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シュセンド・3


「酷いわ! あなたが大丈夫だって言ったから信用して買ったのに! ……この、『ルネッサンス・赤い薔薇』!」


 ……それはただの鋼鉄でできた一輪の赤い薔薇の花で、手で持つと必ず「ルネッサ〜ンス」と言ってしまう効果をもたらし制限ない幸せを呼ぶという、かなりの胡散臭い代物だった。ところが流行りも過ぎると効果は薄れ、観賞するだけで、本当に幸せがやってくるのだかどうだかを確かめる(すべ)はない。女性はついにキレ、業者に連絡と書きクレームをつけていた。


「知りませんね奥さん、騙されたですって? ……失礼な。仮にそうだとしても、騙された方が悪いんですよ、よく解ったでしょう? 高い授業料払ったと諦めて、どうぞ引き続きルネッサ〜ンスして下さいね〜」

 面倒臭そうに、相手からはそんな返事しか来なかった。


 売った買ったで契約は成立していた。この2時間ドラマのなかの世界上での設定では、返品のきくクーリングオフ期間が一週間、通販で買った物だが、女性が商品に疑問を持ち始めた頃にはとうに期限は過ぎていた。よって適用されず、返金も返品もされない、することができなかった。


 紙面の上での約束は絶対、証拠は残る、判の威力は絶大である。注意されたし、気がついてからでは遅すぎていた。ドラマの女性はあまつさえ旦那に黙って消費者金融で借金をし、金利すら払えず生活を追い回されるようになって行き、地獄を味わうことになり、輪っかのついた縄に世話になるかもしれないと思い詰める直前になってやっとガラスの銀と呼ばれるミナミの王族に九死を救われたという……感動のシンデレラ物語(ストーリー)だった。


 直人はまだ最後まで見終わっていないうちに、家庭用小型ビジョンの電源を消していた。「つまらん」……だが1時間放送分だけは、観終えていた。


 直人はこれから、女性とのデートの約束をしていた。妙にリーゼントの髪型には気合いが入り、テカリが美しかったが、決してフザけているのではなかった。襟足に垂れていた細い髪がサラ、と流れていた。学ラン長ランにも見える似た漆黒の服装が、とても彼の真面目な気質には合っていた。

「さて……行かねば」

 手には何も持ってはいない、服の上着の内側に、必要最低限の物は収納されていた。



 降水確率50%の、晴れか雨かどっちつかずで半端な空模様だった。雲が流れて一定の方向へと進んでいた。行くと決めてから前売りの電子券を買い用意していた直人は、待ち合わせの公園へと急いでいた。公園では連日、大道芸人によるサーカスが繰り広げられており、一度でいいから観てみたいものだと機会を待っていて直人は内心とても楽しみにしていた。ひとりで行くのには周囲の目が気になり憚れていたのだった。


 公園で待ち合わせていた恋人のセイラを見つけて、直人は横を見ずに、それでも誰ともぶつかることはなく、一心に突き進んで行った。セイラは噴水の縁に積み重なって並んでいた煉瓦に座って片手の本を読んでいたが、誰かが近づいてくる気配を察して顔を上げる前に本を先に閉じていた。

「待たせたか? ……すまん」

 直人の方を向いたセイラは、意地悪っぽく笑ってみて言い放っていた。

「ううん、少しだけよ。28分17秒くらい」

 僅かながら顔を引きつらせていた。お互いに複雑な心中のなか、セイラがピョンと飛び跳ねて、直人の前で堂々と両の手を広げ、「さあ行きましょダーリン!」と呼びかけていた。

「ダ……」

 言いかけて直人は、ゴホン、と咳払いで誤魔化していた。「それじゃ行こうか」……


 歩きだす2人が去った後、噴水の前に別の者が現れている。

 少年はぶらりとそこへ立ち寄っていた。



 ……


 シュセンド、それは、冷血の下僕。雇いは、雇われを駒として扱う。切って捨てるも餌を巻き拾うも、自由である。海老で鯛を釣るが夢である。

 シュセンド、反発の意志はない。服従が基本、死よりも生を選んでいる。

 しかし真也には解らなかった。自分が何故、此処にいるのか、そして武器と成り得るものを持ち歩いているのかを。生きたいからだと……模範解答を聞いても納得ができなかった。


 ……


 多目的ホールである、セミサホール。観客が半円形に舞台を囲う(タイプ)で、3階席まであった。だが3階部分は特別仕様となっており、一般の客席とは扱いが違っていた。

 幾多の特殊イベントや通例講演が予定行程通りに行われており、通常なら場所も待遇も、駐車面積や金銭面など主催側にとって浮き彫りになるだろう問題的条件が発生するが、交通の利便性やドーナツ化による人口環境によって非常にすっきりと解消され、解決されていた。


