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シュセンド・5


 成は聖堂の身廊にいた。

 上部、左右を見渡すと、自分がとても小さく思え畏縮してしまっていた。半円アーチが載った柱が並ぶ側廊と側廊に身廊は挟まれており、壁ではなく廊は9本ずつの柱で仕切られていた。標準的な3廊式バシリカ教会堂らしく、奥行きは長くて、もし端から端まで走り切るというのであれば大変と時間を要するだろうと思われた。


 側廊壁面には名の知らない肖像画が天井近くに並べられていて、成が見上げて鑑賞しながら廊を突き進んで行くと、通り過ぎて行った後追いで絵人物の目玉は成の方を順番にきょろ、と向いていった。成は全然気がつかずに、音の無いこの世界に慣れてしまえばと、歩を止めずに道に沿って歩いて行っていた。


 成は心持ち出口を探していた……ついに見つける、祭壇とは反対側、恐らくは拝廊、司祭が痛悔を聞くための台が置いてあり右手側には銀の聖水盤があって、その向こう側に両開きの扉があった。神聖な空間は成には場違いですぐに此処から出て行ってしまいたいと願わさせていたのだった。


 早速と扉を重く、片方を開けてはみた……だが、成は躊躇してしまっていた。


 まずは暗がりと……漏れてきた蒸した熱気だった。


(何コレ……)


 反応した目は細めてしまって扉を開いてから出遅れた成だったが、我慢してなかへと身を運んでいった。蒸し暑さは持続し扉を閉めると風も感じなくなり、より一層暑くなってしまって成を苦しめていった。

(服脱ぎたいなぁ……でも、我慢、我慢)

 ぺっとりとくっつく汗や衣服のことから興味を逸らせようと、辺りを観察し始めていた。暗いので少しばかり目が慣れるのを待って、脳は情報を収集している。教会だと思い込んでいた成だったが、どうやらすっかり違う所へと迷い込んでしまったらしかった。


 中央に円形ステージがあり人が密集している、目立つのは裸で大太りの男で、下半身も露出がぎりぎりだった。男の周りには細身だが柔らかそうな衣を着た男女、種族も違えば年齢も違い、襤褸ぼろを着ている者ばかりかと思えば身分を表す鎧を纏った者も交じっていて、楽しそうに酒や肴をあおって騒いでいた。ぱっと見れば、羽目を外し過ぎた宴会にも見えていたのだが。


「え……?」


 成の目を疑うような光景がフラッシュしていった、まだ幼い金髪の子どもが大太りの男の太い腕に軽々と持ち上げられていた。

 聞いたこともない言語ではやし立てられて、熱気に包まれて、PYと先に書かれていた札が大きく子どもの肌の上に乱暴に貼られていた……これは。この、『宴会』は――


 ――競りである。


「んな……」


 成は度肝を抜かれて固まり、動けなくなってしまった。麻痺した頭で時だけが悪戯に過ぎていくようだったが、関係はなく展開は滞りなく続いていた。


 ステージを囲む観衆は各自好き勝手に数字、金額を叫び、沸いた熱気が治まりかけたとすれば札のPYの文字横に決定した金額を殴り書き彫られていった。競りにかけられていたのは子どもだけではなく、子どもが別の男たちに引っ張られてステージから降ろされていった後には、骨角ばったガリガリの女が這い(つくば)りながら競りにかけられていた。そして先ほどの子どもと同じく価格が決まると降ろされて、また子ども、今度は女の子ども、珍魚、生物だけでなく、保存のためにと液体に沈められていた臓器や脳、犯罪歴はなく死亡が確認されていない綺麗な身分、個人的情報の詰まったナノチップなどが売られていて……金額は正規など(とう)の昔に無視で自由にと破格的に上昇していった。


 成り行きを見ているしかない成の体に気怠さがついてきていた。拒否、または場から去ることを忘れた成は、気絶してしまいたかった……だが、とろりとしてきていた乾き目に、次に競りかけられている『商品』が飛びこんできたのだった。


 人型で手首から先だけの、部位だけが売られていた。台に立てられて格好のついたそれには、ゴールドの時計が着けられている。僅かな照明に反射して光り輝き、見る者を虜にさせていた。登場した途端に唾を飲み込んだ衆は一斉に挙手をして金額を叫んでいた。「×××××PY!」「××億PY!」木槌を持った司会進行管理者オークショニアは、鋭く様子を窺っている。


(あ、あ、あの金ピカ時計……ああ、あああああ……!)


