な犯罪だ
しかし、雷神の如く男に怒声を浴びせる葵の姿に、勇敢さを覚えてしまって、陳腐な訂正などどうでも良くなる
葵の剣幕に、目を白黒させている男の様子からして、この元恋人も、葵のこんな姿を見るのは初めてなのだろう
葵は男の襟首を鷲掴みし、自分の顔に力任せに引き寄せた
耳元で何かを囁いているようだが、内容は聞こえてこない
今更だが、今日は金曜夜
もっとも人通りの多い大通り
野次馬が集まり始めていた
スマホを構えているやつもいる
下手に撮られたりしたら、またいろいろと面倒くさそうだ
後は警察の仕事、とスマホを取り出したが、雑踏に紛れて、パトカーのサイレンが聞こえてきた
既に誰かが呼んだらしい
葵が、男に背を向けて駆け出す
行こう
そう俺たちに声をかけて、野次馬の間を滑るように進む
俺たちも、その後を追った
化け物がぁ
男の叫び声を、背中に受けた
虫唾が走る
必死にそれに耐え、
俺は前を行く、小さな背中を見失わないよう
もう一度、
眼鏡を直した
本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問