 当日券込みで登録を済ませた真也は、本日これから催されるサーカスを観るために落ち着けようと、2階の観客席に腰つけていた。開演までには時間があるためか人はまばらで、子連れが多いように思われていた。狭い平路を走り回る子どもらもいた。


 席でずっとだるそうに背にもたれかけて、真也は記憶を辿っていた。自分の放った弾丸が、世間で言う『大物』の命を奪ったのだがそれに対して震えも後悔もしていないし、むしろ次は誰だと、情報媒介を毎日睨んでいたのだった。


 やがてサーカスは始まった。

 ショウのライトは白黒赤緑青原色鮮やかに、舞台から観客席へ、観客席から舞台へ、上手から下手へ、中央一点に集まれば大げさに爆発音を出して、紙の吹雪が氷の結晶のように輝いて舞っている。


 出てきていたのは団長と思わしき虹色ピエロの格好をした者で一番偉そうに振る舞い、玉と輪とナイフでジャグリングをしながら、進行の挨拶をしていった。象と呼ばれるキリンのような首の長いねずみは火の輪をくぐり、水の入った槽のなかへと潜って溶けていった。口笛を吹いた、コック帽を被っているムルサイ族は、後で燃えて消えていた。団長の頭にのった全長100メートルの大ガチョウは自慢の羽を見せびらかして次元の向こうへと飛び立っていった。観客席からはどの演目につけても拍手喝采で、次は次はと次を待ちわびていた。


 すると、何処かで見た覚えのある少女が舞台の上に降り立っていた。目を細めていた真也は、欠伸をしながら凝り固まっていた肩を動かし、前屈みになりながら舞台の上を注目していた。真也のなかで負担が減り速くに動き出した血流は、熱を帯びていった……



 成の登場だった。成の愛くるしい笑顔は、観る者を惹きつけている。成は王子の衣装でくるくると滑らかに回転し、ペアの相手の肩に跳んで足をかけ、さらにジャンプをしている。着地は成功で、備えつけられ立てられていた大きな円盤の前に降りていった。


 成がひとたび踊ると、ひとりのはずが多重に見えて、時間差でそれぞれ動きをずらしてストリートダンス・ロールオフをしているみたく極めて華麗だった。その内に方向転換した成は、ダーツの的を模した円盤の前で自らが的となるべく進み出ていた。盤には得点が輪状ごとに振られている、だが、成がいるために矢を放っても中心は狙えなかった。団長である虹色ピエロはそれでもダーツの矢を持って的の真ん中を狙い、成を無視して投げようと時を計算し構えていた。


 当たるはずがない、でもひょっとして。そんな観客の不安と期待に答えようと、盛り上がりは最高潮を迎える準備を整えていたかに思えた……が、予想は遥かに超えていた。


 飛び出したダーツの矢ではないもうひとつの『弾丸』は、虹色ピエロの心臓めがけて――貫き通った、成の手前、目視の寸前で止まる。


 落ちていった、貫いた白い塊は減速せず急に力を失い、落ちてしまっていた。おかしなことにそれまでの弾丸の軌道は弧を描き重力に従って下方ではなく、上方へと反り、摩擦による空気抵抗を受けたのか、ある一定以上の高さに上った後はピタリと活動を停止して……落ちてしまっていた。

 開けた穴の向こうに『彼』はいたのか、果たして。

「き」

 成の足元にはひとつまみの白の塊――吹くと軽そうなポップコーンが転がっていた。フラッシュバックという、過去が点滅して成に危険だ回避しろと知らせていた。動きを疎かにした体に叫びだけは許してくれていたようだった。

「キャアアァァァア!」

 金切り声の悲鳴は遠くまでよく響く、成は視界を閉じた、そして真っ暗になっていった。


 団長の体は撃たれた衝撃で速やかに倒れ後頭部を床へと強打する。沈んだ後は、動かなかった。惜しくも飛び出せなかったダーツの矢は、手からコロリと寂しそうに……こぼれていた。


 ざわざわと……不吉な波は押し寄せて伝播し、ホールの天井、床、入口出口、耳の奥と隅々にまで行き届いていった。「まさか……」観客席から誰かが光景と推察を口に出している。それが引き金となり破滅へと展開していこうとしていた。


