シュセンド・7
アクラムへのチケットは2枚でセット、1枚で2名が旅行可能であるらしい、合計4名が行けることになる。そのため、支払い手続きを終えた成は、直人に頼んで行く星までついてきてもらおうと考えていた。
「あなたにも是非ついてきてもらいたいんだけど……故郷だし……だめかしら?」
直人はゆっくりと頷きながら答えてくれていた。「いいよ、いい機会だ……」心中、直人には複雑な糸が絡みついていた。真っ先に浮かんだのは、恋人のセイラのことだった。
『私のことより、事件の方が大事なのね』
頭の回転をいつでも鈍くさせていた。セイラの言葉はざっくりと直人に斬り込んでしまって、回復には相当の年月がかかりそうだった。4名まで行くことが可能なら、成、真也、自分と、セイラもどうか……と思ったが、直人は首を振っていた。
あまり自分の故郷のことを知られたくはない、それがあった。
「ありがとう。とても感謝しています」
成は直人の前で、にこにこと笑顔を絶やさなかった。
朝が来て、ベランダから差し込む光で起こされた真也に、新聞を読んでいた直人が食卓の向こう側から挨拶をしていた。「よう。早う」成は外へ出ていたらしく、アパートには2人しかいなかった。ドアの無い玄関からダイレクトで吹いてくる風だが、焼き肉のにおいがしていた、近所の何処かで朝からジュウジュウ焼いているに違いない。
「味噌汁でも食え。成が用意してくれたから」
台所付近を指して真也に言っていたのだが、まだ寝ぼけていたのか真也は機能していなかった、固まって目を半分、閉じかけていた。
「これからのことだが、俺とお前と成、この3人でアクラムへ行くぞ、連れていくからな」
真也はぼんやりと視界を開けている。壁際にもたれかけていた。「何故……」それだけを言うのが精一杯だった。
「喜べよ。そこにお前の愛しい“クオリア”がいるかもしれないんだからな」
真也は、寝たら会える夢に戻りたいと、半開きの目で訴えていた。
……
惑星アクラムでは、中央集権国家ヨシュアと隣国ヘンゼルが対立し、激化して規模は世界的に拡大しつつある。それを知ってか知らずか宇宙船である客船は、平和にも予定通りに出航していった。
「ようこそ! 宇宙船はあとミラクル号へ! ご案内させて頂きます、NONOKA301号でえす!」
元は家庭用に大量生産されていた家庭内労働者トゥイーニー[TWEENY]は楽しそうにピースサインを傾けて、自己紹介を始めていた。ピンクと白色のエプロンドレスを着ていたメイドロボットの彼女は自らをNONOKAと名乗り、ツアーに参加していた観光客全員に呼びかけていた。成が競り落としたオークションとはまた違った所で同じ3泊4日プラン『93年宇宙の旅ドリーム☆NONOKAと一緒に☆ゴーゴーアウェイ』は出品されていたようで、成たちの他にも数十人が同乗していた。
衣服でかなり誤魔化されてはいるが、廃管で組み立てられ可視光硬化樹脂に塗り固められた体躯をしていた。手先は細かく設計されてはいるようで、器用に指でキツネを作ったり関節を外して遊んだりすることができていた……かもしれない。開発製作者の遺言により、顔は当時グラドルの○谷○織似にするよう徹底されていた。しつこく後代にまで受け継がれている。
船は外見からでドーム型、真っ白な機体にはみ出しそうなほど元気よく黒の筆記体で『は・あ・と』と書かれていた。触ると柔軟性に富み、上層に開いていた穴からは蒸気が噴き出していた。は・あ・とな割にはハート型でもハートフルでも何でもなく、どう見ても肉まんだろう? と言われてしまう間違いだらけの宇宙船だった。
円形のステージがありラウンジがありインカフェ(此処ではネットカフェとは言わない何故ならネットだけではないためそしてインドア派の皮肉も込めた意による)も充実し、星を眺めての移動時間には事足りて客人は皆満足をしていた。
「ちょっとPRさせて頂きまあす」
NONOKA301号はステージの上でテンションが高く、そのためか緑色に発光していた。PR、パブリック・リレーションズ。情報だけで浮かび上がった司祭が出現した、顔面はイリジウムと白金の合金製の仮面で覆われ、柔らかい鎧を纏いフレア・カーテンを模したベールに全身は包まれていた。仮面の装飾は猿が笑ったようだった。
「我が大いなる父、サンタメリアへ。教えが、あなたを救います……」
信者が暗誦している諷経のBGMが流れ、異様な空間ができていった。成は気持ち悪さを覚え、逆流性食道炎を疑う胸やけがしていた。
「これが精神操作……」
横で直人は大人しく腕を組んで、終わりを待っていた。
「気をしっかりと持てば大丈夫だ。耳を貸すふりをして……耳を塞げ」
無茶なことを平気で言っていた。成は静かに目を閉じて、寝てしまおうと意識を外界から引き揚げていった。
……
私は、彼が憎い。滅ぼしてやりたいほどで、何度も夢のなかで彼の首をとろうと手にかけた。でも、憎しみ、……それが何だと言うの?