 成は信じられなかった。時計に見覚えがある、それもそのはず、生前に団長が愛用しており特注オーダーメイドで作ってもらったという、宇宙にひとつしかない物だからだった。昔、団長に尋ねた時に成はそう聞いていて装飾など見間違えるわけはないと自信があった。

「そんな……じゃあ、あの『手』は……」

 これまでの人生の苦労を表現したかのように、ごつごつとした、いびつな『手』は『手』だけで、時計が掛けられていたからといって団長であるとは限ったことではない、だが、成は思い込んでしまっていた。あれは――団、長、だ! 強く思い込みは成を捕らえて行動を起こさせていった。


「あああああ!」


 顔を覆い、胸を締めつけ、呼吸苦しく、熱を帯びていた。こうしている間にも競りにかけられていた価格は上昇し、どんどんと金額は大きく手がつけられなくなっていくだろう、と、成は焦り出していった。


 団長の『手』と時計は場にいる誰の手に渡るというのか。物欲にたかる連中。それが誰であろうと成は絶対に許さなかった。


「×××億PY!」


 成は挙手をする。手持ち金など一銭もなく、それでも成は手を上げて金額を提示していた。だが息つく間もなく金額は上乗せされて、入札は終わりを見せてはいなかった。成はまた叫ぶ、「××××億!」また入札は別の誰かが乱入していく。


 歯止めのきかない滑車が回るが如く、成は飛び交う言語と金額に必死に食らいついていこうとしていた。入札金額が接戦へともつれ込む頃に、成は何度目かになる挙手をしようとして、手を上げかけた、まさにその瞬間を狙った者が背後にいたのだった。

 成の腕を掴んで停止させた人物が低く、言葉と息を――吐く。



「やめろ。金も無いくせにもし落札してしまったら……お前、命どころか魂ごと売られるぞ」



 忘却で消されていた彼……真也だった。「う、うう、う……」項垂れて、成の手は力を失い意志は砕けていっていた。下ろした後は、沈下し地面で塞ぎ込み涙でまみれていた。真也の言うことが正しいと、頭では理解しつつも納得がいかなかった。

 地に伏した成を真也は立って見下ろして、……息を吸って振り返っていた。


「159兆PY!」


 成は真也の大声を初めて聞いていた。驚いて成が真也を見上げると、手を高く掲げていた真也が堂々と入札金額を叫んでいた。観衆は揃いも揃って真也の方に注目し、どよ、とどよめきが走って退いていた。億単位だった所に桁違いの乱入者、異質の感も至極当然である。

 木槌は叩かれていた、最高落札者を決定した合図だった。

「予算内だ」

 平然と、真也は言ってのけていた。団長であるのか不明の貴金属付き『手首』は、真也に所有の権利を渡して幕を閉じることになって、続行、オークションは、品のある限り半永久的に繰り広げられていっていた……。


 紙幣が上から降ってきていた。成は泣きながら(くう)を見上げていた。「どうして……?」

 お金が無いと、助けられないなんて。その成の疑問には、答えが導き出せなかった。


 ……


 成の嗚咽が止まり一時間が経過していた。飽きずに進行していた競り、オークションは、一際光彩を放つ『品物』を用意していた。それは、人魚を彷彿とさせる女と鉱物で、鉱物は2000グラムの輝岩石マコウだった。両方がセットになって競りにかけられていた。


 マコウはひと抱えほどある真空透明ケースの箱に入れられて保管されている。膝の上に載せて女は微笑み、純白のスレンダーラインドレスの先から伸びた足が細く美しかった。揺れる波の髪は長く、毛先まで黄金に輝いていた……。


 商品名は、クオリアと輝岩石マコウ。傑出したもの同士は、反発することはなく非常にバランスがとれていた。


 クオリア。女の名前だった。


 熱気が、新しく生まれ変わっていた。沸点を超えた蒸気は見えないが明らかに商品が披露される前とは質が異なっていた。是非欲しい、我が物にと挙手は下ろす間を与えられず、群集はオーバーヒート、焼き焦げている。動作不良となる寸前にまで達した者の数は増加していく、これはひとつのエネルギーなのか、集団によるエネルギー。狂っている。


 価格の規模が違いすぎた、天文的だった。手が出せたものではない、指を咥えて無為無策の不甲斐無さを味わうしか程度がない。呆れていた成は、真也の横顔を見て驚きはっとした……。


 とても悲しげな瞳。これも声と同様、初めて見た衝撃だった。

「何故そんな顔をするの……」

 成は聞かずにはいられなかった。

「手が届かない……」

 真也がぽつりと、こぼしていた。


 視線の先にはクオリア。真也も成も、見ていただけだった。


 長々と不断のオークションは値と落札者を喜ばしく決めて、クオリアと鉱石は見知らぬ素性の者にと引き渡されていった。「クオリア……」真也の漏れる声に成は。


 くおりあ?

