第一話
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
春樹さん
突然、名前を呼ばれて振り返る
そこには一人の美しい女性がいた
美しさにもいろいろあるけれど、彼女の場合は、明朗とか素直とか清純とか、そういう言葉がよく似合う美しさだ
春の暖かな日差しのような
空にかかる虹のような
輝く満天の星空のような
そんな女性
僕は引き寄せられるように、彼女に駆け寄る
名前
僕は懸命に思い出そうとするが、頭が全く働かない
それに、声の出し方を忘れてしまったように、喉が詰まったように動かない
心待ちにしていた再会、のはずなのに
春樹さん
もう一度、彼女が僕を呼ぶ
そして、艶めかしい大きな瞳で僕を見据え、両腕を僕の首に回してきた
温かな腕の感触
滑らかで鼻をくすぐる髪の匂い
小川の流れのように、脈打つ胸の温もり
全身が彼女に吸い寄せられていき、一つに溶けていくような感覚
僕も、彼女の腰を抱きしめる
女性らしいキレイなくびれに、興奮と安心を同時にに覚えた
春樹さん、と首のすぐ下あたりから声がする
高すぎず低すぎず、子守唄のような穏やかで優しい声
彼女の口が、僕の耳のすぐそばまで来るのが分かった
柔らかな吐息が耳を撫でる
好き
ハッとして目を見開く
視界の半分に僕の左手と枕
もう半分にはクローゼットとカラーボックスがある
抱きしめた感触も、抱きしめられた安心感も、囁くような最後の言葉も
全て鮮明に焼き付いている、のに
横になったままでため息をつく
布団からモゾモゾと這い出て、ベッドに腰掛けた
時計を見ると、正午を回ったところだ
頭を掻いて大きなため息をまた一つ
夢に、出てくるなんて
反則だ
ボソリと呟く
夢ではどうしても思い出せなかった、呼ぶことができなかった彼女の名前
それが、目の前から彼女が消えた途端に、判然とする
葵ちゃん
呼んでも出てきてくれるわけがない
分かりきったことだけど、呼ばずにはいられない
昨晩
悠が寝てしまった後のことを思い出す
昨日はほとんど寝れてなかっただろうし、疲れてたんだよ、とテーブルに伏せて、寝息をたてる悠をフォローした葵ちゃん
その後三人で、悠という人となりを、良いも悪いも一緒くたに話していると、葵ちゃんから違和感を感じた
いや、全く悪い意味での違和感じゃないし、何なら今初めて感じたものでもない
出会った時から胸の端の方で、ひっつき虫みたいに、ずっとくっついて払えなかったもの
その正体が今、違和感としてはっきりと認識できるようになった
葵ちゃんの左肩、一般的に憑いている守護霊とは違う何か
最初はモヤのような、煙のようなものに見えたそしてそれは、目を凝らすごとに、徐々にその輪郭をはっきりとさせていく
蛇だ
頭の大きさが、葵ちゃんと同じかそれ以上ある白い大蛇
それが、葵ちゃんの左肩に悠然と乗っかっていて、時折頭をもたげては、葵ちゃんにすり寄ったり、チロチロ舌を出したり、まるで飼い主に甘えるペットのようだ
葵ちゃんは、恐らく大蛇が見えない人にも分からないほどの自然さで、その蛇に指を差し出したり、軽く頬を当てたりしている
人の頭ほどもある大蛇なんて怖いに決まっているけど、それを超越してしまうほど、両者のやりとりは一体となって滑らかだった
人間とか霊とか区別してしまうのが、はばかられるほどの絆みたいなものを、感じたのかもしれない
不意に、大蛇が僕を見据えた
動物が獲物を探知した時のそれだ
ヤバい
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのこと
僕は大蛇と目を合わせたまま、固まってしまった
葵ちゃんが、まず大蛇の様子に気付く
そして、その視線の先に僕がいることを確認すると、驚いたように形の良い眉を少し上げ、その後、人差し指を自分の唇にそっと当てた
内緒、ね
そう言っているような優しい笑顔
僕は、蛙の擬態から抜け出し、慌てて残りのジンフィズを口に流し入れた
初対面で秘密ができちゃうなんて、意識するなって言うほうが無理だ
そりゃあ夢にも見ちゃうよ
抱きしめて好きなんて
僕はそんな
そんなこと
望んでない、なんて言ったら、嘘、だよな
