シュセンド・1
※内容に残酷描写がありますので、脆弱な方や苦手な方は読むのにご注意下さい。
この話は地球語(日本対応)表記で書かれています。言うまでもなく、フィクションです。
空想科学祭2009 参加作品。企画サイトは以下です。
http://sffesta2009.konjiki.jp/
宇宙で指名手配されている凶悪犯に懸けられた賞金は、安いものだった。たったの100万PYから1千万PY程度の金額だった。光の者は、闇の者にその程度でしかない規模の懸賞金を表明している。
だが、闇の市場では。
闇の者は光の者に、1億PYから1無量大数PYが相場の賞金を懸けているという。それによって、時の主導者や権力者が銃弾に倒れることなど闇では通例だった、さて……。
此処からひとりの、『シュセンド』の話を始めよう。
開発と発展途上の渦中に属する埋立型準惑星、アーノルド。そこでは、正規のアーノルド式オークションが行われていた。数百兆からなる取引きが随時進行しており、アーノルド暦93年4月9日その日、大々的に注目されていた目玉商品は、マイドリアン公爵がかつて所有していたとされ、亡き後に年月を経て贋と紛うことなく出品された“禁じられた壺”だった。時価は、過去100億PYまで上り詰めたことのある代物でもあった。
価格は正午の現在、すでに8千万PYの値がつき公開されていて、知る入札者は変えられず自動、与えられて希望または絶望へ、或いは手をつける者、考慮し離れていく者、傍観と洒落こみ成り行きを追う者などと、情状に合わせて左右されていき判断を下していっていた。オークション終了予定時刻の数時間前に、価格は沈黙したかのように止まっている。
約20万人が日平均で行き交うと言われる都市、商業集積地アツラの、ビル壁面に設置されていた大型ビジョン(アツラビジョン)からダイレクトに発信されている情報を前に真也は、眩暈を起こしていた。「あつい……」体から熱を発していた。
2・9ベクトル。真也のなかで、何かが傾きかけているらしい。合成樹脂でできた衣服は、腐食はしていないものの熱のせいで劣化が箇所で見られていた。袖なしで上は三重に、軍服色のスラックスと合わせで着こなされた彼は手ぶらで雑踏を歩き、平面幾何学式に造設された民間庭園へとふらふら覚束ない足を運んでいた。
いくらまで釣り上がろうが競られようが、競売の結果に関してはこれといって然して興味はなく、それが彼のまだ未成熟である心身の成長過程を妨げるようなことは別にない、なかった。それより、大庭園、大公園をさ迷うように石舗装された道なりに沿って歩き、彼は対向してきていたひとりの少女と肩が激しくぶつかってしまったのだった。
「あ、ごめんなさい!」
腰のあたりにまで長い、金髪に近い、ゆるりと柔らかく揺れる髪の持ち主でもある少女は、すぐに真也に謝っていた。だが、少女が手に束で持っていたと思われる紙の数十枚かは、空中で遊びのように舞ってしまっていた。ひら、ひら、ひらり……そよ風にも逆らわず、数枚は思わぬ所へと飛んで行ってしまいそうになった。
「きゃああ大変!」
少女が慌てて紙を追いかけていた、やはり髪を揺らしながらだった。シルクのような滑らかな艶の髪は、ひとつに束ねている。
真也は、無言で神経を集中させていた。「……」見えない何かが、彼の元へと集まってきていた。エネルギーへと変換したそれは、目の前の対象物へと注がれていく、いや、対象物『たち』へと、向けられていた。
ピ、ズドン、ぱた。
もし関西人が此処にいて様子を音で表したなら、きっとそう表現するだろう、ばらばらに飛んで行きそうになった紙は意志を与えられたか、重力を与えられたのかに見えて、下へと急降下で落ちてしまっていた。全ての紙が一斉に揃って落ちたことにより、異様な光景となってしまった。「何……」
時々、傍を通りかかった通行人が不思議そうな顔で過ぎ去っていった。
「今の、あなたがしたの? ……驚いた」
少女はまだ、状況についていけずポカンと呆けて、彼の頭から足先までの全身を見つめていた。
「とにかく拾ったら……チラシ」
冷やすには2人に丁度よく、冷ややか、冷静な声が彼から浴びせられていた。「そ、そうね、えへへ」言葉の通りに少女は素早く、石並びの地面じゅうに散らばったままの紙を回収し始めた、真也も、今度は『手を使って』拾い集めてあげていた。「ありがとう」紙を再び束に戻した後は、和やかに会話が始まっていった。
「びっくりした……凄かった。此処には、各地からイミン(移民/異民)が多くて色んな力を持った種が大勢いるけれど……あなたみたいにサイコを正確に出力できる者なんて、初めて見たわ、他には、どんなサイコを持ってらっしゃるの?」
