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シュセンド・14


 施設内はどうやら、迷いやすく複雑に通路を成しているようだった。此処は要塞か、地下か何処かに戦闘機の1機ぐらい隠し持っていても不思議ではなかった。真也と直人は、一度敷地内の外に出た時に通ってきた通路や機関部屋など覚えてきた範囲で想像上の地図を作っていた。一致しない部分も数多く見られるが、互いの一致部分は確実だと思い込みながらの作業だった。


 一度描き起こすと、あとは記憶するだけだった。地図は地図、見ながら持って歩けるほど安全だとは言えなかった。油断すれば、さっきのアユリカVSアプリカ戦みたくいつ砲弾が飛んできてアウトになるか予想ができなかった。


「成は何処にいるんだ……くそ」

 直人は苛立ちながら、手がかりを探していた。

(クオリアは……)

 真也は、望みも抱いていた。2人の目的が、ズレていた。


 

 一方、実験室に隣接し『制御室』と呼ばれた部屋にカツラギはいた。実験室よりもさらに機械が所狭しと並列に熱気や冷気を吐き出しながら作動していた。薬品に漬けられて保存されていた生物も奥の冷暗庫に一定の温度で保管されていた。此処には血ではなく電気が流れていた。


 カツラギは言っていた……「性懲りもなく来た御褒美とでも。お望み通り、2人に会わせてやろうじゃないか……ふふ」。カツラギにつく信者は、カツラギの指示を待っていた。確固の意思を持っていたはずだが、彼らに疑問は生じてはいなかった。これが『服従』で、“精神操作マインド・コントロール”、規模の違いはあれどあくまでも自然に、気がつかれずに生活のなかへと浸透していくものだった。メディアの大見出し(おおげさ)に反応し、踊らされていくように……。


「――落とせ」


 冷笑のひと声は実行されていった。

 カツラギの指示により、真也と直人は足場を突如にして失い、成の時のように真っ逆さまに落ちていった。ただ、2人はほぼ同時に落ちていったが、それぞれ別々の場所に落とされていっていた。


 ……


 どちらも部屋のなかの構造は同じ、壁にはパイプ、銅管、メーターなどが通い、隅にはタンクやコンテナが積んであった。窓はない、地下だから、人がいない、滅多に人が来ないほど深いからだった。


 落とされて着地は2人ともできていた。直人には丈夫な体が、真也には遠隔操作能力が備わっている。2人とも別れてしまったが、カツラギの計らいで会うことができた、だが。


 直人の前にはクオリアが。

 真也の前には成が、現れていた。


「再来。あなたが今日は相手をしてくれるの?」「遊ぶ?」

「だって、あなた此処に来たんだもの……私の遊び場」


 遊び場だと言ったクオリアは、直人を気に入ったのか無邪気に振る舞い、心底楽しそうに胸が躍っていた。クオリアは閉じこもってばかりではない、敷地内だが信者とも交流をしているのだろう、血を見ただけであんなに怖がっていたクオリアが、人を全く怖がらないというのも変な話である。


 真也の思い描いていた美の象徴のようなクオリア像とはかけ離れていく安っぽい実像のクオリアに、直人は一体どうなってんだと悩みを増やしていった。真也が嘘をついているとも思えなかった。では何故これらは食い違うのか。それは――それは、クオリアとは死に直面する真也にとってあくまでもすがる唯一の。……


 ――直人は、鉄のにおいが鼻につくなと気がつき注意が逸れていった。さらにツンとする刺激臭も混じっていた。

「動かないと体がなまるの……食事は済ませてあるから、いい運動しようね」

 クオリアは言いながら笑いながら崩しながら……変貌スル。


 ……



 直人が一生懸命になって探してくれていた成に、真也は会うことができた。勿論、嬉しいことだが真也の表面に出ることはなかった。代わりに成が真也に『喜び』を表現していた。