彼を殺した所で本当に私は『納得』をするの? ……
成には、真也の顔が忘れられないでいた、あの、許しを請うような可哀そうな眼差しは。
成には、彼を殺せない。情が邪魔をする……
殺せないならば、生かそう、生かすのならばと……
「彼を、クオリアから解放する」
邪魔な存在クオリア、それのせいで真也は、と。「許さない、――悪魔」
客船は、予定通りにわざと遠回りをした緩やかなワープを終え、船の集まる港に着いていた。
……
西部都市コガネワールド。中流の階級たちが住む所である。彼らに課せられた納税は、ひと商品、1所帯につき70%。働かなければとても生活は成り立たないが、納めた税はきちんと目に見える形で還元されていた。見た目には華やかなこの土地、外来からの異星人をサンバのような踊りとカーニバルらしい盛り上がりで歓迎していた。
船から降りると早速、繁華へとの誘いである。
「うっとーしー」
体鳴楽器、膜鳴楽器、弦鳴楽器、気鳴楽器、電気楽器とあらゆる楽器の音がやかましく、成は耳を塞いでしまっていた。宇宙船の船着場から離れて行っても、残響は離れてはくれず苦しんでいた。
「すぐに慣れるさ。さてと……それじゃ、東へ逃げようか。滞在時間は4日しかないからな。1日も無駄にしたくないだろう」
直人は先頭に立ってタクシーを呼んでいた。タッチ式の送信機に手を触れて、IDらしきナンバーをぼそぼそと伝えていた。口頭だと他人に知られるのではと思われるが声紋などで照合しているので、心配はいらなかった。希望の行き先を東にと、地名を告げていた。「りっちー」成が茶化すと、「大丈夫だ、この星は移動手段には金が要らない」と直人は教えていた。
直人はさすが、この星の良き“案内人”だった。
東へと移動すがら、昼食をとり休憩をしていた。タクシーの運転手は車内の掃除を始めて、それを店外に見ながらメニューへと視線を移して直人は、カウンター越しに店員を呼んでいた。
「へンバーガー3つ。トテポはMを2つ。ドリンクはフリーで」「承知ツカマツルッチャ」
注文に対し店員は音声認識型だがこれは相当古い型の雷人ロボットで、訛りがきつかった。メンテナンスを普段しているのかと余計な世話を焼きたくなってきてしまうだろう。
「此処の老舗はいつ来ても変わってないな。やっと導入した店員があれじゃ、客も寄りつかんだろう」
時間的に言えば客で席が埋まっていてもおかしくはないのだが空席が幾つか見られ、成と真也は顔を見合わせてまた直人に目を向けていた。
「そう? 古風も、親しみやすくていいけどな。可愛いじゃない」
「なるほど、女の子には受けるわけか……真也、起きてるか?」
直人の呼びかけに対し真也は「ああ……」とだるそうに声を上げていた。
「まさかまたクオリアの夢でも見てんじゃないだろうな」
「やめてよ」
成の顔が曇ったと同時に注文した品がトレーの上に並べられて、カウンターに置かれた。
「さ、上階へ行くぞ。何階へ行きたい?」
トレーを持った直人が気分を変えて、2人に訊いていた。
「何階まであるの?」
成だけがきょろきょろと周囲を見回して興味津々だった。成たちがいるのは玄関を入ってすぐだったが、ここを拠点に9方へとルートが分かれていた。先には床が水平に動くエスカレータ、簡易用にと貨物用フォーク型リフト、遠方へ行くために時間消失の概念を実用化にした転移装置があった。
「上空183階、地下366階、前左右斜方各45階までだそうだ。地下は日ごとで三季が堪能できるし、上空は外の景色が展望できる。左右斜方7ルートは各レジャー施設にも繋がっていて、AAルートなら焼きたてパパン(パン)工房が……」
「あーもう何処でもいいけど! ……お勧めは?」
成が聞くと何故か直人は……何かを思いついたらしく、うにゃありと口の端をつり上げていた。
「MOルート118階。カジノがある」