 首を傾げて成は正体を知りたがっていた。


 真也が成に見せてくれた白昼夢は、天国と地獄……の、ほんの片鱗だったに過ぎる。


 ……


 寝そべっていて目を覚ました真也に、成のナイフが突き付けられていた。

 首元で光る刃先の向こうで、潤む成の目は、真也からとても離れられそうになかった。恐る恐る成は自分の考えていたことを確かめたく、真也に問いただしていた。


「『クオリア』を……手に入れたいの……?」


 成の問いは確信を突いていた。真也はまぶたを閉じた、それが素直な答えだった。


「クオリアを……楽園から連れ出すんだ。クオリアが望んでいる。クオリアが、俺に呼びかけている。『私を此処から連れ出して』……機会(チャンス)は一度だ、千年後に開かれる大宇宙オークション」

「え?」

「クオリアは大事に育てられている。クオリアは知っている。自分がどういう道を辿るのか。食肉用の鳥を肥え太らせて旨くするように、クオリアは」……


 真也がかつて『シュセンド』としてこのアーノルドの星に立った時。まだ不慣れな手腕の、真也の不安を取り除いてくれたのはクオリアの……慰めだった。


『あなたは悪くない。悪いのは……』


 聞こえのよい声は、透きとおりよく響いていた。

 声色は変わる。



『金よ』



 ……


 クオリアは、真也に殺人の手ほどきを教えてくれていた。制御のきかない並み超えた能力の使い方も、教わっていた。業についても、教えてくれていた。


 クオリア、我が師。

 真也はクオリアにすがって、幼少時代、学びはひと筋の道をつくり上げていった。真也が何かのきっかけで悩み立ち止まりそうになった時に、真也は相談を持ちかけ、クオリアはいつも優しく受けてくれて真也を包んでくれていた。しかし時折、厳しいことも言ってのけていた。


『助けて、クオリア。僕は自分が何なのかを知りたい。教えてほしい、僕は何処からきたの』


 幼い彼は誰も答えのくれない問いを、クオリアに託して待っていた。


『知らない方がいいこともたくさんあるのよ。宇宙の始まりが何処かなんて、あなたが知る必要はない』


 思いもよらないクオリアの回答は、真也には怖かった。


『でも知りたいんだクオリア……でないと僕は、……死にそうになる』

 好奇の蟲は彼に巣食っていたようで、助けてと懇願し苦しさからの解放をクオリアに求めていた、だがそれでもクオリアの信念は曲がらず、真也に衝撃しか与えなかった。


『だったら死ねばいい。知られるくらいなら、死んでくれた方がいい』


 クオリアの去ろうとする気配を察してか、真也は慌てて引きとめていた。『待ってクオリア! ごめん……』クオリアは、……ワラッタ。



『私のために、人を殺して。“シュセンド”』



 世界は閉ざされていた。


 ……



「“大宇宙オークション”……」


 成の体は強張っていた。そんなものが千年後の未来に、と、信じるには時が遠すぎて想像を超えていたのだった。夢の続きを引きずっていたのか、真也は成ではなく空中の何処かに己の進む道の確認をとっていた。

「クオリアは、それに出品されることが決定している……」

 一体どれほどの金額が動くのか。

「俺は金を稼ぐ。この星の連中を全て金にかえてでも。闇の取引の方が、高く値がつくんだ……光の者を、殺す」


 今、成の前にいるシュセンドの目は、死んではいなかった。ナイフを持った手をとっくに下ろしていた成は真也の胸ぐらを掴み、「……させないわ、阻止する」と訴えていた。「あなたがクオリアの呪縛から解き放たれるよう、願ってる」


 意志はぶつかり合い、片方は片方を追いかけていく。

 成は真也を追いかけて、テレキネシス能力を持つ真也は成から何処までも何処までも……逃げていった。




※クオリア:

 心的生活のうち、内観によって知られうる現象的側面のこと、とりわけそれを構成する個々の質感のことをいう。日本語では感覚質と訳される。簡単に言えば、クオリアとはいわゆる『感じ』のことである(Wikipediaより)。



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