「来てくれたのね、真也」「ああ……」

「嬉しい! もう会えないんだと思ってたんだもの」


 再会した成は真也が知っているお調子者の成そのままで、何を大げさだと真也は馬鹿みたく思っていた。「だってさ~見てよ、ほらあ……」

 ほらあ、と苦い顔の成は真也の至近で自分の足先を見るように勧めていた。足が何だと真也は視線を下げて見てぎくりと凍りついた。「……が」言葉を忘れてしまった。……成の足は。


 みるみるうちに太ももの付け根あたりからひげ根の根が生えてきたようでいて足の原型は何処だと無残にもなくなっていき、ねっちょりとぬめりをも伴ったこれではまるで……下等生物、軟体生物、植物人間。見たことも聞いたこともなく正確に例える物が見当たらず形容説明に困り、真也は全身に稲光を浴びたように衝撃を受けて固まり次に焦っていた。

「私、もう、成じゃないの。兵器、なの……」

 真也には、成の言っている意味が無情でも解らなかった。



 クオリアと成、2人はそれぞれ姿を変えていっていた、体から根を伸ばし床へとこぼれて張り、さらに衣服を破いて手の代わりに触手が生えて、かろうじて人間、かろうじて意識は残されていたと思われる、マバタキが繰り返されていた。だがそれはどう見てもヒトから離れて『生物』、作用の発端は遺伝子をいじられたのか薬物を投与されたためかそれとも別種との融合による結果なのか? という――ともかくも解るのは2人ともか成だけか、カツラギによって成の言う“兵器”の段階へと向けて実験体にされたことで、まだ段階、開発途上、制御機能は発明されてはいない――これは大いなる脅威だった、誰が責任をとればいいのか、議論は熱中(ヒート)するだろう、結末が見えていない。


 身体が勝手に暴走している、クオリアも成も。指令を出す脳までにと根を張るのも時間の問題だった。生物は進化してしまうだろう、細胞は餌を求めて食い散らかし増殖するのだろう、コピーを作り、終わらせようとは考えていない、目的を持たずか、支配が目的かは解らなかった。


 真也は手段が全然と思いつかなかった。成の触手に絡まれまいと逃げ、逃げてもやがては息切れ、頼れるはずのテレキネシスは命中を外し効率が悪く足ももつれて転んでしまった。もしテレキネシスによって命中した所で弾丸は成を貫けない、すんでで止まるだろう、何故なら目標物が『成だから』。真也の何もかもを狂わせていた。

 どうしていいのかが、解らなかった。見れば――


 これは成ではない。

(シンヤ、タスケテ……)

 そういえばいつも悲鳴は聞いたことがなかった。殺す時は、いつも聞けない距離からで。

(シンヤ、タスケテ……)

 でも悲鳴の声は知っていた。おかしいだろう、では一体、誰の声だったのか? いつも沈み悲鳴を上げていたのは。慰みのクオリアを描いていたのは。正当化していたのは。

(アナタノ心ガ欲シカッタ……)

 あれは真也、自分の。


 気が()れたかに見えた真也は銃を構えていた。使えない玩具だと踏んでいた銃は『シャープペンシル鉛筆型[SPE型]』で、針が飛び出す。だがこちらに来る前に予め猛毒を弾となる針に塗っておいたため、刺されるとその毒に侵されて死ぬ羽目になるのだった。即効性だが、個体によるだろう。


 成の意識は次第に真也に入り込み、真也を苦しめて真也は堪らなく束縛からの解放を願った、生きるために、そんな理由のために成を犠牲にしてでもやらねばならない、真也は常のように必死に言い訳を暗中から手探りで探して掴みかけて放して掴んで見つけようともがいて――


 成を下に押し倒し、幾十となって生えた『足』たちの気色の悪い波に絡まれながらも真也は銃を成の心臓に押し当てて引き金を容易く引いてそして。

 ついに、針は成を刺していた。「うがああ……あ……!」成の触手はぴたりと動きを停止してしまった。

 真也の全身に針が刺さったような錯覚を覚えていた。だが苦しみからは解放されていくはずで、もう終わりだ、終わりなんだこれで、終わりなんだ、もう――喘ぎは、天上に向かっている。



