第一話 後編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
恋に落ちるって言葉を考えたやつは、天才だと思う
実際オレはこの時、人生で初めてその感覚を味わった
彼女がおまじないと呼ぶ魔法に
彼女の笑顔に、声に、仕草に
オレの全てが、マリアナ海溝より深いところに突き落とされて、オレはその底から、彼女を愛おしく眺めるしかない
人によって効果が違うし、使えるのは一度だけなんです
でも、あまりにお辛そうだったもので
初対面なのに不躾にごめんなさい
そう言って彼女は、少し申し訳なさそうな顔になる
いやいやいや、めっちゃ効きました
マジで死ぬかと思ってたから、本当に助かった
オレより少し年上だろうか
大きなクセのついた長い黒髪に、象牙色の肌
化粧はしていなさそうだが完璧に整った顔立ち
長いまつげに大きな目
通った鼻筋の下には可愛らしい唇
小柄で華奢だけど、スッと背筋が伸びていて、座る姿勢がキレイなラインを描いている
女性の好みなんて自分にはないものだと思ってたけど、タイプどストライク
いや、この顔見てタイプじゃないって言う人間なんて、よほどひねくれたやつだろう
何度か女優とかモデルは生で見たことあるし、やっぱキレーだなーって思ったけど、そんな芸能人と比べても遜色ない
まぁ直前死にかけだった所を助けてもらったっていうアドバンテージはあるけれども、それを差し引いたとしても、彼女が人並み外れた美貌を持っていることに、異論を唱える人間は存在しないだろう
どうやったんですか?
素直な疑問をぶつけてみる
もう外も明るく、車内の電気も付いた
多少お喋りしても大丈夫だろう、っていうか話さないって選択肢はない
おでこに適当に文字描いてポンってしただけ
と、彼女はさっきやってみせたようにキレイな指先を動かした
え、適当でいいの?
はい
教えてくれた知り合いが言うには、他の乗り物とか自分が運転する車は大丈夫なのに、人が運転する車にだけ酔うって人は
さっき動かした指を、今度は自分の口元に持っていき、囁くように言う
動物たちの霊が寄ってきてる場合があるんですって
霊?
霊って言った今?
ちょっとオカルトなんですけど、こういう話、お嫌いだったらごめんなさい
何を謝ることがあろうか、大好物です
オレが車酔いするからって、大学時代はほとんどオレが運転手だったけど、何回か瞬の運転する車に乗った時、春樹がそんなこと言ってたのを思い出す
悠ってほんと、動物霊に好かれやすいんだね
具合悪くて後部座席で唸ってるオレを見て、確かに春樹はそう言っていた
春樹はガキん頃から、そういうのが見えるやつだったらしい
見えるだけでお互い干渉はできないって言ってたけど、昔から霊には、是非とも謁見を賜りたいって切望していたオレからすると、見えるってだけで羨ましくてしょうがない
ううん、そういう話、オレ大好き
大学ん時オカ研作ったくらい
オカルト好きは皆仲間、ということで既にタメ口
しかし彼女は全く気にする素振りも見せず、
あ、そうなんですね
良かった
と、また微笑んだ
たまんねー
心の声が漏れそうになるのを必死に抑える
代わりに、自分がいかにしてオカルトの道に踏み込み、横道に逸れることなく現在進行形で爆走しているか、
それをご理解いただくべく、ガキの頃から大学までのエピソードを語ることにする
大抵こんな話に熱弁を振るってると、相手はお腹いっぱいな表情になって相槌も適当になって、その回数も減ってくるのだが、彼女はむしろ前のめりになって話を聞き、美しい瞳をさらに輝かせた
だから、余計にオレは調子に乗ってしまい、結局目的地である終点の地元の駅にバスが到着するまで、
時間も酔いも空腹も、
自分の名前を言うのも、彼女の名前も連絡先も聞くのも忘れて、自分の舌を飛行機のエンジンより早く回転し続けた
社会人五年目
念願叶って、住み慣れたY県H市に戻ってきた二六歳春
親友二人が待つ、生まれ育った故郷へ帰る
その再会の喜びや興奮、そしてこの思いがけない邂逅の衝撃が、爽やかな陽気の中を軽快に走るT都発高速夜行バスの車内の温度を二、三度上昇させた
何時間も休みなく舌を回転し続けたオレは、
間違いなくこの時、
暑苦しいオカルト魂と
彼女の魅力に
取り憑かれていたんだ
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