第一話 後編
本作品は、句点、かぎ括弧、エクスクラメーションマークを敢えて付けずに編集しております。
○詩を読むように読んでいただきたい
○読者の皆様に、自由に情景を想像して読んでいただきたい
このような勝手な願望からです
一般的な小説と比較すると、大変読みにくくなっておりますことを、予めご理解いただいた上でお読みいただければ幸いです。
葵
悠の声
葵
瞬も呼び掛ける
その声に、驚きと喜びと、安心が混じっていることに気づき、僕は顔を上げて葵を見た
葵の目が、開いていた
見慣れているのに美しい、夜空に浮かぶ星空のような瞳が、僕を捉える
春樹さん、山の怪は?
聞き慣れた柔らかい、バイオリンの弦をつま弾くような声が、僕の鼓膜を心地よく揺らす
いなくなった
あの、食べられたよ
葵の、お陰だよ
大女の名が、やはり出てこない
でも葵は、全てを理解したような、安心したようなため息を、小さく漏らした
しかし次の瞬間、その美しい顔が一変した
目を白黒に点滅させ、顔から血の気が引いていく
悠に支えられながら立ち上がると、フラフラと小川に向かった
せせらぎの前で両膝を付き、両手を小川に突っ込む
動物が水を飲むような格好だ
長い髪が、水面を漂い、揺れる
そして、葵はその体勢のまま、腹の底から思いっきり、
嘔吐した
息の続く限り、吐き出す
短く息継ぎをする
しかし、すぐに吐しゃ物が喉元まで上がってきて、絞り出すような声を出しながら吐く
それが、何度も繰り返された
吐しゃ物は真っ黒なゼリーのような、タールのような、黒い鉛のような、ぬめぬめと黒光りする液体だった
それがドバドバと小川に落ちていき、流れに押されて少し川を下る
が、すぐに蒸発でもするかのように消えていった
苦しそうな、なんて表現では当然足りない
否応なしに喉元まで湧き上がってくる吐き気や、お腹が捻り潰されるような悪心は、僕も何度も経験したことだ
それに僕の場合は、自分の体液や食べ物だったけど、葵が吐き出しているのは、恐らく山の怪だ
気持ち悪い、なんてものではないだろう
僕たちは呆気に取られたように、暫く傍観することしかできなかった
その様子を、ただ、祈るように見ていた
最初に動いたのは瞬だった
左腕を、葵の死角になるように隠しながら近づく
そして、ようやく全て吐き終えたのか、小川の水で口を洗う葵にハンカチを差し出した
やる
使い終わったら捨てていい
そう言ってしゃがみ込むと、葵の背中を擦った
ありがと
葵はハンカチを素直に受け取り、口元に当てるが、すぐにそれを外して、再び嘔吐した
今までで一番大きな黒い塊が、葵の口からズルリと這い出てきた
サッカーボール程の大きさもあるそれは、ゆっくりと川を下り、やはり音もなく煙のように消えていった
葵は全身で呼吸をしながら、何度か嫌悪感と唾を吐き出すと、もう一度口を洗い、ハンカチを当てた
そして、瞬の腕に支えられながら動かなくなった
瞬の呼びかけに応えてはいるが、吐き続けたせいで、一時的な酸欠状態と呼吸困難に陥っているのだろう
無理して吸おうとするな
ゆっくり吐くことに集中しろ
サワサワと小川の流れる音と、葵の呼吸音だけが響く
虫の鳴き声は、最初からしてなかったっけ?
風もない
蛙の勇ましい大合唱も、聞こえてこない
月の光から、音が漏れてきそうだ
こんなに、
静かだったんだ
葵の呼吸が、少しずつ穏やかになっていく
とりあえず、目的、達成?
呼吸がだいぶ正常に戻り楽になったのか、葵は少し頭を上げ、こちらを向いて言った
待っていました、とばかりに悠が拳を振って、声を上げる
山の怪退治、完了
勝ったどー
いえー
葵も腕を振り上げる
瞬も笑っている
勝った?
そうか
勝ったんだ
勝ったって言って良いのか、分からないけど
僕たちは、山の怪に
じゃ、帰るぞ
ダラダラ長居して、また山の怪に出くわさねぇとも限んねぇしな
瞬の号令に加えて、悠も
山神様に会うのも勘弁だな
と笑った
山神様、あの大女か
ニコニコしてる七福神とかの神様とは、イメージがずいぶん違うけど
みんなにつられるように、僕も笑った
立ち上がった葵が目眩を起こしたのか、横に大きく傾く
反射的に瞬が抱き止めたが、左腕に激痛が走ったのが分かった
悠が駆け寄る
瞬、無理すんな
オレが背負ってくよ
頼む
瞬は葵を悠の背中に預け、自分は右肩にロープを掛けた
スコップを手に持つ
春樹、一つ頼めるか
もちろん
足に力が入る
立ち上がって、スコップを受け取った
じゃ、お前先頭歩け
できるだけ、足場の良いところ選んでゆっくりな
その後に悠
春樹と同じところ歩け
分かった
了解
三人一列になって山を下る
正確には、四人
僕はスコップで、足元の草を払いながら慎重に進んだ
足がずり落ちた所には、スコップを刺して足場を作る
山の怪に
勝った
その真実とスコップを、力の限り握りしめる
そして
僕は、持てる限りの
集中力で
筋力で
体力で
山を、下った
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