シュセンド・8
カードは全部で52枚、ジョーカー無し。成に13枚、ディーラー、毛質の濃い男、キャップの若い男にも13枚、手札は平等に振り分けられていた。さて此処からである。ローカルルールも無しということで、マークは勝敗に関係がなくなるのでこの際考えなくてもよいとする。数字だけに着目する。
成の持ち札は弱い順から、3が3枚、4が2枚、5が3枚、6が1枚、Jが4枚だった。素晴らしく弱い方に偏っていた。
(そ、そんな……最強がJ……)
つい顔に出してしまいそうなのを堪えていた。せめて1枚でもいいのでAや2があればよかったのにと、成は窮地に早くも立たされた思いだった。
(どうしよう……)
真也の方を向いた。真也は黙って成とカードを見ていた、特に表情は崩していなかったが、成は少し安心していた。何とかなるかもしれないと自信を取り戻していた。「えと」
スタートである。
「親はお嬢ちゃんからだ。好きなカードを出しな」
毛質の濃い男は成に顎でグリーンのテーブルの上へと促していた。この男、悪気はないだろうが脇を開くたびに体臭が漂い、そしてよくしゃべる。口を開けるとまた臭いにおい、成とは向かい合わせで座っているが、鼻のきく成には真正面からの攻撃で気分を害していた、我慢をしている。
(くさい……っと、それどころじゃないわ、えーっとぉ……)
手札を改めて見直した成は、Jを4枚、手にとった。「かくめい(レボ)!」――ばさ。テーブルに第一投を仕掛けていた。カードの強さをひっくり返せば勝機はあるだろうと考えていたのだった、3や4を複数枚持っているのだ、負ける気がしない、そう考えたがしかし。そう安易なものでもなかったのである。
「革命返シ」
成の次はディーラーの番で、華麗に8と描かれたカードが4枚、並べられてしまった。カードの強さは、元へと戻った。「げ」
今度はしっかりと反応を示した、成はそんな……と激しく落ち込んでいた。そんな態度と、後ろから見える成の手元のカードに真也も半ば呆れ、直人は苦笑いをしていたが成は振り向かないと分からないでいた。「うう……」ひとりの手元で偏っていれば、あとのカードも何処かで偏っていたのかもしれない。その可能性を考慮していなかった成が悪かった。カードの8はハハハハと笑っていた。
8まで重なったカードの山は『流され』て、親となったディーラーは6を2枚、次に毛質の濃い男が9を2枚出していった。次にキャップの若い男がKを2枚出した時、成は肩に重みを感じていた。6以下しか持ち合わせてはおらず、どう考えても出す隙がなく絶望だと思い込んでいた。
(ふえーん……)
泣きそうになりながら、成はチャンスを待つしかなかった。
成はパスをし、Aが2枚、また『流れ』て、7が2枚、10が2枚、Kが2枚出されていった。この時点で成は手持ちが9枚、ディーラーが3枚、毛質の濃い男が9枚、キャップの若い男が9枚だった。弱い数字はほとんどが成のもとにあるため、相手方には強いカードが振り分けられていると推察している。
Aは出たがまだ残っている、2は1枚も見ていないので誰かが持っている、ではKは? Qは? ……
成の思考力は頑張っていた。成がどうにかして親にならないと出せるカードはなかった。時間の問題で、成以外の3人で接戦にもつれ込むだろう、そう予測していった。しかし奇跡は何ごとでもなく息を吹きかけるが如くにやってきた。
ばさ。
4枚のカードが視界に入っていた。全て2と描かれていた。
(え?)