直人が言った通り、MO―118階、通称もう(どーでも)いいやフロアはゲームコーナー、賭博場だった。奥に行けば行くほどに温度は上昇しイセイジンでごった返していた。ヒューマノイドだけでなくアニマリアンにノルディック……自分より身長高い生命体に成は怖くて直人の背を見失わないよう、懸命に追っていた。真也を、置いて行かないようにと手を繋ぎながらだった。ビリヤード、筺体、ピンボールにルーレット、TCGデュエルスペース、雀タク。強化ガラスで仕切られたなかにはスロットが整列してあった。「ふえ~」成はため息をついて汗を拭いていた。
「おわ……直人じゃねえか、このやろう」
混み合うなかでいきなり声をかけたのは銀髪のオレンジ体、直人とは幼馴染だった雄で、ムサシガワと名乗って成たちに自己紹介をしていた。「久しいなムサシガワ。元気してたか」直人が返すと、ムサシガワは肩をばーんと叩いてふざけていた。シャツの袖を七分に捲りネクタイでキメていたムサシガワは、オレンジ色の指をパチンパチンと鳴らして歓迎している。
「こっちの台詞だぜカタブツ。何年ぶりだと思ってんだ、一切連絡なしで……まあいい、ゆっくりしていけよ。連れさんもいるみたいだし。俺のお薦めは……あっこ(あそこ)」
鳴らしていた指でさした方向の先を見ると、そこは……
グリーンフェルトのテーブルで、2名の客とディーラーがカードゲームをしている所だった。
「“パバテー”さ」
ムサシガワは直人たちを連れて、席へと近づいて行った。「ようアキノ。いっちょ遊んでやってくんない?」気さくに話しかけ、相手は陽気に答えていた。「おう、いいぜ。誰がダ?」片言で黒首黒袖のディーラーは、成たちを招いていた。「可愛い子いるじゃん」「ちょうどひとり足りてねえし、来なよ。なあ」ひとりは体格の大きい毛質の濃い男、ひとりは地味にキャップを被った若い男だった。
「わ、私ですか?」
手招きされて、成は慌てて直人とムサシガワにヘルプを求めていた。だが直人たちは微笑みながら「大丈夫、1回だけだから。怖くないよ」と手を振っていた。「うう……それじゃ」成は諦めてテーブルにつき、ディーラーがカードを配るのを不安そうに眺めていた。
パバテーとは。1から13(K)までの数字と一緒にハート・スペード・ダイヤ・クローバーと4種のマークがそれぞれ描かれた(要するにトランプ)全てのカードをプレイヤー全員に均等に配り、親を決め、親から順に手札のカードを出し重ねていき、手札を使いきったら勝ちという対戦型テーブルゲームである。
カードは3が一番弱く、続いて4、5、6……J、Q、KときてA、2の順で強くなっていく。場に出したカードより強いカードを出していかねばならず、また枚数も、同数字で2枚同時に出されたら次は2枚、3枚同時なら3枚と出さねばならなかった。『革命』という、同じ数字4枚を同時に出されると強さは逆転し、2が最弱、3が最強になってしまうという。強いカードを出していくので、2を出されたら次はA以下で出していかねばならない。
順番がまわってきてもパスが可能である。出せるカードが無い場合や出したくない時はパスを使う。他にカードを出す者がいない場合は積まれていったカードの山は『流れ』て、止めたプレイヤーから好きなカードを出し、続行していくのである。
まずは手札となるカードをディーラーは成たちに13枚ずつ配り終える。ルールの確認をした。
「お嬢ちゃんのために、ローカルルールは無しだ。親もお嬢ちゃんからでいい。ジョーカーも無し、単純にやろう」
毛質の濃い男が鼻の穴をほじりながら配られた手札のカードを自分に判るように並べ変えた。他もそうである、持ち札をしっかりと把握し、戦略を立て、挑むのであるから。
「かけ金は?」「5ベッタ」「嬢ちゃんは」「え」
振られて成は直人や真也たちに困った顔をしていた。真也は考えて、「じゃあ、5ベッタ。一緒」と適当に答えている。男たちは「本当にいいのかよ」と臭い息を吐きながら笑っていた。
成たちにとってはPYではない通貨の価値が今ひとつピンとはこなかったようで、男たちが何を言っているのかがよく解らなかった。仕方ねえなあと男たちは仲間内だけで楽しんでいた。
「それだけあればいいホテルに5泊は泊まれるんだぜ……まあいい、此処ではベッタを使う。さあ心の準備はできたか、始めようぜ」
※パバテーは造語。内容は『大富豪(関東じゃ「大貧民」かも)』。
※Poverty[パバティ]=貧乏、貧困