第四話 後編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
おい、そっち持てよ
瞬が悠の右腕を持ち上げ、上体を起こした
ハッと我に返って、葵ちゃんの顔をもう一度見る
元に戻っていた
ホッとしながら悠の左腕を持ち上げ、自分の肩にかける
ごめんなさい
迷惑かけて
まるで自分のせいで、悠が取り憑かれたような言い方
今の、見えたでしょ
立ち上がりながら問う
目線は悠だけど、確実に僕に向けられた質問
うん
短く正直に答える
怒られる前の子どものような心境だ
でも、葵ちゃんの口から出たのは、説教でも怒声でもなかった
あたしね、昔からこうなの
病気だって言われてる
妄想、幻覚、幻聴、極度の思い込み
多重人格、精神分裂症っていうのかな
勝手に自分以外の人格を作って、あたかもそこにいるように振る舞っちゃうんだ
ごめんね、びっくりさせて
病気?幻覚?妄想?
そんな訳ない
だって現に僕は今、葵ちゃんが悠に取り憑いた霊に、身体から出てくれるようにお願いして、ちゃんとその通りになったのを見たばかりだ
でも今、と言いかけたところで、葵ちゃんが話を続ける
見える人にはね、見えるみたい
顔が変わってるって
化物でも見たみたいに、怖がってた
すごく、寂しくて悲しそうな顔だった
取り殺されて死ね、化物が
あの男が最後に怒鳴っていた言葉が、脳裏に浮かんだ
きっとあの男も、見える人間だったんだ
このことを知っていた
きっと恋人だった時は、
受け入れて、くれていたんだ
隣から、ため息が聞こえた
お前は何か、普通は見えねぇもんと話している
それは病気で、人によってはそれに洗脳されて、お前が化物に見える、そんなとこか?
瞬が話をまとめる
葵ちゃんは少し考えて、
そう説明したら、納得できるでしょ?
と答えた
瞬は、今度は短いため息をついて
春樹、そうなのか?
と、僕に聞いてきた
葵ちゃんの元恋人のことを考えていたから、少し答えにまごつく
ううん、ちゃんと僕にも見えてたよ
妄想なんかじゃない
幻覚でも病気でもないよ
葵ちゃん、霊と話せるん、だよね?
すごいや
僕さ、霊は見ることしかできないから
話してみたいって何度もやってみたけど、ダメだった
それを昔からやってたなんて、本当にすごいよ
言い訳をする子どもみたいになってしまって、かえって嘘臭くなってしまったけど、葵ちゃんは、ほんの少し笑ってくれた
でも気持ち悪かったでしょ
顔変わって
僕が何か言う前に、瞬が口を開く
俺には、お前にしか見えなかった
俺には、お前の見えてる世界は見えねぇよ
春樹が見えてる世界も分からねぇ
でもそれは、一流アスリートが、試合中に自分を俯瞰して見える世界とか、ボールが止まって見える世界とか、音楽家が音聞くだけで譜面が見える世界とか
そういう世界と、どう違うんだ?
少なくとも俺には大差ねぇよ
お前が、病気だ思い込みだと言うのは勝手だが、実際春樹は、お前と同じ世界が見えてる
んな説明で納得できるか
ここまで言ってから、瞬は大きく息を吸った
お前が大切にしたい世界が、あるんだろ
正々堂々とそうすりゃあ良い
俺は、共感はできねぇけど
共有することは、できるから
そう言って瞬は、肺に残った空気を吐き出した
僕は、
じんわり来てしまっていた
そうだよ
瞬といたいと思う理由
自分が知らないことでも、見えないことでも、理解できないことでも、絶対瞬は否定しない
突き放さない
無視しない
受け止めて楽しんでくれる
一緒にいてくれるんだ
ぶっきらぼうで怒りっぽくて、自分の身の回りのことすらロクにやらない面倒くさがり屋
でも、いつでも冷静で、いざという時は必ず助けてくれる
誰より頼りになる、僕の親友
その瞬が、少し戸惑ったような表情になる
視線の先には葵ちゃん
葵ちゃんは、
泣いていた
雨粒よりずっと透き通って、小さな雫が両目からこぼれ落ちていた
そして、僕らに近づくと、三人まとめて抱きしめるように寄り添った
真ん中の悠に顔をうずめて、両隣の僕と瞬のTシャツを握って
雨音が頭に当たる音が、
やたら大きく聞こえるくらい静かに、
静かに、葵ちゃんは
泣いていた
僕らは何も言えずに、少し震える葵ちゃんの手のぬくもりを感じながら、長くてキレイな髪を、ただ眺めていた
不意に、
ううーと唸り声が、すぐ隣から聞こえた
悠が目を覚ましたのだ
今の状況
何か言ってあげたほうが良いかな
ん?
え?お?
あ、葵ちゃん?
頭の先をピンと持ち上げると、僕と瞬に支えられていた両手を解き、葵ちゃんの肩に置く
れ?
ちょ、な、なに、泣いてる?
ごめん、オレのせいだよな?
取り憑かれてたんだろ?オレ
心配したよな
ほんっとにごめん
オレ、いっつもこうなんだよ
体質?病気?
とにかく葵ちゃんは悪くないから、な?
ってかさ、さっき葵ちゃん、霊と何か話ししてた?
憑依っていうの?
オレみたいに取り憑かれるんじゃなくてさ
霊と話すって、あんな感じなんだな
オレさ、初めて霊らしい霊見たよ
葵ちゃん越しだけどさ
マジですっげー興奮した
ってかさ、オレから霊取ってくれた?
除霊?お祓い?
してくれたの葵ちゃんだよな?
瞬なんかさ、デコピンだぜ?致死レベルの
頭割れるっての
こっちの身が保たねーし
マジで助かった
ありがとう
目覚めたばかりで、頭が大して回ってないのと、驚きと興奮と焦りで、話が滅裂だ
でも、どこまでも素直な、悠らしい言葉
葵ちゃんは、暫くポカンと悠を見つめた後、形の良い眉と口を大きく湾曲させた
そして、ダムが一気に決壊してしまったような涙を流し、声を上げて泣き出した
え?
え?え?
な、なんで?
オレ?
オレが悪いの?
悠がオロオロと慌てふためきながら、葵ちゃんを抱き寄せる
ごめん
ごめん葵ちゃん
泣くなよ
謝るから
オレ、大丈夫だから、な?
僕は、瞬と目を合わせて笑った
瞬は、少し肩をすくめると、
やれやれ、と言いたげに笑っていた
雨は、
いつの間にか
止んでいた
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