シュセンド・10
紹介された武器商人は、ゲン・カツラギと名乗っていた。
「よろしく。ふふ、可愛い子たち」
品のあるウィッディ系の香りを漂わせ、髪の色は成の金にも近く、繊細な髪は自然に切り整えられて美しい。立ち姿は手本のように、脚は長く、指輪やブローチなどの装飾が彼の引き立てに釣り合いがよくとれていた。彼、そう、男だった。「あなたたちに合いそうな銃を紹介させて頂くわ」カツラギは、真空式のアタッシュケースを持ち込み、ゆっくりと開くと、真也たちの前でお披露目していった。
成は興味津々、真也も直人もカツラギの手もとに集中して銃が紹介されるのを待っていた。早朝に起こされて成と真也は始め直人を不機嫌に部屋で迎えてしまっていたが、眠気でぼんやりとしていた頭は次第に覚醒してきたようで、視界ははっきりとしていった。
直人が連れてきた男、カツラギを迎え入れて空気は一変していた、身に着けていた香のせいだろうと思われた。「10挺選んできました、まずはこれね」口調が女性のように物腰柔らかく滑らかだった。つい身をのり出して聞きに入っていた。……
以下が、それだった。
・『わをん』自爆用。後がない、という意味でXYZと似ているが、“和音”とも掛けている。銃声の音色が美しい。
・『わをんR』わをんより大型、強力型で、周りをも巻き込む恐れがある。音に酔う。
・『ダムダム銃』ダムダム弾専用。ダムダム弾が飛び出す。ダムダムしている。撃たれるとダムダムし、抵抗不可能ダムダム。
・『睡眠キカ学発生銃』眠るようにして安楽死し、死んだあとは水分蒸発でミイラ化するかもしれない。
・『シャープペンシル鉛筆型[SPE型]』シャープペンシルを知った鉛筆の気持ちになり、見た目は鉛筆だが先っぽからはシャー芯が飛び出す仕様……芯ではなく、針。
・『ピーストル』撃たれたら体が痒くなり笑いが止まらなく幻覚を見る。“ピース”という薬物が入っている。
・『マグフォ』普通の銃。8発までしか撃てない。しかし同時発射ができ、一度に2発以上の弾が撃てる。
・『マグフォファイナル』マグフォ改造銃。マグフォの耐久性を追求し限界に挑んだ。8発撃ってしまうとあとは使い捨てるしかない。
・『パナショニック』普通の熱線銃だが電池式。軽量で女性向きだが電池式。何が言いたいかというと電池式。ソーラーにも対応している。
それぞれ銃の個性があった。真也には鉛筆型の[SPE型]が渡された。「何で?」「何となく」真也が頭を捻りながらカツラギから銃を受け取って、カチャカチャといじって遊んでいた。
成にはパナショニック、直人にはマグフォが渡された。別に何でもいいと全員が思っていた。直人は昨夜、カツラギではない武器商人と交渉に当たっていたらしいのだが、提示されたべらぼうに高い金額に直人はとても手が出せそうではなかった。そのため諦めて帰ろうとすると、ひょっこりカツラギが何処からともなく現れて直人を誘った、カツラギは金額についても了承して、安価で手頃な持ち銃を集めてきたのだった。買うに安くて済むが、ほんのばかり真剣味には欠けていた。
「9挺しかないが?」
直人がマグフォに弾を装填する仕草をしながら気がついた。「最後はとっておきの、これです」カツラギが待ってましたと取り出した銃は、精巧に出来ていた。
『クオリア』――H2O/湿気と光と細菌から精製して弾を自動に作り出し、弾数は無限、ただし使用しない時はOFFにしておかないと暴発するので、怠け者にはリスクが高く扱いづらい。威力は大きく“遠隔”にすると最大で30メートルは飛ぶ。
銃の名を聞いて瞬間的に敏感反応を示したのは真也だった。深く考えず、喉から手が出てしまった。
「その銃をくれ」
真也は真剣だった。カツラギは何故そんな態度を、と驚いていた。「私たちクオリアを探しているんです……」成が横から口を出して簡単にわけを説明していった。
