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シュセンド・4


 入り組んだホールの通路、突き当たりの一室に変わり果てた団長の遺体はいったん収容されていた。床に寝かされ上から白の、ビニールに近い素材のシーツをかけられて、遺体は付き添って椅子に座っていた成と同じ時を共有している、というのも、おかしな言い方だった。消えた命に時間はあるのか。


「水でももらってきたげるよ、成姉ちゃん」


 衣装や小道具、音響材の一部や小型照明器具といった興行用の物が部屋の半分を占めており、遺体が中央、その横で椅子に腰かけていた成、ドア付近に尻尾の生えた毛深い男の子がいて、聞かれた成はちゃんと答えていた。「うん、ありがとクウマ」


 クウマと呼ばれた男の子は隠さず明るい笑顔で「よっしゃ」と喜び跳ねて、廊下をタタタと足音元気よく走って行った。ずっと暗く沈んでいる成のために、ひと働きをしたかったらしいと察する、子どもだが芸人仲間だった。


 成の疲れた瞳に、シーツをかけられた向こうの……自分の師でもあり親代わりでもあった団長の面影が映っていた。親下を何らかの事情か都合で離れた成は、師の下で芸を覚え、演じ、腕を磨いていた。育ての恩を抱きつつ感謝という言葉ではとても足りず、尊敬という表現では括り切れない、偉大さの正体は、境界を飛び越え届かぬ所にあった。


(団長……)


 悔しかった、失ったことが全てより憎く、成を苦しめて放さなかった。


 するとそこに、来客だった。始めクウマが戻ってきたんだと勘違いした成は、「おかえりなさ」と言いかけて振り向き驚いていた。


 そこに現れいたのが真也、自らをテレキネシス者だと告げていた、記憶にまだ新しく覚えていた少年だった。大きく開口、成は複雑だった。

「あなたは」

「……どうも」

 相手の方が自分より余裕があるのだろうと、成は笑顔ではなく目を背けて、真也には辛い表情しか出さなかった。

「ごめんなさい、せっかくショウに来てくれたのにこんな……」

 こんがらかりそうな頭はやがて静かになった。



 真也は俊敏な動きで成の背後にまわり、首筋に手刀で一発、成を気絶させたのだった。



 ぐらりと傾いた体は、床へとずり滑り伏してしまっていた。成が大人しくなった後は、真也の自由な時間が訪れる……真也の狙いは、遺体の一部の回収だったという。


 近づいて身体全体にかけられていたシーツを取っ払い、真也は頭部に指を当てて考えていた。……単純なことだった、どの一部を持って帰ろうか? どれでもいいと、口には出さずに目が言っていた。

 迷いには隙ができる、それも単純なことだった。


「やっぱり、あなただったのね」


 凍りつく瞬間とは、この時の様相にぴったりと合うのかもしれない。片膝を立て遺体と向きあっていた真也の首後ろに、気絶していたはずの成がこちらも手刀で構えて威嚇していたのだった。

「あなただったわ……団長を貫いた向こう……私には見えた、団長を狙うあなたの姿が」

「見えた?」

 真也の疑問に即座に成は回答を与える、しかし悲しみの顔は崩していなかった。

「私、視力()はいいの。でも変ね? 位置から考えて、1階の観客席は見えずにあなただけが見えたなんて。でもそんなことどうでもいいわ……『あなた』が、団長を貫いた」


 成の目は真剣そのもので、嘘を言っているとは信じ難かった。成が穴を貫通して見た真也とは、何処にいたというのだろうか。実際に真也は直進で狙いやすい1階にはおらず、2階にいて狙撃していた。軌道は前回同様に曲がりくねり、目的だけを果たせとスピードは落とさず加速すらして獲物を探して行った、まるで生物で意志を持ったように。


「許さない……!」


 怒りで涙も混濁した成は真也に牙を剥き、手刀をやめて真也の肩あたりを掴んだ、肉ごと掴んでいた手の指先の爪が鋭く食い込み真也の顔を曇らせていた。

「なら……やるしかないな」


『なら』と、決めた途端に真也は成の手を振り払う。「!?」掴んでいた右手はいとも簡単に真也から離れてしまっていた、成は忘れている、真也がテレキネシスを使えることを。彼は、所詮はトリックだと言っていたが、何らかの方法(タネ)で遠隔を作動、もしくは遠隔へ動作をさせ、点Aから点Bへ、意志を与えられた弾丸は、与えられた空間を認識し磁場や電波、気圧に湿度に光による影響をさほど受けずに最短で済む軌道を探して計算をして、実行へと移す、結果を出していた。成の腕も遠隔からで操作が可能なのかは判らないが、退けられて成は一瞬、ひるんでいた。


