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シュセンド  作者: あゆみかん熟もも


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9/15

シュセンド・9


「入信したければ、あそこに見える玄関口で直接アクラムの言葉で呼びかければいいですよ」

 成たちを此処まで連れてきた運転手はそう助言していた。「アクラムの……ですか?」

「行くつもりでしたら教えて差し上げます。朝でも夜でも“こんにちは”という意味です」


 運転手に言われて、成たちは顔を見合わせて「……どうする?」と聞いていた。来るまでは勢いで意気込んでいたものの、実際に来てみると尻込みをしてしまっていた。と同時に、嫌な予感までも付き纏っていた……砂の混じった風は強く、夜でも関係なく襲ってくるようで目が乾いてしまいそうだった。

「何だか怖くなってきたわ……このままのり込んでもいいけど、危険な気がするの……無防備すぎて……」


 得体の知れないものを前にして、成はどうしていいのか判断がつかなかった。直人にも言われていたことだが気楽すぎていたのだろうかと、後悔をしていた。

「俺たちには武器も手立ても何も無い。だが、戦闘をしに行くわけでもない。クオリアについて……知っているのか知らないのかを尋ねるだけだ。はるばる来て、帰るわけにもいくまい」

 直人が成の肩に手を置いて落ち着いて考えるようにと諭していた。

「もし……もし、“クオリア”という存在が、……危険だったとしたら?」

 成の不安と疲れはピークに達していた。一行は押し黙ってしまい収拾がつかなくなってしまいそうになった。


 それを払拭しようと、直人が決着(ケリ)をつけていた。

「それでは……明日、出直すとしよう。今日はもう遅い時間帯だ、訪問されてもあちら方だって受け付けてくれるとは言い難い。今夜一晩近くのホテルにでも泊まって、ゆっくり考えておくといいだろう」


 ……


 運転手の勧めで、温泉へと赴くことになった。砂漠のなかで造成された人工温水は薬効があり、リゾート地、保養地として途上し更なる開発に努めていた。砂漠のオアシスとも連携していた。まだアクラムの起源の頃より衛生や医療が不完全だった時代では、不思議とケガや病気が治ると人々にもてはやされていつしか聖地とも呼ばれるようになった。その延長もあってか、信者はよく利用しているという。


 広大な砂漠で砂煙をたてながらの移動で、全身が乾燥と埃まみれで、直ちに温泉に入ってさっぱりしたいという成の希望が叶えられていた。宿泊施設としてなり潜む宿やホテルのなか、どうせ泊まるならと露天風呂があるホテルに成たちは決めて、チェックインを済ませて部屋へと案内されていった。部屋は2室をとり、成がひとり部屋へと行く前に突如、直人が言い出した。


「武器屋の当てが見つかったから、交渉してくる。先に風呂に入っていてくれ」


 成がいつの間に、と言う前に直人は用件を告げるともう何処かへと素早く行ってしまっていた。真也が支払いと宿泊手続きをしている間にかなと成は頭を掻きながら思って、フロアの隅に立てかけられていた案内掲示板に振り返っていた。


 温泉は冷泉もあり、治療を目的に鉱水療養泉が主であったが、飲める温泉もあった。好評で売りに出されていた。神経痛、筋肉・関節痛、冷え性、疲労回復、健康増進のほか、水虫や便秘にもよく効くらしい。


 露天風呂は男子、女子、混浴と別れていた。大胆にも成は、「別に混浴でもいいわよう、芸人生活してるとさ、大人子ども関係なく共同生活してるんだもん。へっちゃら」とは言っているが、真也は遠慮していた。「静かにひとりでいい」とプイと向こうへ行ってしまった。「ちぇー」

 置いていかれた成は舌を出している。



 外を展望できる露天風呂は最高だった。夜も遅いが、空は星空で、幸いなことに雲も邪魔するものもなく充分に満喫できるはずだった。だが真也は岩の並ぶ温泉に浸かっていても、上空を見てはおらず寝ているようで……クオリアを、思い浮かべていた。