 生きていたくないと、真也は願っていた。


 ……


 カツラギは出来上がった実験結果を前に、思考を巡らせていた。「ふうん……」

 制御室には幾つかのディスプレイが設置され、それを通じて部屋の監視をしていたが、カツラギは成にもクオリアにもさして成功だとは思えなかった。自分が思っていた結果とは、差異がありすぎたためだった。

「こんなものか、人の意志とは……滑稽兵器としか、思えない」

 カツラギはそのような評価を下し、映っていたディスプレイの電源を順に切っていった。だが、映像を観ながら研究結果と睨み合いをしているうちに、カツラギは『訪問者』の気配を感じることができず、進入を許してしまったようだった。影が――背後に男が大人しく、立っていた。

 ライフルの銃口をカツラギの背中につけていた。かちゃ。その音にカツラギは振り向くことすらできないで両手を万歳とゆっくり……掲げていった。


「お守りご苦労だったな、カツラギ。――主人の留守中に」


 オリーブグリーンのロングコートを着た貫録のある若い男は、ドンッ、と一発、返答待たずにカツラギの背中を撃ち抜いていた。実験結果の書かれた紙と、カツラギの体は地面へと沈んでいった。このコートの男が現れるまでは信者も機械もカツラギの支配下天国だったが、長いものには巻かれて、服従の相手は変わるものである。ドクドクと体温の残る血液は流れ、カツラギは信者たちや男に見取られて、囲まれて息を引き取っていった。実にあっけなく幕は閉じられたのだった。


「竹刀様……」


 信者のひとり、体線の細い男がコートの男の名前を呼んでいた。他の信者たちも状況に落ち着かずにざわざわと騒ぎ出していった。


「口コミも、たまには役に立つ。少し行動が外部に漏れたようだったな、カツラギ」


 おろおろと女性が2、3人で固まって震えていた。「サンタメリア様は……?」そう尋ねる。

 ライフルを腰に片付けて、コートに隠した竹刀という男は、くるくるとした自分の巻き毛を指で遊びながら「んー? サンタかあ?」と適当加減さで答えていた。

「今こっちに帰って来てるんだろうよ。安心しな、ご主人様はぴんぴかぴんと無事だから。クーデターはホレ、未然に防げたみたいだし」


 竹刀は言うと、コートの裾を翻して「後始末よろしく」と軽く言い残し制御室を出て行った。出るとすぐに、竹刀は下方でもたついていたアユリカに下半身をぶつけてしまっていた。「おっとすまん。おー、アユリカ、お疲れさん。お前たちがしっかりと見守ってくれてるから、こっちも助かってるぜ」

 にっこりと笑いかけながら竹刀はしゃがみ、アユリカの頭上をよしよしと撫でていた。

「さてと……」

 重い腰を上げて、向かう所へと、髪を掻きながら歩いて行った。……



 情報は、与えるものではない。または、与えられるものではない。

 情報は、使うものであると記す。(おのれ)左右されずへ。

 金と同じだ。使うべきにして使うものだった。使われるなと。


 ……



 クオリアに『遊ばれ』ていた直人は、服がぼろぼろになっていた。

「キャハハハハハハ。どんどこ破けー」

 直人は丈夫な体のおかげでクオリアからの攻撃には耐え得るが、服の方は耐えてはくれなかった、もうダメだ服は勿体ないが諦めようと直人は馬乗りになった姫、もといクオリアからの解放を願っていた。完全に『遊ばれ』ていた。


