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取り憑かれて  作者: 恵 家里
第十一幕 家族と共有
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第三話

本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。


○詩を読むように読んでいただきたい

○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい


このような勝手な願望からです

一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。

 アラームが鳴る数分前

 いつもの時間に目を覚ます

 俺の家の、俺のベッドの上


 昨夜、あの後お祝いだって言って、ママが秘蔵のワインを出してきた

 それで乾杯した後、焼酎と一緒に、おでんやらおこわやらを食った

 そのまま葵の家に泊まろうと思ってたのだが、そこはママに止められた


 葵、明日予定ないでしょ?

 女子会しましょ

 りょうちゃんがね、んふふふふふ

 明日詳しく話すわぁ

 だーかーらぁ

 瞬、あんたは帰りなさい

 ご両親にも、ちゃんと報告しないとダメでしょ?


 もうすっかり元のママだ

 確かに昨日の朝、家を出たきりではある

 俺がプロポーズすると察した両親が、動物園の熊のように、家中ウロウロしている様子が目に浮かんだ

 しょうがねぇ

 そう思って、タクシーを呼んでもらい、帰宅した

 およそ予想通りの行動をしていた両親に、結婚の同意を得たこと、入籍日を報告する

 そして、葵を家に呼んで互いに挨拶する日を確認した

 葵が今週の土日は泊まりで県外だから、金曜の夜、仕事帰りに葵とバスかタクシーで来る、という予定で了承してもらう


 夕飯は、一緒にここで食うってことでいいだろ?

 それともどっか食べに出るか?


 外食するなら、近くの個室のある中華料理屋、春樹と悠と飲んだ居酒屋、もしくは車かタクシーで駅前まで両親に来てもらうことになる

 すると、思い出したように母親がパンと手を叩いた

 続けて嬉しそうに口を開く


 それがね、久遠(くおん)永遠(とわ)も、今週末に帰ってくるみたいなのよ


 久遠と永遠は、俺の兄の名だ

 久遠は俺の一二、永遠は一〇が離れている

 上京していて、年に一度か二度、盆や正月くらいしか帰ってこない兄たちが、こんな時期に帰って来る

 思い当たる理由は、一つしかない


 母さん、プロポーズのこと言った?


 ええ、もちろん


 もちろんって

 気がはえぇのレベルを超えてる

 そして、いつするのかも、結果も分からないうちに帰って来る兄たちも兄たちだ

 間違いなく同じ遺伝子を共有している


 向こうでお土産とかいっぱい買って来てくれるみたいだから、家でお祝いしましょ

 うふふふふふ

 金曜は半休取って帰って来るように言わないと

 ねー、ぱぱちー


 そうだな、ままち


 俺の両親はこの歳で、家では互いをぱぱち、ままちと呼び合っている、痛々しい夫婦だ

 幼馴染みの両親は一八歳で結婚、母親は長男を妊娠

 俺が物心つく頃には、ぱぱちままちは定着していた

 長年連れ添い、仲睦まじいのは良いことだ

 俺は葵と、一生名前で呼び合おうと決めている


 葵のプロフィールを簡単に説明すると、料理教室の先生をしている、というところに二人とも食いついてきた

 結婚が早かったことと、手先が不器用で、複数のことを同時にすることが苦手な母親は、相当料理に苦労したようだ

 今でも食卓に並ぶ料理のレパートリーの数は、両の手で収まってしまう程度

 葵なら喜んで一緒にキッチンに立ってくれると話すと、二人で顔を見合わせて喜んでいた

 もっと詳しく聞きたそうではあったが、どうせ兄たちとも同じ話題になるのは分かりきったことなので、詳しくは金曜、本人からと言って、話を打ち切る


 続けて、今月末から来月頭にでも引っ越す旨を伝える

 これにはさすがに、少し急な話だということで驚かれたが、引っ越し先が葵の住んでいる駅前の高級マンションであり、いつでも往来可能ということで、承諾してもらった

 話が進むにつれて、両親の中で葵のイメージ像が出来上がっていったらしく、再び動物園の熊に取り憑かれたような動きをし始めたので、放っておいて寝ることにした


 風呂に向かう俺を、父親が呼び止める

 何かと思って振り向き、すぐに後悔した


 父親は、

 親指を立てていた

 

 昨日の出来事を思い出しながら、頭を掻いて眼鏡をかけ、リビングへ向かう

 いつも通りの風景に、いつも通りの朝食

 いつも通りの挨拶

 これが後一ヶ月もすれば、いつも通りではなくなり、新しい日常が始まる


 葵との生活


 目の前の光景が、マンションのダイニングに変わる

 向かいのキッチンから葵が俺に気づき、おはようと言って微笑む

 そうすると俺は毎回のように、目が覚めたような、まだ夢の中にいるような、不思議な感覚になる

 無糖のカフェオレを飲みながら、包丁がまな板を叩く音や、鍋が煮立つ音、油が肉を焼く音などをBJMに、スマホでニュースや新聞をチェックする

 そうしているうちに、朝からよく口の回るやつが、飯の匂いに釣られて起きてくる

 甘いものはめったに食べないそいつは、ブラックコーヒーを美味そうにすすり、やはり、元気に舌を回転させる

 最後にアルコール耐性のないねぼすけが、のそのそと俺の隣に座り、小学生が喜びそうなコーヒー牛乳を飲む

 そいつのあくびが決まって三回目に差し掛かった時、目の前には次々と朝食が並べられていく

 四人で手を合わせる

 料理の説明、感想、感嘆

 箸と口の動きのリズムから生まれる笑顔

 高級旅館に泊まった時にしか味わえないはずの料理の数と質に、非現実的な満足感を得ながら、俺は、この特別な時間と料理を噛み締める


 いつだったか、四人で会うのは習慣にしたくないということに考えを巡らせ、結局保留にしていたことを思い出した

 俺にとっても、四人は特別

 それは今でも変わらないし、これからもずっと特別なものであってほしい


 四人を当たり前にしたくなかった理由

 それが、ここにきて判然とした


 俺は

 きっと


 葵との生活を

 葵と俺だけの日常の共有を


 その時から、

 望んでいただけだったんだ


 答えが出たことで、恐らく俺の顔はほころんでいたのだろう

 コーヒーを持ってきた母親が、俺の顔を見るなり、笑って父親に何やら囁いていた

 まだ左腕のギブスが取れないので、父親が俺を会社まで送る


 瞬


 会社に到着し、車から降りてドアを閉める直前、父親が俺を呼んだ

 身をかがめて中を覗く

 ドヤ顔の父親


 結婚は、いいぞ


 そしてやはり、

 親指を

 立てていた

本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問

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