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シュセンド・12


 不穏な動きが潜んでいた。


 シールドで囲まれたサンタメリアの“楽園”は、見せかけにすぎなかった。金を積まれて手を繋ぎ形となって現れたものは滅びへと時間をかけてゆっくりと進む。名をつけてはいけないと言われているように、神をつくってはいけないとされているように、理想は叶えば滅びてしまうだろう。形あるものいつか壊れる、何故なら、触れるからである。


 サンタメリアの理想や地位を妬む者も少なくはない。


 ……



 アユリカに案内されていた成だったが、出口にと辿り着く前に成はイチかバチかの賭けに出ていた。アユリカに、クオリアを知っていたら案内してほしいと頼んでみたのである。

 まさかね、と成も無理承知のつもりではあったが、アユリカは方向転換をしてしまって、来た道を戻っていったのだった。それを見て『まさか』に成はごくりと唾を飲み込んでいた。


 施設内は延々と同じような窓や扉、壁が連続していて戸の開いた隙間から信者が修行や瞑想をしている様子が見えていた。外からランニングをして帰ってきた者や、白衣を着た医療関係者ともすれ違っていた。特段変わったことのない、信者とは側面だったのだろうかと成は黙ってしまうばかりだった。


 突然、地震が発生した。「! きゃ」

 建物全体が揺れていた、数々の悲鳴があちこちから生じていた。成は思わずアユリカにしがみつき、揺れが治まるのを待っていた。始め断続的だった揺れが感じにくくなってくると、成からアユリカは逃げて飛び出し左右にふらふらと進んで行ってしまっていた。成は焦ってアユリカを追いかけて行った。「待ってよー」バタバタとみっともなく走り出して階段を降りていくがアユリカを見失ってしまったらしく、案内がなくなって愕然としてしまった。「あちゃー……迷子だ」仕方なく、成は自力で真也たちを探して出口を見つけようと肩の力を抜いた……その直後だった。



「道に迷ったの?」



 透き通るようなムラのない声が成に呼びかけていた。成が振り返ると、立っていたのは白のモチーフ繋ぎを織り込んだワンピース姿の美しい女性で、ウェーブのかかった金髪はふわふわと気持ちよさそうに泳いでいた。信者の人かなと思った成は頷いて、「その……と、友達と見学にきたんですけど、はぐれてしまって、へへ……」と誤魔化していた。

「ご一緒しましょうか……そうだ、もしよろしかったら、私の部屋へ来ませんか?」

 女性は、微笑んで成を誘っていた。成はどうしようかと悩みながら「それじゃちょっとだけ……」と承諾しようとした、すると。


「こんな所で何をしておいでです」

 階段から降りて突き当たりにあるエレベータから、厳しい声がしていた。成は見てまた驚愕した、ひるみ、一歩後退りをしていた。すぐさま逃げてしまった方がよかったかもしれなかった。

(げ)

 相手はエレベータからこちらへと直進してきていた。成に関しては降りた時から知っていたようで成の前に立ち塞がると、腕を掴み上げていた。「ひっ」乱暴に掴まれて成は血の気が引いていた。


「無事に逃げられたようだな。強運……いや、武器にでも助けられたかな?」


 男は軽く笑って成を見下していた。……いいえ全然、と成は言ってしまいたかったが、隙がなく顔を歪めて痛がっていた。

「カツラギ。どうしてそんなことをするの……」

 女性は無垢に、そんな素朴なことを言っていた。

「クオリア様。部屋へとお戻り下さい」

 両者の会話に成は、あまりにも自然すぎてさらっと聞き逃す所だった、目を見開いて女性に怒鳴るように叫んでしまっていた。



「クオリア!」

「クオリア!!」



 音が二重に重なっていた。この時に叫んだのは、成だけではなかったのである。

(え……)

 場には、もう一人の来客がいた。見回しても何処にも姿がないと成が奇妙さに躊躇(とまど)っていると、やがて天井を破壊し崩れ落ちてきた石や砂埃のなかから『彼』は着地して出現した――衣服が汚れた真也だった。

「し……」

 次から次へと思ってもみなかった者が待たずに現れて、成は開いた口の閉まる暇がなく渇いてきて過ごしていた。こちらも間を置かずに地震が再びに襲ってきていた。「きゃああ!」「クオリア様、ご避難を!」混乱していたなかで、何者でも目を覚ます活の入った大声は真也が出していた。



「クオリアに触るな!」



 敵意をむき出しにし圧力をかけた精一杯の攻撃だった。滅多に聞いたことのない真也の核心に触れる声は、成には例えようがないほど悲しいことだった。どうしてそんなにも。成にはいまだに解けない謎だった、そして。