「よくも」


 仕切り直して、成は屈んでいた真也に襲いかかる。手をつきながら上手く転がる真也だったが、成の方が速さが上だった、すぐに真也に飛びかかり、何と力で捩じ伏せることができたという。


 成の体は仰向けた真也の上に覆い被さり、真也が成の下で、お互いは睨みあって黙っていた。

 成の両手が真也の首を絞めていく。成は華奢なようでいて真也よりはスピードも力もあったらしい、決着の風向きはどちらに向くのか判らなかった。

「よくも……」

 何度言葉を吐き試してみても、首はそれ以上の力で絞められることはなかった。真也は内心、何を迷っているのかと思っていたに違いないが、遠慮せずに成の体をどん、と宙に浮かせて、すかさず立ち上がって壁へと寄り、成に前を向けたまま後退していった。迷いには隙ができる、機会を得たなら、即実行だと真也は――


「成姉ちゃん、水持っ……」


 成にとってはあろうことか、コップに水を入れて戻ってきたクウマが部屋へ入ってこようとしてドアを開けてしまった瞬間だった、真也がクウマを引き寄せて羽交い絞めにして、人質にしてしまったのである。「クウマ!」「うわあ、ああ!」


 ガチャン、ぱりん。床に落とされたコップは割れて、クウマの身は拘束されてしまった。

 卑怯者、と成は声を上げそうになった。クウマを楯に、真也は壁を背にして移動していた。そして外へと繋がる窓に着くと、簡易式の施錠であり簡単に開けた窓から真也は無駄な動きひとつなく、優雅に自分単身だけを窓の外へと放り込んでいった。

「待ちなさい!」

 慌てた成は、解放され置いて行かれたクウマのことは後に回し、窓へと飛びついていた。「お姉ちゃん……!」すがりつくようなクウマのひと声が、成に少しの考える時間を与えてくれていた。


 成は迷ってばかりだった。さっきもそうだ、何故に首を絞め千切らなかったのか、怒りを爆発的エネルギーとして最大限の力に発揮すればよかったのに、何故そうできなかったのかと……後悔の大きさは小さいが、『ある』というだけで気持ちが悪かった、消してしまいたかった。

「クウマ、皆に『ごめん』って、言っておいて……」

 窓の枠に手をかけながら、成は騒がしかった心臓の鼓動に耳を澄ませていた。聞いていても速さの加減が判らないそのリズムに、飽きていった。こんな所にいつまでも、いたって無駄ではないか――成は決心する。


「お姉ちゃん……『彼』を、……追いかけるから!」


 声とほぼ同時に、成は窓から出て行った。「×××……!」成の離れていく後方では、子どもの叫んでいるさまは暫く続いている。それが成の行動を阻害させることはなく、窓から着地、道を見つけてひたすら走り、道を逸れても戻ることはせず、『彼』の痕跡を辿り――

 どこ行く先か、未来。


 どさくさに紛れても、真也は手に引き抜いてきていた団長の髪の毛を持っている。しっかりと『目的』を果たしていた。これをゼニ屋に渡せば、報酬がもらえるのだった。


 彼は『シュセンド』で、金の奴隷。時々に呟く、救いを求めたその嘆きがある。「クオリア……」

 彼を救う者はまだ、この時にはいなかった。




 ……


 大宗教界クリウム。大司祭サンタメリアの愛娘であるクオリアは、楽園の庭園にて花々と戯れていた。

「見てお父様、ポポロアがこんなに……」

 陽は花の畑の面々を優しく包み込み、そのなかでクオリアたちを穏やかにとけ込ませ、自然と一体化させていた。人工との線引きは失われ、楽園は固有で持続していた。


 司祭の温かい目は、クオリアを守っていた。

「いいか、クオリア。お前は一歩も、外へ出てはいけないよ……」


 厳かな白の装束に白が基調の装飾シールド仮面(マスク)を身に着けた大司祭は、そう諭していた。首を傾げることしかできないその決まりが、クオリアにとっては不満でもある。

「どうして? お父様。外には一体、何があるの?」

 表情を変えない大司祭である父親は、ちゃんと答えていた。瞳だけは耽々と、しかし優しかった。

「汚らわしいものさ……」

 庭園の照らされて光輝く噴水には、2人の影が映っていた。



 選ばれた者だけが踏み込める地帯というものが存在する。そこに到達するまでには鍛練、業[カルマ]が必要で、肉体は滅びても行為は輪廻し受け継がれている。可視で見得る物質のスープである宇宙では、構成された心の臓と血と肉と骨と皮などとは所詮、母なる宇宙から借り受けた物にしかすぎない、即ち、身体はレンタルだった。これをレンタル思想といった。


 寿命という時を与えられた借り物は滅び終えると返還されるシステム、リ・サイクル。行為は次の衣を借りて、輪廻して、褒美(サービス)をやろうとて楽園の地にと辿り着けた、これが特殊ではなく通念だった……。