「死んで……」「何が……」

「嘘。嘘でしょ……演、出、よ……ね?」

「……でも。ピエロは、起き上がって来ないぞ!?」


 あちこちからの声は幾多に重なり不安は膨らみ、場は騒然となっていった。「本当に死んでるみたいだぞ……!」男の野太い声が決定的だった――悲鳴が発生し始めていった。


「いやあ!」

「助けてぇえ! 人殺しぃぃい!」

「逃げろ早く……! 殺される……!」


 目も当てられず熱くパニックになっていった。「皆様、落ち着いて下さい! ――落ち着いて!」団員たちは客席と違い、対応に切り替えていた、しかし。


「此処から出してえええ!」……


 群集はもはや耳を貸さない、叫んで次は連鎖するように皆はまた立ちあがりまた釣られ釣られて。出口へと向かって、集団エネルギーと化したそれらが台風並みに轟々激しくぶつかっていった。ワアアア。イヤアアア。阿鼻叫喚、これはまさに狂気だと、断定寸前だったのだろう。症候群(シンドローム)は暫く続き、平安は砂埃でかき消されてしまっていた。


「お、落ち着いて下さ……わ、わああぁ! ……」

 何とかしようとしていた若い団員のひとりか2人は勢いに負け蹴られ弾かれて、最悪な場合は腹や腰など部位を容赦なく踏まれていった。止まらない波紋はどうしようもなく、止まることがなかった。無力さに憐れと他の団員の一部は頭を抱えて壁際でシクシクと泣き出す者もいた。「落ち着けえええ!」「やめて下さ」……

 苦空しい。



(何だこれは……)



 席を立たない者もいた、1階の、出口からは遠く離れていた直人たちだった。

「怖い……」

 座ったままで隣の直人にしがみついていたセイラは、異様な光景を遠巻きに傍観して言っていた。直人は震わせているセイラの肩をさすってあげながら、セイラと同じく歯痒い思いで様子を見ていた。「見るな。何とかして、外へ行こう」気味の悪さに耐え切れなくなる前にと、直人はセイラと共に席を立ち、背後にある舞台の、時の停止した惨状をちらりと気にしながら外の空気を求めて歩き出して行った。


 2階からでも外へと出ることが可能であるらしい。その証拠に気がついた団員が数人、非常の時の備えで設置されていた、普段はダスト用の(衛生面では人体に影響はないほどクリーンな状態である)シュートボックスを開通させていた。穴は人が容易く出入りでき、螺旋状になって安全面からでも考慮されていた。冷静に辺りを見回していた直人は見つけて頼りに2階へとセイラを連れて呼びかけていた。「あそこだ」

 促されて手すりにつかまりながら階段を上り、外へとゴールをめざしていた。


 2階に着きのろのろとしていると、早足で通りかかった少年と直人はぶつかりそうになって、直人の方が避けていた。

「おっと、すまん」

 少年は聞こえない言葉を呟いて、また素早く去って行った。恐らくは謝っただけだろうと思われていた。「もう少しだから」直人は前を見て歩いている……



 散々だった現場から脱出に2人は成功し、待ち合わせで使った噴水のある場へと逃げるように避難してきていた。「ふう……」やっと安心を手に入れたのだと、額の汗を直人は拭って俯いていた。


 集団ヒステリー、そんな言葉が浮かんできては、寒気を覚えていた。ショウの最中の惨劇、あれは事故だったのか、巧妙に仕組まれた殺人だったのか、それとも、集団感染したなかで産まれ出た犠牲者だったとでもいうのか……直人の想像は、尽きては行かない。興味も湧いていた。


(気になるな……)


 サーカスは無論、中止だろうということぐらいは読めて、外へと同じく脱出してきたに違いない観客たちを眺めていた。段々と公園内は賑やかになってきたようで、おかげでより一層、安心感に満たされていった。

(もう一度戻って、詳しく調べてくるか……)

 傾きは建物の方へ。直人は、今にも行ってしまいそうになった。「何処へ行くの」セイラの怪しんだ口調の声が直人を押し留めて引っ張り返してきていた。「え、と」


 直人は仕方なく頭を掻きながら、「ちょっと戻ってきていいかな、気になるし」と改めて現場のホールの方向へと目線を移していた、それがセイラの癇にさわったとは、思いつきもしなかったようだった……直人は頬をパシリと、叩かれてしまった。


「私のことより、事件の方が大事なのね」


「……」


 我慢を外した声はさらに震えて、傍にいてほしい時に傍にいてくれない、もういいわ……そう一方的な言い分を吐いたセイラは泣きながら去ってしまい、残された直人は茫然としたまま叩かれた頬に触れて鈍く熱い痛みを確かめていた。


 衝撃に直人は落ち込んでいる、昔からそうだったんだと、慣れてはきても相手との接し方がやはりまだまだ解らないんだと影を背負った。生まれた星では、『生存競争』のせいで周りは全て敵だからと教育されていた。心分つ者、友など、作れなかったし信じてはいけなかった。自分が馬鹿をみてしまうだろうからと。それで。

「だから此処に来た(逃げてきた)……」



 ……此処はアーノルド、顔を見上げたその時に赤い流星は横一文字に伸びて、まるで危険を知らせているようで(まこと)の安らぎを得るには程遠い気が何処かしていたのだった。




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