「偶然、ねえ……」
カツラギは、はぁ、と銃を渡しながらため息で奇妙さを覆い隠していた。首辺りを撫でながら何ごとかを考えて、まあいいかと受け入れてカツラギは言い出していた。
「クオリアなら、ウチにいるけど?」
あっさりと、交渉は滞りなく続いていっていた。
淡白なカツラギは口が軽く、自らの立場も判っているのかいないのか、素性を明らかにしていった。カツラギ、彼の言う『ウチ』とは、成たちが訪問したクリウムの本拠地のことだという。
彼は大司教サンタメリアの補佐役に身を置いていて、クオリアの警護や教育まで任された司官の役職だった。それが真かどうかは彼の口からでは確かめることができなかった。「何という偶然」成たちは懐疑に悩むしかなかったが、カツラギにとっては論も持たずで、「来ればいいわよ、会えるから」と誘いかけていた。
あまりにも旨い話だったが、カツラギについて行くことになった。
ロスモ、北と南を山脈で挟まれた、自然と共存性の強い土地だった。いつしか砂漠化が進み深刻化し、原子爆弾の開発目的として国立研究機関が創設されて以来、天然生物は絶滅するか寄りつかなくなる一方、技術者の志願の場となりつつあった。通信技術、環境、レーザー、材料工学、生命技科学、ナノテクノロジー、高エネルギーなど時代ごとに先端科学技術は施設と予算を増やし、総合研究所として発展・発達をしていった。
そこから派生したのか考えにくいが、ある勢力は技術と予算を与えられ拡大してしまった、その勢力が……サンタメリア、宗教団体の一派だった。注釈が要るが、この宗教団体には正式な名前が無い。名前を表すことは曝すことであり、曝す、とは――(1)広く人々の目に触れてしまう、(2)危険な状態に置かれる、(3)さらしの刑に処される、として防壁を張っていた。代表してサンタメリア、司祭の名が使われていた。
サンタメリアは輪廻と転生、レンタルの教えを理念に信者を着実に増やし、研究機関は彼の支配下へと『協力』という譲歩で介入されて境界は曖昧になってきている。ロスモ国立研究所、今は施設の姿を残してはいるが、旗が象徴に掲げられていた、永遠なるリングのなかに、傷をつけたように刻まれた十字の記号、皮肉にも不可解にも、それで傾きなく調和がとれている。白地は平和を強調するのか、果たして――。
本拠地に到着した。カツラギを案内に、門を開く。
「クレイスム・プルーダ(こんにちは)」
化石で出来たとされる大門は、ハードスコープによる瞬時の識別を終えてカツラギが率いる客人たち、成、真也、直人を順に通していった。施設で敷き詰められたと彼方遠方、丘から見下ろしていた景色は、足を踏み込んだと同時に挿げ替えられてしまっていた。緑が、森が現れていた。
「風が……」
成がめくれる上着を押さえ、肌に当たる風へ疑問を出していた。湿り気を帯びていた。
「地下水路があるの。規模が大きい、そのせいね。数日前に局所大雨が観測された場所から引っ張ってきているけど、少し寒いわ。まだ微調整までは時を要するのね」
カツラギが説明しながら先へと急いで、施設の昇降口へと入って行った。入る前に成は一度、360度の景色を見回してみていた。楽園という名に相応しいのではないだろうかという景色……遠くで鳥はさえずり、空気も森のおかげか澄んでいて清々しい、光に反射し輝いているのは噴水だが人工で出来ていそうとはいえ自然ととけこみ一体化していた、彫刻という芸術品が無人の代理で見張りをしていた。自然との共存……そこに美があった。「行くぞ、成」
「うん」
此処ならクオリアはいるかもしれないと、成は思っていた。
「外から見れば信じられないでしょう? 此処は。それもそうよ、この敷地全体に量子化シールドを張っているし。まだ防御には開発段階だけど、視覚的な効果だけを先に今は重視しているの。対ミサイルには程遠い……金と時間がかかりすぎてねえ」
