第五話 前編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
帰りの車内で、事の顛末を聞く
どうやら葵ちゃんは、本物の霊能者のようだ
オレの見込み通り
葵ちゃんには蛇の守護霊取り憑いていて、その霊が、外にいる霊たちと仲良くしたり、逆に追い払ったりしてくれているらしい
さっきは、もともと神社で祀られていた狐の霊が、葵ちゃんの守護霊に反応して出てきたようだ
んで、葵ちゃんに憑依して、守護霊の蛇と楽しくじゃれ合ったり、おしゃべりしたりしていた
霊ってのは精神の塊で、肉体を持ってないから、混じり合ったり、溶け込んだりするらしい
なるほど、さっきのは狐と蛇が融合した姿だったってわけか
あたし、H道の田舎そだちでね
小さい時から山が遊び場だった
そこで出会って、毎日のように遊んでたんだ
蛇のびびちゃん
そう言って、手を少し前に出した
最初はモヤのような、白い霧が葵ちゃんの手から出ているように見えた
それが徐々に、形を成していく
白い大蛇
葵ちゃんよりでっかい頭を、彼女の右手のすぐ横にもたげている
浮き輪みたいにぶっとい胴体は、葵ちゃんの右腕をくるりと一周して、腰のあたりでブツリと途切れる
丁度そこから、大蛇が出てきている感じだ
大蛇は葵ちゃんにすり寄ると、チロチロ舌を出して目を細める
蛇のその表情には、思わずゾッとしてしまうが、葵ちゃんは平然と、大蛇の顔をそのキレイな指で撫でた
被捕食者の本能、美しいものを見た時の満足、そして何より、霊と呼ばれるものを見ることができた、積年の夢が果たされた興奮
これらが入り混じった不思議な感情が、そこから目をそらすことを許さなかった
すげー
ほんとに見える
複雑な感情とは裏腹、初めて望遠鏡を覗いた時みてーな、間抜けな感想を漏らす
な、なんでオレ、急に見えるようになったんだ?
当然の疑問
悠さん
びびちゃんに会うの、初めてじゃないんだ
この大蛇を、ちゃん付けで呼ぶことに猛烈な違和感を感じながら、大急ぎで回顧する
霊
葵ちゃんとの接点
高速バス
車酔い
あ、おまじない
葵ちゃんは正解、とばかりにニッコリ笑う
あの時びびちゃんに、悠さんに取り憑いてる子たちを追い払ってもらったの
シャー
突然、大蛇が大口開けて、オレの眼前にミサイルのように飛んできた
ひいいいいい、と情けない声を上げながら、狭い車内を全力で後退し、ドアに背中をピッタリと張り付く
葵ちゃんは、そんなオレの様子に声を出して笑い、
こんな風に、ね?
