第十話 後編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
山之内くん、お疲れ様
おせっかいおばさん、もといキューピッドの素質に欠落した先輩が、声をかけてきた
いつの間にか、就業時間は終わり、俺は鞄を持って出口に向かっていた
お疲れ様です
この先輩は、先日の俺の結婚報告に、あんぐりと口を開けていた
そのぽっかり開いた口に、何か投げ込んでやりたい衝動に駆られた時、やっとそこからおめでとうという言葉が出てきた
上司に報告した時も、同じような反応だったから、周りからの俺の印象は、その関係の深浅に関わらず同様であるようだ
しかし、個人がプライベートで抱える不安や問題は、恐らく似て非なるものであろう
皆それぞれ、人とは共有できない、不安を抱えて生きている
ただいま
おっかえりー
葵が、ワインの匂いと笑顔を撒き散らしながら出迎えた
飲んでるな、相当
おかえり
じゃ、アタシは帰るわね
続いて、ママが紅潮した顔をテカらせながら出てきた
うん、気をつけてね
りょうちゃんに宜しく
宜しくできるのはアタシだけよぉ
冗談であってほしい
ママの巨体が玄関から消え、葵にランチバッグを手渡した
美味かった
わかめご飯に鶏の生姜焼き、卵焼き、ひじき煮、ちくわとブロッコリーのツナサラダ、それに冷凍の弁当商材が数点
母親の弁当とは、いい意味で非なるものだが、抜くところは抜いてくれているから、作ってもらえることに気兼ねしなくて良い
嬉しい
葵は上機嫌でキッチンへ行く
すぐご飯で良いかな?
ああ
新しい俺の日常
手に入れたものは、当然幸せばかりではない
不安や問題は、多くの人間と同様に山積みだ
だから、この幸せに触れるたびに、こいつの笑顔を見るたびに、俺はこれらを守らなければ、という使命感を抱かずにはいられないのだ
守る?
何から?
使命感に紐付けされた覚悟と一緒に、不安や焦燥が凝りもせず、中毒症状のように現れる
旅行で目にした光景が、吹き飛ばしたはずの考えが、フラッシュバックした
部屋着に着替えてリビングに行く
テーブルには、ママと作ったのであろう魚中心の料理と、H道の土産が所狭しと並び、それらは自身の出来栄えに満足そうな姿を見せつけていた
葵が鍋や弁当箱を洗いながら、ママのことを話す
バー二本松とりょうちゃんと海の家とりょうちゃんとりょうちゃんの家を行き来しながら、宜しくしているようだ
正直、死ぬほどどうでもいいが、惜しみなく魚を分けてくれることへの感謝はしなければならない
料理された魚たちを見る
刺し身にされたもの
生きた姿のまま茹でられたもの
串に刺されて焼かれたもの
切り刻まれて、高温の油に入れられたもの
魚たちの最期、これから咀嚼され、俺たち血肉になるという運命が、果たしてこいつらにとって幸せなことなのかどうかは、今の姿からでは分からない
俺たちにしてもそうだ
何も、変わらない
この世界には、俺たちが暮らすすぐそばに、
人ならざるものが、
俺の認識の外にあるものが、確かに存在している
常にやつらは俺たちに、地べたを這いつくばらせ、絶望を舐めさせ、手元にある幸福をかすめさせようと、影のように蠢いているのだ
絶望するその姿が美しいと、あるべき姿だという価値観のもとに
自らの血肉とするために
生きる、ために
今もやつらは、玄関のドアの前で、
こちらの様子を伺いながら、
舌なめずりをして待っているのかもしれない
その時が、
来るのを
ピーンポーン
思わず息を呑む
たっだいまー
葵のスケジュールを、俺よりも把握しているやつらが、買い物袋片手にバタバタと玄関に上がり込んでくる
その声に、その音に、俺は苦笑いを大いに含んだ、安堵のため息を吐き出した
バカみてぇに世話の焼ける家族の、
おかえりだ
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