成は驚く……目を疑っていた。声が反芻する。
「革命。『流し』て」
言われてディーラーは、山を退いていった。「いいかな」革命を披露したキャップの若い男は端横に結んだ口唇を湿光らせて、手持ちから3枚をさらに抜いて場に出していた……Qが3枚だった。
成にチャンスが生まれたのである。
(う、嘘みたい……)
怖がりながらの、5の3枚を上に重ねていった。次のディーラー、毛質の濃い男はパス、キャップの若い男も「どうぞ」と成に番を譲っていた、パスだった。
成以外が皆パスだということは。「……」成は続けて3を3枚、無論、これより強いカードを誰も持っているはずがなかった。皆にパスされ成は安心して4を2枚、実は4はまだ2枚が場に出てはいないが例え2枚を誰かが所有していたとしても出せないわけで、ついに成は最後の1枚でフィニッシュを決めた、ダイヤの6を1枚、嬉しそうに放り投げて万歳をしていた。
「やったー!」
飛び跳ねていた。真也と強引にハイタッチをし、直人とも両手を叩きあった。「えへへ!」成は調子にのってディーラーの傍へ身を寄せ手札を覗いていた。ディーラーが残していたのはAが2枚と5が1枚で、成が一番のりをしても残った3人でゲームは続いていたのだった。
「よくやったな。おめでとう成」
直人の前、配当された金額分を持って成はひとり大はしゃぎだった。「これ換算するといくらになるのかな」「さあな」直人は適当に誤魔化しつつ、ビリヤード台付近で忙しそうに接客をしていたムサシガワを見て、彼と視線がぶつかっていた。ムサシガワはウインクをしていた。
成が去った後のゲームではディーラーがA2枚のうち1枚を出し、キャップの若い男が次に手札を出し終えて2位に着けると、残りカード数が多かった毛質の濃い男は一度親となって怒涛の勢いにのり、勝ちになった。負けたディーラーは後片付けをし始めていた。
片言で黒首黒袖のディーラー、アキノという彼は片付けを終えてトイレへ行こうとして立ち止まった、真也が両替機の傍で彼を見ていたからだった。「御疲れ様」「? どうモ」「何で残ったAを分けたんだ? 楽に勝てたものを」
真也が指摘していた。真也は最後まで。きっちりと勝負がつくまで、テーブルの上を見物していたのだった。そこで当然と疑問に思う、勝てた勝負を捨てたにすぎないディーラーの彼のやり方に、一度訊いてみたくなったのだった。
彼は答えた、そして速やかに去る。
「お客様に満足シテ頂クのが『仕事』デスノで……」
すっかりと日は暮れて、アクラムにも夜は訪れる。成たち2人はカジノで充分に楽しんだ後、待たせていたタクシーに乗り込んで目的地へそろそろ行こうかと談笑していた。
「あー面白かった! 負けた時はどーしようかと思ったけど、取り返した時はほんとによかったよー。私、ゲームするのって初めてだったの。いつも横で見てばっかりで……」
そこまで言った成だが、途端に悄然として言葉が途絶えてしまっていた。成は思い出したのだった、団長のことを。自分を遊びに連れていってくれたのは団長、そして一座の仲間たち。団長はもういないし、仲間たちとも別れてきていた、それを思い、孤愁感に襲われていた。
だがそれも数秒のこと、成は持ち前の明るさで返ってきていた。
「真也はどう? 面白かった?」
あまり自分から打ち解けては来ない真也に成はよく話しかけていた。団長を消された成だったが、真也の前では気にした風でもなく平常の振る舞いだった。
「……ん」
頷いただけだったが、成は満足らしかった。
「そう! よかった」
成は直人に今度は声をかけていた。「素敵な寄り道ありがとう!」直人は「いえいえ」と真也の背中越しに返していた。「さてと……行くか、サンタメリアのとこへ」
向かう先は東で、直人が言うには司教サンタメリア率いる宗教団体の拠点がそこにあるという。手がかりはないが、行けば何かを得られるのではと確信に近く信じていた。アクラムという土地にどこまで浸透しているのか、宇宙船でPRを見てから興味は湧いていた。だが防御もなしでは、という不安もあった。「何処かで武器でも調達できればいいんだが……」直人の心配に対して成は。