と加えた
その時に、もしかしたら悠さんの脳が、びびちゃんに反応したのかな
悠さんが持ってる霊能力が刺激されて、見えるようになったんだと思うよ
もともと霊を引き付ける力があるから
ほほーん、と感心してみる
つまり、だ
オレは晴れて、ただ取り憑かれる人間から、霊能者に大出世したってわけだ、な
霊が見える世界
これからオレが見る世界
考えただけで、
やべー
アドレナリンが暴発しまくってる
泣いちゃってごめんなさい
すごく嬉しかったんだ
みんなの言葉が
大蛇が、葵ちゃんの首に巻き付いている
まるで抱きしめているようだった
葵ちゃんが、大蛇に美しく笑いかける
私の育った田舎はね、山奥の集落だったの
外界から隔離された、ほとんど自給自足で生活しているようなところ
結束力は高いんだけど、すごく排他的で、村の掟みたいなのが絶対、みたいな
ああ、何となく分かる
心霊スポットに、昔の集落跡ってのは多い
その村の掟が原因で、村が祟られるだ呪われるだってのは、よくある話だ
それにしても、こんなに洗練された美女が、そんなド田舎出身とは
ため息が出るほど整った、葵ちゃんの顔を改めて眺める
私の家は、何世代も前にそこに移り住んだみたいなんだけど、一応村長みたいな立場だったみたい
司法立法行政、全部うちで担ってた
まさに小さな独裁国家ね
何となく雲行きが怪しい展開
葵ちゃんは、ハッと気付いたように顔を上げた
ごめん
先週に引き続き、長い上に全然おもしろくない話しちゃうところだった
えっと、要はね
村では、霊だとかと関わりを持つのはタブーだったの
目に見えないもの、この世のものでないものを、あたかもいるかのように触れ回ったり、呪いだとか祟りだとかに携わったり、その話をすることさえ
だから、まだそんな掟があることも理解できないうちに、びびちゃんの事を否定された時はすごく戸惑ったし、悲しかった
みんな必死になって、そんなものは幻覚だ、夢だ、病気だって言うんだよ
でも、あたしはびびちゃんと一緒の時間が何より楽しかったし、絶対現実だって譲らなかった
葵ちゃんは、努めて明るく話しているが、自分の大切な友達が、世界が否定されたら
しかもそれをしてくるのが、一番の理解者であるべき家族からだったら
孤独感なんて、簡単な言葉では片付けられないほど辛かっただろう
どんな時でも、びびちゃんも他の霊たちも、あたしを元気づけて、励まし続けてくれた
ずっとそばにいてくれた
この子たちがいなかったら、今あたしはここにいない
家族と離れられる、学校は楽しかった
でも子どもだからね
やっぱりダメって言われることは、やりたくなって、こっそり肝試しとかするんだよ
でも苦手だったな
この子たちを無視できなかったから
ごめんねごめんねって言いながら、ずっと目瞑って歩いた
上手く立ち回るのが下手だったんだよね
堂々と仲良くしてないと、本当の友達じゃないって勝手に思い込んでて
葵ちゃんは小さく息を吐き、窓の外に視線を移した
大蛇はいつの間にか、いなくなっている
中学三年の時、肝試しに来た子の一人が、狐の霊に取り憑かれてしまったの
みんな大慌てで、泣いちゃう子もいて、だからさっきみたいにお願いしたんだ
あたしの方においでって
みんな、逃げてった
肝試し自体、親には秘密だったから、大事にはならなかったけど、学校にも行きづらくなっちゃって
早く卒業したいって、そればっかり
目線を再び車内に戻して、少し笑って見せる
今では分かるんだよ
逃げちゃった友達の気持ちはもちろん、必死で否定してた家族の気持ちも
村の掟に自分の家の者が背いたなんて知れたら、あの村では生きていけない
家族を守ろうと必死だったんだよね
大人になってからは、この子たちとも付き合いながら普通に生活することもできた
肝試しするなんて機会も、なかなかないしね
でも、やっぱり自分が大切にしてるものを、隠しながらの人付き合いって、上手くいかないんだよ
どうしても罪悪感が生まれちゃう
だから、思い切って告白したことも何度もあったんだ
理解できないって顔されて、精神病の一種だって言ったら納得して、
離れていった
葵ちゃんが、人間関係でこんなに悩んでいるなんて、正直、衝撃の告白だった
オレは、霊能者が本当に羨ましかったから
普通の人間が見えないものが、世界が、彼らにはパラレルワールドのように広がっている
それは、オレにとって危険と隣り合わせの宝島であり、目覚めとともに消えてしまう夢の国であった
実際はそんな楽しいものではない
霊能者には霊能者なりの、苦労や人には言えない事情などもあるのだろうと頭では分かっていた
分かっているつもりだった
実際のところ、オレは勝手に、幸せ太りみたいな苦労を仕立て上げて、羨やんでいただけだったのかもしれない
言葉をかけようと、葵ちゃんの方を見た
その瞬間
またあいつが、
あいつらがやってきやがった
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