 しかしクオリアは生まれた時から此処にいたのだった。

 よって最初から俗世など知らない、俗世など、他人事のようにしか理解し難いことだった。


(また、『お話』、するしか……ないのね……)


 クオリアは父である大司祭と別れた後、庭園にある、蔦や木で作られていたブランコに乗り、風や動力で揺られて夢見心地になっていった。ゆっくりと落ち着き昼と夜との間にだけ訪れる、まどろみの夢、白昼夢(デイ・ドリーム)へ……揺りかごに揺られて眠っていった。

(さあ私の呼びかけに答えて……『シンヤ』)



 ……



 底行かず浅い眠りだった。『仕事』を終えた後はいつもこうだった……安眠ができないという。

 人をひとり『天送り』にしておきながら、深きよい眠りを得ようなどとは。


「やっと見つけたわ……」


 崩れかけていた廃舎があった。薬品会社だったのか学び舎だったのか、整然と棚や机といったものが、角がとれて損傷激しく老朽化しているもののそのままの形で残されていて、小物は無いが、瓦礫や黄ばんだ袋、空き缶、壁にはこびり付いた得体の知れない粘着物などがあった。生物のいる気配はねずみ一匹感じとれなく、隙間風はあるはずだがこれも感じとれなく、温度変化のない空気が滞留している。

 そのため、2人の存在の方が特異だと、廃舎の時は傍観していた。


 片隅で真也は冷えた床に座って休んでいた。しかし起こされて、立ちはだかった少女、最後に見た記憶のなかの成とは同じ格好の、酷い顔をしていた成を、見据えていたのだった。


「団長をよくも……」


 成の上げた片手の先には、きつくナイフが締め握られていた。ブルブルと震えながら、瞳はしっかりと真也を捉えていた。迫る成へ抵抗しない真也、振り下ろす前に成は罵声を浴びせるしかなく、続いていった。


「あなたは卑怯よ! どうして避けようとしないの……あなたは何、まさか人(ヒト?)ではないの? サイボーグ? アンドロイド? ギミック、お化け、怪物……? ――外道ね!」


 思いつくまま暴言を吐く成の挑発に真也はそれでも便乗してはこない、まるで違う世界だと眠たげに答えていた。


「死んだ所で、また次へと生まれ変わるだけだ。鍛練と業を積み重ね、身体はつくり替えられ、時々に休み、そしてやっと『楽園』に辿り着く……苦しまずに死ねればいい、どうせ、『繰り返す』だけだから」……



『恐怖』を失った者は、同じことを唱えるのかもしれなかった。死を恐れない。



 成は怒りのなかに『悲しさ』を注がれたようで、混乱していった。両者は上手く融け合うことができず、目から飛び出してしまっていた。それが『涙』というもので、手から抜けて落ちてしまったナイフの上にポタポタとしずくとなって滴っていっていた。


(どうしてそんなことを言うの……私には解らない……)


 膝をついて、真也を憐れと、成はそんな風に思ってしまっていた。2人の間にズレを感じて、今はどれだけ話し合い急いでもお互いを譲るつもりはないのだと、考えただけで悲しくなっていった。

(解ってはいけない……ううん、きっと解りたいよ……)

 怒りは何処かへ……悲しみによる中和か、薄れていっていた。真也の方は相変わらず眠たげで、服に砂や泥など付着してもいいし自分を襲いたければどうぞと、横になって無防備に寝出してしまっていた。この態度には成も困り、とにかくと目をこすって涙を拭いていた。


「『知る』ことは、できないの……?」


 置いて行かれたようで立ち尽くす成に、真也は黙っていた。眠りに入ろうと、または入ってしまっているのかもしれなかった、動きがなかった。

「あなたがどうしてそうなったのか、知りたい……」


 ……一度芽生えてしまった好奇は、花が咲いてしまっていた。


「どうぞ」


 トーン変化のない声が、成の行く先を案内していた。「え……?」

「眠ればいい」

 訳がわからないうちに、成は突然、眠気に誘われ、倒れていった。ちょうど真也の隣で寄り沿う形となっていた。

 浅い眠りは深い眠りへ、ノンレムからレムへ、同じ夢を見ることになるのは、約2時間15分後だった。




※『レンタルの思想』について

参考書:『「わかる」と「納得する」―人はなぜエセ科学にはまるのか』

松井孝典(著)より

※自然科学者(著者)と宗教学者と哲学者が対談しています。


※レム睡眠=REM睡眠。急速眼球運動を伴う睡眠、この期間に覚醒した場合、夢の内容を覚えていることが多い。反してノンレム睡眠。入眠時にはまずノンレム睡眠が現れ、続いて約2時間ほどでレム睡眠に移る。



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