 昔をも思い出していた。ドブネコと罵られる居住区の、『元締め』に真也は世話になっていた。情とは言い難しに働かされて、配達もあれば盗みなどもやらされていた。盗みは正直嫌だったがそれでも子どもだった真也からしてみれば、此処まで生き残れた恩があり得があり運があり、表には出さないが元締めを尊敬もしていたらしい。早く成長して楽になれたならと、日増しに脳は考えで固まって視界は自分一色、孤立で独立、無援、感情は――そぎ落とされていっていた。


 やがて真也は『元締め』を失う、すとんと欠落したように感じられて戸惑いがあった。


 殺したのは初めて見たシュセンドで、真也の価値観をまるで違うものにした。殺すのは生きるため? そのためには殺すのもいけないことでは……な、い? ……正義は矛盾していた。


 真也がシュセンドの存在を知った時、彼の運命は変わって、決まっていた。「生きるためなら」


 決心をした日の空はよく覚えていた、(ひょう)が体に打ちつけた日だった。決心をした日は『シュセンド』としての実行をした日でもある。「生きるためなら」……顔を打つ雹が穴を空けそうで、痛かった。



『おいでシュセンド……』



 聞いたこともない優しい音色で真也に囁いている。彼のなかに現れたもの……それがクオリアだった。

「クオリア……」

 真也は、大宇宙オークション、クオリアの境遇を知る。余計な情報も、彼の素直な内面にはよく染みて行き届いていた。「僕が君を買うから……」

 クオリアは真也にとってかけがえのないものとなった。


 彼は殺す、お金のために高値がつく光の者を、ひとりでも2人でも同じだ、お金のためにクオリアのためにそして。

 生きるためにだ。


 ……



 一方、成は岩に囲まれた白く底の見えないにごり湯に肩まで浸かり、目に飛び込んでくる星々を眺めては感嘆の息を吐いていた。「しあわせ~……」体内の悪いものが溶けていくようで湯気のなか、至福心地だった。湯に浸かっていたのは成の他に数名とプラス動物たちで、豚、鳥、牛、羊に似ていた。ぐつぐつと煮込まれて傍目からだと旨そうにダシがとられているようだった。


 成が風呂からあがると、男湯の方へ従業員たちが慌てた様子で駆け込んで行ったり、「医者を!」と叫んでいたりと騒がしかった、通りすがった成は首を傾げていた。

「? 何があったんだろ」

 気になった成が方向を変えて行ってみると、男湯の入口付近で人だかりができていた。「誰かが倒れたみたい」何かを取り囲むうちの野次馬が教えてくれていた。成は人をかき分けて、前列へと向けて背が足りない分、首を長くして様子を窺ってみた、すると。


「あ!」


 目に入ったのは自分の知っている者――真也だった。腰にタオルが巻かれて従業員による介抱が行われている。「真也!」


 どうやら風呂でのぼせてしまったようで、真也は担架で宿泊部屋へと運ばれていった。



 真也はクオリアの幻影を見たのだった、声まで聞こえていた。

「ようこそ真也、早く来て……」

 真也は、クオリアに触れたく、抱きしめようと手を伸ばしても、届かない。クオリアは微笑むだけだった。


 岩場で足を踏み外し、真っ逆さまに落下する。


(クオ……)


 気絶し、周囲の人々に助けられて。クオリアは去っていった。

「早く私のもとへきて、シンヤ……」



 真也は何度でもクオリアの名を呼んでいた。部屋へ運ばれベッドで寝かされた彼の寝言は、傍にいた成にとって苦痛でしかなかった。何故そんなにもクオリアに固執するのかが成には解らなかった、ただ悲しい、それも成には説明しろと言われても答えることが可能ではなかった。


 心配に、成が真也から片時も離れず数時間を過ごしていると、やっと真也は意識を取り戻して目を開けていた。自分を待っていたのはクオリアではなく成だと知ると、無意識だったか息を漏らしていた。


