シュセンド・15
真也と成は、施設内にある医療ルームへと運ばれて行った。そして2人ともは、治療と検査を受けることになっていった。
……
カツラギの『戯れ』のせいで生物兵器へと変貌しかけた成は、運ばれてすぐの懸命な処置により息を吹き返すことに成功をしたものの、生命の危機は消えたわけではなかった。医療スタッフや医者が全力で成の治療にあたり、集中体制で休まず監視をしていたが。
「今夜が峠でしょう……」
宣告は、真也に再びの混乱を与えていた。
真也は集中治療室からは遠く、腰かけていた。ガラスの窓越しに管の付けられていた成が見えて、予断の許さない状況を長くじっと見守っているしか方法がなかった。ああなってしまったのは自分が撃った猛毒の針のせいと、それから……自己弁護していた。
(仕方なかったんだろ。ああしなきゃ自分が危なかった。成がどうなろうが、知ったことじゃないじゃないか。俺にはクオリアがいてくれれば、それだけで充分だ、そうだろ)
ああなったのは自分のせいなんだという自分、いや、自分は悪くないという自分がいた。
対話して、両者は席を譲ろうとはしていない。続いていった。
(果たしてそうなのかな? なら、何故此処にいるんだ。此処にいたって成が回復するってのか?)
足は動かなかった。
(『動けない』のか、『動かない』のか。……全然違うけど)
……
「動かない、だ……」
真也は、初めて涙を流していた。そして言う、意思を示している。「俺は今、自分の意思で此処にいる。決して囚われているわけでは、ない」そう言い切った。言い切ると、胸の痞えは和らいでいった。
成が笑ってくれたなら。
直人が言っていた、『喜びが見えるなら』……回り道もよかろう、と。何故生きる理由を求めていたのだろうと、真也は新たな疑問にぶつかっていった。生きるために人を殺していたのに、何故生きているのかなどという問いかけは、真也の閉ざされた堕落世界からの脱出だったのかもしれない。生み出された新たな壁の前に真也は、懺悔した。
「ごめん、成……」
謝って許されようでも、成が意識を取り戻さなければ許しはしてくれないだろう。許しを請えない真也が極限にまで追い込まれた、その時だった。
真也のなかに、クオリアでもない、別の者の声が真也の名を呼んでいた。まさかと思い、真也は意識を集中して声の主と、目を閉じて、まぶたの裏に投影を作り出していた。主は直ちに見つかる、真也が期待していた通りだった。
「成?」
声に出して真也は聞いていた、直人は竹刀と何処かへ行ってしまって、あとは医療関係者が時折通りすぎるだけで、真也の声は外には漏れていなかった。心おきなく真也は集中できていた。
小さく聞こえていたか細い声の主は、しっかりと真也に届くようになった。
(「おはよう、真也……大丈夫、私、生きてるよ」)
真也の安堵した声は感情を混ぜていた。
「本当か?」
(「うん。でもさ、体が動かせない。まだ起きれるまで力がないんだ」)
「そうか……一体、いつになるんだろうな」
(「判らない。100年後かも」)
「おい……」
(「ふふふ」)
他愛もない会話は続いていた。
「これって、テレパシーなんだよな。クオリア以外に実践できたのって、初めてでよく解っていない」
(「ああ、それで初めて会った時にテレパシーとかも少々ならって言ってたんだ?」)
「充分に使いこなせるのはテレキネシスくらいだ、クオリアに教えてもらった使い方で……」
(「あのさ」)
「ん?」
(「真也が思ってたクオリアと、私も見たクオリアって、同一なの? 私には……」)
成との対話は数時間にも及んでいた。だが苦痛ではない、成の言葉は音楽を聴くようで心地よいものだった。真也には今までになかった時間だった。シュセンドは時間を奪われてしまうのだろうか、謎である。
(「ねえ、真也……あなたのなかにまだクオリアは、いるの?」)
主の、首を傾げるさまが想像できていた。
「……ああ、ずっと一緒だ……」
(「それでいいのかなあ」)
「何だよ」
(「クオリアなんてただの子どもじゃない。外の世界を知らない、純粋な子ども……仮にあなたに呼びかけたとしても、外に出たいがためにあなたを利用しようとしているだけで、クオリアにとって、あなたはたったそれだけの価値」)
「……」
塞ぎ込んだ空気を、主は呼び戻していた。
(「“シュセンド”、金稼ぎの下僕。私はあなたを助けてみせたかった。光ある所で芸を見せるのは、楽しいことだよって、教えてあげたかった」)
「……」
(「喜びを与えて、報酬がもらえた。素敵じゃない?」)
「……成」
(「ん?」)
「シュセンドって、格好悪い……か?」
(「……」)
主は10秒間沈黙だったあと、答えを出していた。
(「わかんないや」)
……
成は時代が移り変わっても、眠り続けていた。
アクラムでの滞在許可をとり此処での生活をスタートした真也はまだ、“シュセンド”として働いていた。だがそれは裏稼業で、シュセンドと、普通の労働生活をしていた。金稼ぎの目的は、ひとつ増えていた。
成の入院費と、治療代だった。
真也は次の獲物を狙いながら、成の帰りを待っていた。
しかしそれは、遠い未来の話……。
大司祭サンタメリアと孫竹刀の政権交代の『準備』は、着々と進められていた。生物兵器の開発、それから入信者の拡大。ネオカリントリンという菌種を体内で育てることにより、一種の『爆弾』をつくり出す、その入れ物となった――クオリア。千年後の彼女は、大宇宙オークションに出品されるらしい、――と、真也の僅かながらに芽生え始めるだろう未来予知はそう予測していた。
テロは、間もなく実行される。そしてそれは、近い未来の話……。
……
此処にひとりの『シュセンド』がいた。彼は精神操作されて『クオリア』の下僕だった。でも、もうそれは過去となりつつあるのだろう。
少年[シュセンド]は、『人間』となる。
《END》
微妙な話をご読了頂き、ありがとうございました(ペコリ)。
この作品は、空想科学祭2009の参加作品です。企画後、修正や微調整を行っています。今作品に関しましてはブログ(記事URL: http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-170.html)にて。イメージや挿絵のイラスト、後書きなど、話に印象を過度に与えるおそれのあるものは掲載が主にそちらです。
そいでは、また何処かでお会いいたしましょう☆
あゆみかん