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取り憑かれて  作者: 恵 家里
第十三幕 共感と守護
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第四話 後編

本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。


○詩を読むように読んでいただきたい

○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい


このような勝手な願望からです

一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。

 時間だ

 行くぞ


 瞬が僕の方に近づきながら、号令をかける

 僕はハッとして塀に石版のようにはめ込まれた扉を見た

 かがみ込んで左端を強く押す

 難なく扉は開いた

 頭を下げて、足裏を地面にこすりつけながら中に入る


 ほら


 そう言って、外から懐中電灯を持った手を、瞬が出してきた

 懐中電灯を受け取る

 僕より身長も肩幅もある瞬が入って来れるのか心配だったけど、瞬は手を地面につけると、体を斜めにしてスルリと通り抜けてきた

 なるほど


 手についた土を払いながら、瞬が森を見回す


 さて、連絡がないってことは、あいつらは向こうの塀まで行ったのか

 それとも、まだ森を彷徨ってるのか


 できるだけまっすぐ森を進んで、壁に当たったら壁伝いに右周りで元の場所まで戻る

 隠し通路があったらメッセージを送って、四人揃うのを待つ

 もしこの森だけ圏外、なんて事態になったら五分待って、通路には入らず塀を目指す

 そして同じく右回りで戻るという約束だ

 この森を端から端まで歩くのにかかる時間は、七、八分ほどだ

 森の中心に近い所に隠し通路があるのだとすれば、五分も歩けば見つけることができるだろう


 つまり、僕と瞬が五分ほど早歩きして、先行した二人の姿が見えなければ、悠たちは反対側の塀に向かって進んでいる途中か、既に辿りついている、ということになる

 その場合、僕たちも塀まで進んで、二人に追いつくように右回りすれば、恐らく安全に再会することができるだろう


 スマホを確認する

 圏外ではないし、メッセージは入ってない

 瞬の言う通り、隠し通路は見つかってなくて、悠たちはまだ森にいる、ということだ

 隠し通路の存在が危ぶまれる中、何を言わずとも、僕らの歩くスピードは自然と早くなる


 もし僕らの前に森に入った人がいるとしたら

 その人たちは一体、どこへ


 この森の異様さを証明するには、十分過ぎる現状に、いくら振り払っても纏わりついてくる漠然とした恐怖が、瞭然たる不安が、僕らを急き立てた


 葵

 悠


 どうか無事でいてほしい

 スマホを握りしめる

 すぐに電話をすれば済む話だ

 でも、

 もしこの嫌な予感が、最悪の形で当たっていたら

 もしこの嫌な予感が、全くの杞憂でせっかくの楽しみを邪魔してしまったら

 このパラドックスが、僕に通話ボタンをタップすることを躊躇させた

 とにかく早く、二人の姿を確認したかった


 いた


 すぐ隣を走る瞬が、声を上げる

 ほぼ同時に僕も、進行方向に二つの影と懐中電灯から伸びる一本の光を認めた

 その光の先が、切断されたように途切れている

 塀に着いたんだ


 悠

 葵


 僕と瞬が、同時に呼びかけた

 それに気づいたように、二つの影がこちらに振り向く

 一瞬、振り返ったその顔が違っていたら、なんて考えがよぎったけど、ちゃんといつもの二人の顔が暗がりの中に現れた


 おお

 はえーな、おめーら


 全く、こっちの心配なんてお構いなしだ

 ホッとして、一気に脱力してしまった

 上がった呼吸を落ち着かせようと、両手を膝について息をする

 瞬は二人のそばまで走り寄って、何か変わったことはなかったか聞いた


 何もなさ過ぎて、逆にこえー

 葵がいなかったら狂ってた


 悠はいつものように答えている

 考え過ぎだったな

 良かった


 そもそも大人数が急にいなくなったり、事故が起きてたら、絶対事件になってただろうし、ホテルが営業を続けていられるわけがない

 きっとホテルの関係者が、面白おかしく評判を書き立てただけなのだろう

 ここは、

 本当に、ただの不気味な森


 やっと落ち着いてきた呼吸と気持ちをなだめるように一つ息を吐く

 僕もみんなと合流しようと、頭を上げた


 異様


 三人の表情を見て、僕はそう思わずにはいられなかった


 瞬はイライラしている

 早くこんな所から出て、ホテルに戻って酒盛りしたいって顔

 悠は驚いている

 期待していたものが本当に現れた時に見せる、少しだけ恐怖が混じった顔


 葵は


 固まった顔が、一瞬だけ見えた

 そして瞬きをして再び葵の顔を見た時、普段の美しい顔は、全くの別物になっていた

 比喩でも何でもなく、本当に別の顔


 葵に霊が取り憑いているんだ

 霊がいる気配なんてしなかったけど、葵や葵の守護霊に引き寄せられたのだろうか

 でも


 何で今?