視覚的効果、要するに『見てくれ』だった。成たちのように、外観からでは施設敷地内の快適さは分からないだろう、『だまし効果』とも言われていた。「なるほど……」成は空しか見えない空間に、絵の描かれた壁があるのだと解釈し、もっと何かないかと興味が注がれていた。カツラギの説明を待っていた。
「所々にアユリカという案内ロボットがいるの。もし迷子になったら使うといいわ」
待たずとも、カツラギは返事を期待せず話し続けていた。
「森や施設内に信者がいるのよ。君らみたいな一般人がね。宗教って聞くと大概、セールスや詐欺への勧誘みたく思われて嫌になるのよ。彼らも普通の生物よ? ちょっと住む社会の気風に合わないだけで……」
カツラギは、おしゃべりだった。
地下エレべータも使い、入り組んだ施設内は長かった、迷路で楽しんでいたわけではないが、成は疲れが出てきたのか足の裏が痛くなってきていた。直人や真也は平然と過ごしている。カツラギは相変わらず話し続けていて、成が休みを願い出ようかと思った矢先だった。
カツラギの足が、ふと止まっていた。
「この先にお求めの『クオリア』がいるわよ……どうぞそのドアから入って」
促されて指し示した方向には、黒の入口だった。真っ黒、模様も取っ手もない、四角く塗られただけのようにも見える。「入って、って……どうやって」成がどういうことかと『ドア』に近づこうとすると、直人が前に出て言った。
「待て成。俺が先に」
直人が歩み出て、黒いそれを凝視していた。「何だ、ドアが開いててなかが暗いだけだ」
直人が言うと、カツラギが補足していた。
「そうよ。照明はなかだわ、クオリアったらドア開けっ放しで……奥で寝ているのかしら」
カツラギが呆れて物を言っていると、成も真也もドアの付近へと近づいていった。「なかに入っていいのかしら……」成がひょこりと部屋へ頭で覗き込んだ、その時だった。
どん。
全員、背中を順に押されていった。
落下して、折り重なって着地していた。一番下に直人、真也の上に成が載っていた。
「ぴい……」「ぐ……」
光が入ってくるのは入口からのみで落ちた所に明かりは無く、直人の呻きはよく通っていた。「ど、どいてくれ苦しい……成の方が重い……」さらりと失礼なことを言っていた。「何も見えないいー怖いー」成は混乱していた。
カツラギだけが落下していなかった、落ちずに、入口付近で留まっていた。それもそのはず、成たちを落とした張本人だったからである。
「悪いわね……悪かった。ふふ、此処までご苦労」
ドアはドアではなく『穴』だった。カツラギに誘導され、『ドア』だと思い込まされていたにすぎなかった。もっと言うと、入口は高い位置にあり地面は遠かった……重力に沿って格好悪く3人は落下していた。カツラギは楽しそうに高見からの見物、しかし残念ながら成たちの姿が暗くて目視できなかった。
「まさかクオリアを外部の者が知っていたとはな。危険と判断、君らを排除するよ。役目なんでね」
カツラギの口調はがらりと変わった。カツラギという『男』、暗闇に落とされた成たちとは違い、歩いてきた通路の明かりのおかげで逆光だが顔はまだよく見えていた。だが、表情はなく味気なかった。
「わ、私たちをどうする気なのよ!」
見えないが成は怒って叫んでいた。カツラギは見下して言い放っている。
「そこにいる奴に聞いてみたらいい。……グッドラック」
恐怖を煽る言葉を残してカツラギは去って行った……あとに恐怖は、現実のものになった。
ぐるるるる……
強い白光が並びに2つ、それは眼光で、活力という炎が燃えて熱さが空気という波にのり。
制御を外した獣は成たちに襲いかかろうと、光をなおいっそう強めていった。