 悲しかった。


「クオリア様、おさがり下さい」

「ゲン……」


 クオリアの壊れそうで不安気な顔は続いていた。カツラギは、真也を振り払うように手をかき回す、だが、余裕を持って難なくかわした真也は、腰に差して持っていた銃を瞬時に取り出し構えて一発を鮮やかに撃ったのだった。トヒュン、音は風を裂きカツラギの頬をかすめていった……真也が構えていた銃の名は『クオリア』、その名に惚れて金で手に入れた玩具、持つだけで使うつもりはあまりなかった。

 カツラギをかすっただけのことだったが、クオリアには脅威だった。「ヒ」短く声を上げ肩を竦ませて真っ青になっていた、押し寄せる『何か』にはまだ誰も気がついていなかった。


「クオリア様、部屋へ!」

 カツラギがもう一度クオリアを呼んでいた、しかしクオリアは身を震わせて足は動かず、縮こまってカツラギの頬を見つめていた。「クオリア様!」何度も呼ぶが、クオリアは動かなかった。「いや……」仕舞いには、抵抗していた。「いやよカツラギ……」カツラギの頬に流れたもの、それは一筋の赤い血液だった。

「クオリア、俺と行こう! こんな閉鎖的な所から……」

 横から真也は手を出してクオリアに……初めて触れていた。「いやああ!」化け物を見たようで思い切り真也を拒絶していた。

「クオ……」

「来ないでぇ、怖、い、よぉぉお!」……

 頑なに拒むクオリアに、真也は頭のなかが真っ白になっていた。そしてまた忘れずに地震がきて、立つことが段々と困難になりつつあった。力を持った地震は猛威をふるう、いや本当に地震だけのせいなのか、壁には大きく亀裂が走り、縦揺れは横揺れに、酔う間さえも与えない猛攻撃は始まっていた。大理石で出来た床の一部は割れ、飾りの絵画も割れてオブジェは砕けて粉々に、窓も、天井も、柱も、……人も。通りがかっただけの生物は、狂いねじれて柱に身を打ちつけていた。


 成も重い頭痛に悩まされていた。「う、……」耳のなかへ、甲高い音が侵入してきていた、共鳴なのか、説明がつかなかった。この現象に名をつけるとしたなら、クオリアの。……


 クオリアの、暴走だろうか。「う、ううう……」


 混乱のなかに駆け込んできた者がいた。


「クオリア! 何処だ」

「お父様あ!」


 天井が崩れてきていた。もう無茶苦茶だった、揺れは酷さを増し、もう立てない、カツラギも、真也も、成も皆……倒れておいて頭を庇い祈るしかなかった。その間に見つけて激しく息を切らしクオリアを迎えに来たのは司祭、クオリアの父親でもある――サンタメリアだった。


「おお、可哀そうに、クオリア……」


 同情の意を込めて、司祭はクオリアを優しく抱き締め、地震は……止まった。……この始末をひとり、楽しんでいた男がいたことは表に出ることはないのだろう。

(これでいい……)

 カツラギの口元は醜く歪んでいた。


 混乱は鎮まり、成たちは失いかけた平衡感覚を取り戻そうと傍の物に寄りかかりながら立ち上がっていった。だが正気をどうにか取り戻したと自覚した時には遅く、身の安全が失われつつあった。

「ゲン、お前がついていながらどうしたことか。この騒ぎは」

 サンタメリアは憤慨しカツラギを睨んでいた。カツラギは頭を下げて、司祭に謝っていた。

「申し訳ありません、全ては、こいつらのせいでございます」


 こいつらと指されたのは真也と成で、カツラギは涼しい顔をしていた。司祭は興奮し、命を下してまた興奮して言った。

「こいつらを捕まえろ! 然るべき処置をとれ! わかったか!」

 怒り狂った司祭とは反対に、カツラギの返事は「わかりました」と冷ややかなものだったという。



 地震はクオリアが起こしたものだと完全には言い難かった。司祭は報告を受けている、サンタメリアの教えに反対するマチサレムという一派が空撃を施設内に仕掛けてきたのだと。見せかけだけで実際は外からの攻撃を防げないシールドを容易く突き破り、攻めてきたのかと思えば旋回して去っていった、こちら側からしてみれば、悪の存在である相手だった――


 真也は、柱にくくりつけられていた。成は両手を後ろに縛られて、熱湯の入っていた桶を見せつけられていた。平和を脅かす者は罪人、悪で、女であっても許しを請うても罰は与えねばなるまいと、線引きしたがる面があった。カツラギが2人を牢から拷問部屋へと連れ出して、司祭の言っていた然るべき処置とやらを実行に移していた。カツラギにとっては初めてではなく速やかに用意はされていて、拷問のためにとつくられた空間は外界とは完全にシャットアウトされていた。