 葵はいつも他の霊を取り憑かせて話す時は、決まって僕らに、ちょっと待ってて、と断りを入れる

 あっちの世界に行くわけじゃなく、他の霊とおしゃべりする時、その分時間は経過するから

 理由を聞こうと口を開いた

 その瞬間


 胸に衝撃を食らった

 息が詰まった

 猛烈な勢いで、タックルを食らったのだ

 でも同時に、甘くて少し爽やかな香りに嗅覚を優しく撫でられ、僕はタックルをしてきた人物の正体を悟った


 葵は僕を抱えて、塀の手前の地面に倒れ込んだ

 僕は、今度は背面に衝撃を受けながらも、反射的に葵の頭を守る


 何が起きたのかは理解できた

 でも、やはり理由は分からなかった

 葵は、僕の身体からガバリと起き上がると、さっきまで僕がいた森を睨むように見た

 改めて葵の顔を確認する

 森を睨みつけるその目は、真っ黒で左右に離れており、その中心には突き出た鼻先がついていた

 びっしりと生えた毛はツヤツヤと黄色に輝いている

 きっと日中に見たら、収穫直前の稲穂のようにキレイなのだろう

 これは、外から来た霊ではない

 葵の守護霊が、葵に深く憑依している

 確かこの子の名前は


 かい(・・)ちゃん

 ありがとう

 またいつでも行けるように、準備しておいて


 葵はそう言うのと同時に、元の美しい顔に戻った


 そうだ

 蝦夷鹿のかい(・・)

 びび(・・)ちゃんとほとんど同時期に葵の守護霊になったはずだから、憑依にも慣れている

 動きがすごく俊敏だから、帰りが遅くなった時なんかは、取り憑いてもらって爆速で走って帰るんだ、と葵は言っていた

 確かに今の動きだったら、オリンピックの記録なんか、軽く塗り替えるくらいのスピードで走れそうだ


 春樹さん、大丈夫?


 葵が、僕に向かって手を差し出す

 遠慮なく手を取って、お礼を言った

 が、全てを言い終えないうちに、僕は身体中の全ての機能を停止させてしまった

 心臓も数回は、拍動をやめてたと思う


 そこにいるもの

 さっきまで僕がいた所に、佇むものを見てしまったから


 それは二メートル程の、ズルリと長くて黒い身体をしていた

 しかし、真っ黒というわけではない

 懐中電灯の光を反射している

 向こうの景色が濁って見えている

 僕に取り憑いていた山の怪を彷彿とさせたが、その化け物と呼ぶことに毛ほどの遠慮を必要としない異形の姿は、恐怖なんかよりも、感じたことのない嫌悪感を僕に与えた


 頭部の耳にあたる部分からは、平べったい舌のような触角が出ていて、うねうねと動いている

 両肩から腕が突き出しているが、鎖骨のあたりからも赤ん坊のような小さくて短い腕が伸びていて、やはり単独で意思を持った生き物のように蠢いていた

 顔はない

 ただ、縦に食虫植物のようなギザギザとした割れ目が入っているのが分かった


 とにかく、今まで遭遇したどんなものでもない、どれにも当てはまらないものが、そこにいた

 霊でも山の怪でも、神でもない

 感じたことのない気配

 いや、それには気配すらなかった

 ただ

 異様で、奇怪な

 化け物だった


 な、なんだ

 コイツら


 悠が僕らのもとに寄りながら、恐る恐る尋ねる

 が、当然答えられるわけがない


 コイツ()


 見ると、その化け物は森のあちこちで、次々と身体を形作っては現れているようだった

 暗闇を材料にでもしているように

 闇に溶けた見えない破片を集めて行くように

 この森の、ありとあらゆる恐れや憎しみや悲しみを、かき集めるように


 塀を背にして僕たちは、

 今やその数を三〇ほどにまで増やした化け物に、追い詰められていた


 最前列にいた化け物の、舌のような触角が

 一斉に動きを止める


 ヤバい


 そう思った時には既に、

 僕の目先数センチメートルのところまで

 その触角は、

 伸びてきていた

本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問


次回、明日投稿予定

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