「超能力もあるし、何とかなるわよ」
楽観的だった。うーん、と直人は腕を組んで唸っていた。果たして本当にそれでいいのか気がかりである。
3人を乗せたタクシーは、目的の地へと加速していき街と街を通り抜けて行っていた。
コガネから東部、お客である成たちと運転手を乗せたタクシーは高速路を滑走していた。広く体系化された道路基準の法は正常に機能しており、目的地までにかかる時間はメーターも要らずに瞬時で判る。車両速度は一定で、距離さえ設定すれば時間が割り出せ、成たちお客は最初からそのつもりで過ごせばよい。タクシーに限らず常にどの車体であっても速度は一定、速度変更が出来ないという不便さがあった。運転手、とはいっても運転は自動[オート]で舵はない、管理局が仕切っていた。事故は改善しなくても済む程度が年間数件報告されるくらいで、燃費が自腹でとなる自家用車を持つ者は少なかった、持つのはほんの趣味で持つくらいだった。
「このままロスモに行きますかね。寄る所は他にございますか、あと2時間で着きますが」
運転手は進行方向に向かって右手側の座席に座り、予定時間を読み上げていた。運転手は接客が主、走るステーションワゴンはアクセルやブレーキもなく、時間を消費している。
「特にないです……ロスモってどういう所ですか? 行ったことはあるんですか?」
成は運転手の顔色を見ていた。座席から振り返った運転手は年老いの目で、白髪混じりの鬚をなぞって成に答えていた。「ありますよ、何度も……私らみたいな、暇雇いがたくさんおられます」
成はえ、と高速マバタキで反応していた。暇雇い、という言い方に直人は僅かに頷いていた。
「アクラムでも極めて平和な所だ……平和は堕落や怠慢と同等と言うが、それもサンタメリアの布教の恩恵だろう。いいのか悪いのか判らんが」「???」直人が言ったが、成には理解に悩む話だった。
「なんぼシステム化や機械化が進んでも、人は使わにゃならんということです」
運転手は歴史上のひとつの事件を知っていた。アクラムで過去に行われた残虐非道行為、人消しを。食物[連鎖]と同じで強すぎると弱肉の食糧を失い食うものを失くし結末は自滅、機械化が進むと人は活力と働きを失い時間を持て余し堕落、自滅していく、消えていく。何のための機械か意味は失い全ては滅びよ。
そうならないようにと食い止めるため思想は現実化されてテロが起こった。国のため星のため人のためにと……しかし思想は危険だと受け入れられず決して許されなかった。運転手も若い頃は許さなかった。
2時間をかけて、ワゴンは目的地ロスモへと到達していた。
宗教世界のことをベターとアクラムでは言っていた。さらに発展したものがクリウム、大が付き『大宗教界クリウム』と言われ、若者言葉では大クリと略されていた。では小クリはあるのかと言うと、小ではなくソフトと言われていた。
甘さも控えめに布教をする精神論が展開されている。さておき。
暗いなか、野の次は荒野、荒野を過ぎると砂漠だった。砂漠の中心かと思われる所に、本拠地があった。施設が区画整理されて数千は立ち並ぶ、広大な敷地面積だった。建物が研究所にも見えた、今はひっそりと照明を残し佇み、人気はなかった。
「もっと植物や動物がいる、パラダイスかと思ってたのに……」
車から降りて開口一番、成はそう言っていた。
「レジャー施設じゃないぞ。とは言っても、宗教くさくはないな、初めて来たんだが」
「……旗がある」
教えたのは最後に降りてきた真也だった。「旗だって?」「あそこ」
真也が目で指す先には施設の屋根があり、ゴシック建築の教会などに多く見られる小尖塔が、ディティールは簡略化されてはいたが、あった。旗の棒は刺さり、天にさらして夜風によく靡いて白は映えていた。
白地の中心に記号のような印のような文字のような、輪のなかに十字を描いたシンプルな図形、何を意味するのかは明確では……なかった。




