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取り憑かれて  作者: 恵 家里
第十二幕 共有と共感
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第十話 前編

本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。


○詩を読むように読んでいただきたい

○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい


このような勝手な願望からです

一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。

 はい

 いってらっしゃい


 見覚えのあるランチバッグが、玄関で葵から手渡された


 これ


 たまに母親が何を思ってか、俺と父親に弁当を作った時に使用していたものだ


 旅行の帰りに、ご実家にお土産渡しに行ったでしょ?

 その時にね、お母様が持たせてくれたの

 必要なかったかな?


 いや、助かる


 昼食は、たいてい社員食堂で済ませているが、混み合っているし、そこまで行くのも面倒だ

 人の少なくなったデスクで、静かに食った方がずっと良い

 だからといって、わざわざ店に買いに出たり、出前の注文をするなどといった手間はかけたくない

 考えてみれば、弁当持参という選択肢が、一番俺には合っているのだが、如何せん、母親の気まぐれ弁当が当たり前だったので、弁当を頼む、という思考には至らなかった


 お弁当いるなら、早く言ってくれれば良かったのに

 基本的に平日は毎日お弁当で良いのかな?


 頼む

 今日は、昼からママと女子会だったか?


 うん

 帰って来てへべれけ(・・・・)だったら、ごめんね?


 葵の故郷から、昨日帰ってきて今日は金曜日

 俺は仕事だが、明日から連休なので一踏ん張りすることにする

 葵は今日は仕事もなく、家でゆっくりするのかと思いきや、昼から土産のワインとチーズに土産話を添えて、ママと飲んだくれるらしい

 その上、俺に弁当まで用意して


 タフなやつ


 見送られながらエレベーターに乗り込む

 ランチバッグに目をやって、その記憶を掘り起こした

 俺にとっての手作り弁当とは、高校三年間、社会人なってからは不定期で母親によって作成されたものだが、その内容はずっと変わらなかった

 一面にご飯を敷いて、ふりかけと海苔

 その上に焼いた鶏もも肉と、レンチンした冷凍のブロッコリーを、これでもかと乗せたもの

 葵は母親と、俺の弁当の内容について情報を共有したのかもしれない

 となると、蓋を開けた中に広がるのは、茶色と緑の混沌とした世界、か


 おかえり、とでも言ってやろう


 車に乗り込み、エンジンをかける

 駐車場から車を出す時、二十歳前後の女性が前を横切った


 ちょうど、あれくらいの歳だったな


 弁当よりもずっと新しい記憶が、否応なしに呼び起こされた

 たった一泊二日の旅行

 一日目をつつがなく終え、全てに満足しながらホテルに向かって寝るだけ、という時に起こった事件

 思い出す、と言うには鮮明で強烈過ぎる、真新しい記憶

 

 車を走らせながら、考える

 俺の、今の状況を

 俺が、今過ごしている日常を

 豪華寝台列車にでも乗っている感覚に近いかもしれない

 常軌を逸したことさえしなければ、何不自由のない、至れり尽くせりのサービスを受けながら、心地よい揺れとちょっとしたハプニングに身を任せ、時を過ごすことができるだろう


 しかし

 俺は、忘れてはならない

 その列車には、招かざる客が何人も乗っているということを

 俺は、常に疑ってなければならない

 その列車が、走る先に何があるのかということを

 この先も、線路は続くのかということを

 続いていたとしても、その目的地は俺たちが望むところなのかということを


 事故が起きないという保証も、起きた時のための保険もない

 目の前の幸せに浮かれていては、何か重大なことが起きた時の対応が遅れる

 それは、最悪の結末を迎えることにさえ、なりかねないのだ


 会社に到着し、車と思考を止める

 大きく息を吸い、思い起こされた記憶と取り留めのない考えを、吐息とともに吹き飛ばした


 先が見えない不安を抱えているのは、何も俺に限ったことではない

 今、世界中で生活しているほとんど全ての人間が、大なり小なり似たような心境であるはずだ

 なんで自分が、なんであいつが

 そんな疑念と劣等感を日々振り払うように、懸命に働き、飯を食って寝ている

 あいつよりはマシ、こいつよりは恵まれている

 醜い優越感を、

 味方につけながら

本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問

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