「成か……」


 成には、それが悪いことのように聞こえてしまっていた。

「クオリアじゃなくてごめんなさい」

 真也にとっては自覚は薄く、「謝る必要ないだろ」と何処までも冷静だった。「何となくね」「直人はまだ?」……話題はすり替えられ、関心は違う所へと向かっていた。


「そういえば遅いわね。何処で道草くってんだろう、それとも、交渉とやらが上手くいってないのかな……」


 直人と別れて、成たちは風呂に入り、真也が起きるのを待つまで。かれこれ結構な時間が経っていた。真也は上半身を起こし、傍に置いてあった、風呂で持ち込んでいたはずの服を羽織って姿勢を楽にしていた。武器、と聞き気持ちが高まっていく鼓動に耳を澄ましている。

「武器がたとえ手に入らなくても……俺は行くから。入信するふりをして、クオリアを探すってのもいい……その間、シュセンドの仕事ができなくなるけど」

 真也の口振りだとアクラムでの長期間滞在を考えているのか、切迫していた。

「あなたがシュセンドでなくなるっていうのなら、それはいいかもしんないけどね……でもやっぱり危険すぎる。だってもし精神操作マインド・コントロールされたらさ」


 成が何を言っても、真也にそれが響いてくれるのかどうか……無駄に終わりそうだった。


「さあな。どうなるかなんて考えるより、とにかく実行することだ」


 素性の知れない相手を目前に高揚してきているのか、真也は自信に満ち溢れていた、もうクオリアを見つけたんだと勘違いしている感は否めない、成はきゅ、と口唇を噛んでいた。悲しさに悔しさは、成に突拍子もないことをさせてしまうのだろう。「ねえ、真也」「何」「ぎゅーって、していい?」「ぎゅ?」


 雑巾でも絞るのかと思った真也だったが、成が真也に飛びついてきていた。防御する間もなく真也は後ろへと押し倒され、成にがっちりと擬音通りに『ぎゅー』っとされていた。


「抵抗しても無駄。真也は、直人や成より力ないもん」


 成も真也と同様に強情で、捕らえて強く抱きしめ絶対に放さなかった。真也は抵抗し、もがき、怒りが煮えてきた。「やめろよ! おい!」それでも緩まれず、成はしつこかった。「ちょっとくらいいいじゃん!」……


 一度ピークに達すると、後は下降するだけだった。

「クオリアじゃなくたって、別にいいじゃん……」


 成の頭は真也の胸元に埋もれていた。「……」表情見えなく淋しそうに成が呟いた時、真也は黙ってしまって動かなくなった、いや、動けなかった。成が親のいない境涯で、育ての親はもういない、真也の目線の先には、カジノで儲けて換金された分の小銭の入った袋が置いてあった。飾り棚の上に金は金で動作もなく使う者を待っている。団長を狙い、自分が成の運命を変えてしまったのだと真也は抱きつかれて成のことを思った……成は、成のにおいがしていた。


「……もう、いいだろ」

 時を数えず、沈黙から真也は返ってきた。テレキネシスを使えば成の力などはねのけられただろう、だがそうはしなかった。

「うん……ありがと、真也」


 埋めていた頭を起こすと、成は嬉しそうに笑いかけていた。体が離れて解放された真也は、残された体温に敏感に反応した。

「お前の体、あっつい」「だって、風呂あがりだもん」


 時刻は深夜近かった。成は眠くなってきて、部屋へ戻るねと言い目を擦りながら立ち上がった。成をドアまで送っていき、おやすみなさいと成が出て行こうとすると真也も「ああ……おやすみ」と挨拶をした。ガチャリと閉じたドアのあと、ひとりになった真也はため息をつき……上を向いて目を閉じていた。


 まぶたの裏に浮かんだのは、カードゲームで成が勝利を決めた場面だった。大はしゃぎで、飛び跳ねて、しがみついて、喜んでいた。シュセンドで報酬を得ても、誰もあんな風に喜んではくれない、成は悲しそうにするだけだ、決して笑ったりはしない、しない。


(それでも構わないんだ、俺は……)


 真也がこれから見るであろう夢は、無理やりに変えてみていた。クオリアがいて、“そうよ、真也……あなたは私の……”と。

 微笑みかけていた。




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