「お前たちの目的は何だ? クオリアを連れ出して、……どうする?」


 粗末なイスに座ってカツラギは倒れていた成の横に、柄杓を携えて桶を叩いていた。カツ、カツ、カツ……切迫された時を流しているようで、凍りついた空間にはちょうどよく合っていた。


「クオリアを、此処から連れ出す……救い出す」

「救い出すだと? クオリアが、望んだことだとでも?」

「そうだ……」


 クオリアも同じ場にいた。そこだけが特注で作られた待遇で、抽象で描かれた布地のソファ、白く汚れない一本足のテーブルがあり、クオリアは楽に姿勢をくずして真也たちを興味深く観察していた。

 話を振られてクオリアは、一体何のことやらなのと嘘のつきそうにない顔でしれっとしていた。


「私が? 何のことかしら。だって私は此処にいるのよ、何処へも行かないし、あなたたちにも会ったことはない、望んでなんかいないわ」


 真也には話が違う、とでも言いたげだった。このズレは何なのか、気持ち悪さは拭えなかった。

「ねえカツラギ、ちょうどよくない? 例のほら、あなたがしている人体実験。あれを試してみたら? ……」


 話の方向は思わぬ所へ転ぶ、サッと翳ったカツラギのなかに、ぬくぬくと育っていた奇怪な熱は、日のめを浴びていた。

「ほお……クオリア様がよければ。……おい、アプリカ!」


 カツラギがそう呼んだのは、自動人形(オートマタ)だった。巡回中を他の信者に連れてこられた彼女は球体関節人形で、顔は一眼レフ、皮膚はSOG―Siで作られていた。妖艶で美しいとされたが生産を繰り返すうちに機能を優先され、ただの機械人形と評されつつあった。


 口のきけないアプリカは信者とともに、言われた任務を遂行する……真也と成を、別室に連れて行こうとしたのだった。体温のない自動人形に引きずられて、成はぞっとして抗った。「いやだ、放して!」縛られていた手の紐は解けそうにはなく抵抗しても空回りする、それでも成は諦めずに叫んでいた。


 脅しているのかどうなのか悪びれもなく、クオリアは成と真也に『実験』の内容を教えてあげていた。

「実験体になった人たちが投与された薬物の正体を教えてあげる。サイへヴン、PSY―HEAVEN。脳にある情報量最大限を引き出し幻覚を見せ、能力、超能力を強化、促進させる薬物。夢を見れるんでしょ……最高じゃない?」


 クオリアには常識というものがなかった。限度も知らない、自分の価値観だけで物を言っていた。平和にかまけた者の言い、恐怖から逸脱した投げ言葉の数々。責任もなければ始末も考えなかった。


「助けて! 真也、直人!」


 先ほどのカツラギへの報告を思い出していた。『地底民族マダルキシュの連中、4名のオークション出品登録が完了』、生き残れたのは4名だと言っていた。生、き、残、れ、た、のは……。成はアプリカにすがった、助けてほしいと、願っていた。


 真也に動きがあった。テレキネシスで紐を解く、自由になった真也の手は、伸ばされていた……



 クオリアの方に。



(え……)


 表情が無の変わらない真也は、クオリアの名を呼んでいた。「クオリア、行こう!」……何度でも呼びかけるつもりだった。真也は最後まで諦めなかった、粘っていた、例え振り向かれなくても、手をおろさなかった。

 成の前でも変わらなかった。

(真……)

 成はだらりと手足の力を失くして放り投げていた。扱いやすくなった成を、信者とアプリカは運んでいった。出て行ってしまうまで真也は成の方を向いてはくれず、クオリアを求めていた。

(私よりクオリアが……)


 成は目の光を失っていた。ガラガラと、足下が崩れていく――しかしそれは成が見た幻覚だった。


 アプリカや信者が群れてきて、真也に集まり襲いかかろうとする頃には真也はついに諦めて転移(テレポート)し、クオリアとカツラギだけとなった部屋は、静かになっていた。

「さてと……」

 カツラギが、今は運ばれいなくなった成を指して言っていた。

「あいつらに見捨てられて、どんな夢を見ているかな、お嬢ちゃん……何なら、俺がいい夢を見させてやろうか?」


 幻覚のなかで、成はカツラギの腕に抱きかかえられ、力を失くしていた。クオリアは全く関心を寄せず、「お腹すいたぁ」と部屋を飛び出して行った。




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