葵ちゃんは悠の想い人で、僕が人生で仲良くなれる機会なんか、巡って来ないってくらいキレイで素敵な人だ
悠ならともかく、僕なんかが相手にしてもらえるわけがない
僕に笑顔を向ける葵ちゃん
大蛇と戯れる葵ちゃん
昨日の葵ちゃんの姿を思い出していたはずが、いつの間にか僕の妄想の中で、葵ちゃんは自由に動き回るようになる
夢に出てきた葵ちゃんになっていく
人差し指を口元に待ってくる葵ちゃん
そのまま僕ににっこりと微笑んで、
可愛らしい唇がu・iと動く
好・き
ぬわーーーーーー
だめだだめだだめだだめだ
頭をわしょわしょとこね回す
ヤバい
取り憑かれてる、完全に
一旦おちつけ自分
シャワーでも浴びて、ご飯食べよう
そして新学期に向けて準備だ
やることはたくさんある
新しいクラスの児童の名前を覚えて、席を決めて、学級通信を書いて、だ
ゴールデンウィーク明けには運動会もある
大きく息を吸って、ため息まじりに吐き出した
ベッドから立ち上がって、スマホをチェックしながら着替えを用意し、風呂場に向かう
メッセンジャーアプリに新着メッセージが十数件
すぐ下にある、じんのあおいという文字を確認しながら、悠と瞬の三人のトークルームを開く
案の定、二人とかけあいの合間に、ぶさぴよちゃんが激しく動き回っては涙を流したり、雷を落とされてたり、飛び去ったりしてる
失笑しながら最後まで読んだ後、遅ればせながら、悠イジりに加わることにする
おはよー、昨日は僕も飲み過ぎたー
悠は葵ちゃんに浮かれ過ぎー
肝試しって、この辺は行き尽くしたし、また取り憑かれでもしたら大変だよ?
すぐに既読二
暇なのか
もう昼だ、ねぼすけ
変わんねーな、おめー(笑)
肝試しっつってもマジの所じゃなくさ
ちょっと夜のドライブして、山ん上ある神社行って、そっから夜景見るわけ
なるほど、肝試しとオカルト要素出して誘っておいて、内容はしっかり夜のデートなわけね
いいじゃない、気を付けてねーと適当に返す
夢の事は忘れよう
それがよー、実家からオレの車もらう予定だったんだけど、見事に車検切れでさ
今時期空きがないわ、来月まで代車も出せないわ、最悪なわけよ
オレ、一ヶ月足なし
車は貸さねぇ、と瞬
因みに僕は、完全無欠のペーパードライバー
借りねーよ
おめーらも一緒に行くんだよ、肝試し
は?
巻き込むな、来月まで待て
一ヶ月も待てるかよー
ホントは今日にでも行きたいくらいなのにー
歩いて行けるところにすれば?
いやー葵ちゃん、この辺じゃ結構有名じゃん
当たり前だけど、そんな人連れて歩けねーじゃん
葵ちゃんに迷惑かけても嫌だし
ははあ、こういう事も、一応考えられるようになったんだ
それに葵ちゃんと二人きりなんてオレ、何話したらいいか分かんねーよー
こっちが本音くさい
ってか、バスでは二人でいろいろ話してたんじゃないのか
他の乗客もいたから大丈夫だったとか?
ヘタレ、付き合ってられっか、と突き放す瞬
すがる悠
わめくぶさぴよ
そうしているうちに、来週日曜の夜なら空いてる、という返事が葵ちゃんからあったと、歓喜に舞い踊るぶさぴよちゃんが現れた
これで確定、いつもの流れ
悠が突拍子もないこと言い出して、瞬が反対
なんだかんだで結局瞬が折れて、悠の願いは聞き入れられる
僕は決定に従うだけ
でも、前回までとは絶対的に違うこと
葵ちゃんという存在
未経験ゆえの高揚と期待
それに何より、彼女にまた会える喜びが、不安や躊躇を押しのけてムクムクと成長し、僕の胸を満たした
この感覚
また、始まった
悠が楽しそうに誘ってくるたびに
瞬が面倒くさそうに折れるたびに
悠が笑うたびに
瞬がため息をつくたびに
僕の中の、不確実なものへの気概が、新しいものへの好奇心が、水を得た魚のようにいきいきと踊りだす
誰でも見えるわけではない世界
ほとんどの人にとってはありえない世界
僕にとっては当たり前の世界
すぐ、隣にある未知の世界
いつも必ず、新しい何かが起こる世界
僕はその世界に、
これからもずっと、どっぷりと浸かっては
また悠や瞬に、
この手を
引っぱってもらうことになるのだろう
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