「何やってんだおま」

 間の抜けた声が入口から聞こえてきていた。竹刀、その男。回りにはキャーキャーと歓声を上げているヤオパ族をつき従えていた。ヤオパ内ではアイドル扱いだった。

「兄貴!」

「よう。修行から尻尾巻いて逃げだした我が弟、何してる。クオリアの奴隷か?」

 あまり笑えなかった直人だったが、安心感を得たようで、顔がほころびていた。

「お兄様なの? 孫竹刀……しなーい! お帰りなさあーい!」

 クオリアは直人に跨って乗ったまま元気に手を振っていた。

「おおクオリア、元気そうだな。それはそうと、お前の下にいる直人はそんなへっぽこでも大事な俺の弟なんだ。放してやってくれ」

「はあーい」

 気持ちのよい返事をして触手を絡めとり『片付け』たクオリアは、疲れたと言って部屋へと戻ってしまおうとしていた。それを制して竹刀は医療室へ行くようにとクオリアに言いつけていた。

「えー」

「えー、じゃないの。俺らの留守中、カツラギサンに何かされてないか検査しとけい」

 クオリアは面倒くさーい、と触手をぶらつかせて文句を言っていた。



 直人と竹刀、2人はともに並んで歩き、久々に会ったと話に花が咲いていた。昔に遊んだ記憶しか残っていないが、懐かしさと嬉しさで積もりに積もり、直人は溢れそうでいっぱいになっていた。


「皆、元気か?」


 アクラムを捨てた直人にとっては、帰り辛さがあった、理由がないと帰れないと思っていた。2人は垂直エレベータに乗りながら、地下へと降りていった。


「元気さ。佐瀬流(させる)がまた恋愛トラブル起こして家が爆破されたけど、虚空(こくう)兄貴が金で解決してくれた。あー、金は便利」

「おい……」


 竹刀の近況話に何処で突っ込んでいいのか悩まなくていい所でまた直人は悩んでいた。そんな風にふざけていたのか本気だったのかは本心不明だが、竹刀は直人に直入に聞いていた。

「この国の……この星の未来を、どう思うか直人」


 ……少しの間を置いて、直人は真面目だが嘲笑い答えて言った。


「腐った連中だ……争いが絶えない、いつも何処かで争いごとが起きているんだろ性懲りもなく。私利私欲に走りやがる、反吐が出る……」

 竹刀は、はは、と笑い、「一側面だ」と付け加えておいていた。


 大司祭サンタメリアと孫竹刀は一度、意気統合をしていた。

 この宇宙の政権を手に入れようと考えている、と言う。


「政、権、だと……?」「この宇宙を動かす見えぬ神は、何だと思う直人」

「見えぬ神……?」

 いきなり壮大だぞと直人は言い返せずに詰まっていた。竹刀はまあ分からないさと肩を叩いていた。


 エレベータは階ごとに停まっていた。乗り降りする者がいるたびに、話は沈黙を挟んで進んでいた。竹刀は見えぬ神はラッカルドだと言っていた。直人は後ずさり驚嘆していた。

「ラッカルドが!? そんなバカな、奴らは……ただの金儲けじゃないか」

 直人が大声で反論した時には、2人以外にエレベータは無人だった。しばらくの間の長い沈黙は、竹刀が打破してくれていた。

「奴らは金で、宇宙を買ったのさ」

 嫌な汗を直人は流している。「この宇宙は……」「奴らが神なんだ――変える」

 竹刀の目は、腐ってはいなかった。



 エレベータを降りて、直人と竹刀の2人が行き着いた所に真也と成がいた。しなくてもいい戦闘を『させられ』たのか成は、真也を襲い、脳から意思は遠ざかっていっただろう。真也が放った針の弾丸は成の心臓に当たり刺し、猛毒で汚染された成は真也の腕のなかで――


 願われた幸せを夢見ているのかもしれなかった。


「どうした真也、成は……」

 駆けて近寄ってきた直人に、真也は何の受け答えもしなかった。銅像のように成を抱きかかえて座っていて、だらんと体を真也に預けて意識を失っている成に――目を離さなかった。

「成が……」

 固まった頭と体のまま、真也は思ったことを言っていた。


「あたたかくないんだ……」


 真也は成に抱きつかれた時の温もりを懐かしいと、思い出していた。

「成が冷たい……」成は下半身だけを根のまま、成の原型は保たれたまま息をしていなかった。



 真也からは涙ではなく、汗がひとしずく、……流れていた。




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