第三話
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
アラームが鳴る数分前
いつもの時間に目を覚ます
俺の家の、俺のベッドの上
昨夜、あの後お祝いだって言って、ママが秘蔵のワインを出してきた
それで乾杯した後、焼酎と一緒に、おでんやらおこわやらを食った
そのまま葵の家に泊まろうと思ってたのだが、そこはママに止められた
葵、明日予定ないでしょ?
女子会しましょ
りょうちゃんがね、んふふふふふ
明日詳しく話すわぁ
だーかーらぁ
瞬、あんたは帰りなさい
ご両親にも、ちゃんと報告しないとダメでしょ?
もうすっかり元のママだ
確かに昨日の朝、家を出たきりではある
俺がプロポーズすると察した両親が、動物園の熊のように、家中ウロウロしている様子が目に浮かんだ
しょうがねぇ
そう思って、タクシーを呼んでもらい、帰宅した
およそ予想通りの行動をしていた両親に、結婚の同意を得たこと、入籍日を報告する
そして、葵を家に呼んで互いに挨拶する日を確認した
葵が今週の土日は泊まりで県外だから、金曜の夜、仕事帰りに葵とバスかタクシーで来る、という予定で了承してもらう
夕飯は、一緒にここで食うってことでいいだろ?
それともどっか食べに出るか?
外食するなら、近くの個室のある中華料理屋、春樹と悠と飲んだ居酒屋、もしくは車かタクシーで駅前まで両親に来てもらうことになる
すると、思い出したように母親がパンと手を叩いた
続けて嬉しそうに口を開く
それがね、久遠と永遠も、今週末に帰ってくるみたいなのよ
久遠と永遠は、俺の兄の名だ
久遠は俺の一二、永遠は一〇が離れている
上京していて、年に一度か二度、盆や正月くらいしか帰ってこない兄たちが、こんな時期に帰って来る
思い当たる理由は、一つしかない
母さん、プロポーズのこと言った?
ええ、もちろん
もちろんって
気がはえぇのレベルを超えてる
そして、いつするのかも、結果も分からないうちに帰って来る兄たちも兄たちだ
間違いなく同じ遺伝子を共有している
向こうでお土産とかいっぱい買って来てくれるみたいだから、家でお祝いしましょ
うふふふふふ
金曜は半休取って帰って来るように言わないと
ねー、ぱぱちー
そうだな、ままち
俺の両親はこの歳で、家では互いをぱぱち、ままちと呼び合っている、痛々しい夫婦だ
幼馴染みの両親は一八歳で結婚、母親は長男を妊娠
俺が物心つく頃には、ぱぱちままちは定着していた
長年連れ添い、仲睦まじいのは良いことだ
俺は葵と、一生名前で呼び合おうと決めている
葵のプロフィールを簡単に説明すると、料理教室の先生をしている、というところに二人とも食いついてきた
結婚が早かったことと、手先が不器用で、複数のことを同時にすることが苦手な母親は、相当料理に苦労したようだ
今でも食卓に並ぶ料理のレパートリーの数は、両の手で収まってしまう程度
葵なら喜んで一緒にキッチンに立ってくれると話すと、二人で顔を見合わせて喜んでいた
もっと詳しく聞きたそうではあったが、どうせ兄たちとも同じ話題になるのは分かりきったことなので、詳しくは金曜、本人からと言って、話を打ち切る
続けて、今月末から来月頭にでも引っ越す旨を伝える
これにはさすがに、少し急な話だということで驚かれたが、引っ越し先が葵の住んでいる駅前の高級マンションであり、いつでも往来可能ということで、承諾してもらった
話が進むにつれて、両親の中で葵のイメージ像が出来上がっていったらしく、再び動物園の熊に取り憑かれたような動きをし始めたので、放っておいて寝ることにした
風呂に向かう俺を、父親が呼び止める
何かと思って振り向き、すぐに後悔した
父親は、
親指を立てていた
昨日の出来事を思い出しながら、頭を掻いて眼鏡をかけ、リビングへ向かう
いつも通りの風景に、いつも通りの朝食
いつも通りの挨拶
これが後一ヶ月もすれば、いつも通りではなくなり、新しい日常が始まる
葵との生活
目の前の光景が、マンションのダイニングに変わる
向かいのキッチンから葵が俺に気づき、おはようと言って微笑む
そうすると俺は毎回のように、目が覚めたような、まだ夢の中にいるような、不思議な感覚になる
無糖のカフェオレを飲みながら、包丁がまな板を叩く音や、鍋が煮立つ音、油が肉を焼く音などをBJMに、スマホでニュースや新聞をチェックする
そうしているうちに、朝からよく口の回るやつが、飯の匂いに釣られて起きてくる
甘いものはめったに食べないそいつは、ブラックコーヒーを美味そうにすすり、やはり、元気に舌を回転させる
最後にアルコール耐性のないねぼすけが、のそのそと俺の隣に座り、小学生が喜びそうなコーヒー牛乳を飲む
そいつのあくびが決まって三回目に差し掛かった時、目の前には次々と朝食が並べられていく
四人で手を合わせる
料理の説明、感想、感嘆
箸と口の動きのリズムから生まれる笑顔
高級旅館に泊まった時にしか味わえないはずの料理の数と質に、非現実的な満足感を得ながら、俺は、この特別な時間と料理を噛み締める
いつだったか、四人で会うのは習慣にしたくないということに考えを巡らせ、結局保留にしていたことを思い出した
俺にとっても、四人は特別
それは今でも変わらないし、これからもずっと特別なものであってほしい
四人を当たり前にしたくなかった理由
それが、ここにきて判然とした
俺は
きっと
葵との生活を
葵と俺だけの日常の共有を
その時から、
望んでいただけだったんだ
答えが出たことで、恐らく俺の顔はほころんでいたのだろう
コーヒーを持ってきた母親が、俺の顔を見るなり、笑って父親に何やら囁いていた
まだ左腕のギブスが取れないので、父親が俺を会社まで送る
瞬
会社に到着し、車から降りてドアを閉める直前、父親が俺を呼んだ
身をかがめて中を覗く
ドヤ顔の父親
結婚は、いいぞ
そしてやはり、
親指を
立てていた
本作品では、挿絵並びに登場人物の肖像、ストーリーの漫画などを描いていただける方を募集致しております。プロアマ不問