まだ興奮が治まらないのか、少女は紙の束を胸に真也の顔色を観察していた。サイコ――『精神』という意味を持つ。だが少女は違って、今では能力者、[サイコキネシス]という意味合いで使っていたようだった。さいこきねしす、サイコキネシス。手などを使わずに物を意思で動かす念動力のことである。
真也は、「俺のはただのトリック程度だ、ただの……テレキネシス。言葉の通り、[遠隔][動作]させるだけ」と謙遜していた……か緊張していたのかどうかは判らないが、あまり気軽に話せやすそうなタイプではなかった。
付け加えて、「至近ならテレパスやテレポートも可能」だと彼は言っていた。
「ふうん……でも凄い、私にはできないや。せいぜい芸ができる程度なの〜」
ぺろ、っと舌を出しながら少女は、自分は成、園木仁成(ただし此処では日本語/漢字表記)ですと名乗っていた。名乗りながら真也に、抱えて大事に持っていた束から紙を一枚、手に取って抜き渡していた。そこには『カチョウフウゲツ』と一座の名前が書かれたサーカスの案内がされていた。アーノルドに滞在している期間中の3日に一度の公演で、成は一座で育ち、空中を使った舞芸が得意なのだという。
「よかったら観に来て下さいね! あそこの看板の裏で練習している仲間もいたりしますから。成に聞いて来たって言えば、きっと歓迎してくれますよ! ……じゃ! 今日はちょっと急ぎで、ごめんなさい」
成という少女は日向の匂いをさせて向かっていた方へとまた小走りに駆けて行った。横目で成を見送った後、真也は両腕をさすりながら身震いして、ふ、と軽く一笑してみせていた。
(おかげで、熱を追い出せた)
先ほどまで苦しんでいた身体は楽になり、足取りが軽くなっていった。
しかし真也は成に言われた方角へも、進んできた方向へも戻り向かおうとはせず、全く別の道へと切り替えたかのように歩き出している、切り揃えられた草花や芝、規則正しく配列されて整い装っている綺麗な石畳の道を行く。さて体調が戻った、実行するかと彼は大空をこんなものさと見透かしていた、『俺は行く』……行く。
光の者を殺すため。
……
ベイグラウンド、トキノ会長。アーノルド北緯35度40、東経139度46のユーリス地域にて輝岩石マコウを採掘するのに規模を拡大着工し、マコウの特性を生かして発展事業による大成功を収めていた。マコウ……それは自己反応性物質が多分に含まれ、燃焼に必要な酸素をほぼ用いずに酸化還元反応と類似して破壊的エネルギーを発生させることができる、爆薬には適した非常に危険な鉱石である。発見し研究され尽くす域にまで達するのに数十年と労したが、扱いには理解を示しついには開発技術者の祈願勝利か、年々と死亡・暴発事故の数は減少していっていた。
悲惨で苦汁の経緯を経たものの、制御、管理体制システムの確立や事業推進に拍車をかけ、貢献したとして、被災した民間や医療、各自治体方面からは社会的功績を多く大きく讃えられてはいるが……水面下では、分からなくなってきている。
マコウから得た収益は推定だが、年間数百京にはなるのではないかと噂されていた。宇宙にも勢力を伸ばした事業の中心となるべきトキノ会長は病災どころかピンピンしており全くもって健在で、今年で還暦を迎えるらしかった。
時間が夜の刻に入り星の姿が雲間から見え隠れと繰り返すその時分、黒艶の大椅子に腰掛けてひとり、シンと静まった暗がりの私室でトキノ会長は寝言のように呟いていた。「あと3分……」
肘をついていた石鉄隕石製大机の上に、数十枚の紙幣が無造作に散らばっている、数枚が床に落ちていた。
『オークション終了まで、あと2分です』
トキノ会長、彼の左手首で金光沢に光るプレミアものの高級腕時計から知らせてくる情報には、イライラとイラつきが絶えなかった。空いた右手の指でカツカツと机を叩き、不似合いにも足のビンボウ揺すりが彼の気を治めようと休まず頑張っていた。目を閉じれば、思考ビジョンのなかに『情報』は提供されている。
「む」
衝撃が走っていた。価格が跳ね上がったためである。
『ID:X5XX16X2X9XXX “禁じられた壺” 現在の価格: 503,000,000,000 PY』
桁数が増えていた。「5030億だと!」トキノ会長の目がつり上がった。こめかみがヒクヒクと唸り、血管を浮かび上がらせていた。きつく握り締められた右手からくる振動は、伝って床にまで届いている。「一体誰が……」彼は、自分の欲する情報を探し、ビジョンに呼び込んでいく……IDは半分以上が隠されてはいるが、頭文字の3つの記号には見覚えがあった。いや、彼はすでに知っていて、『確信』していた。
「クルミめ……」
下口唇を噛み締め、眉間の皺が消えることはなく極端に怒りを顕にし、彼は急いで手を打った。自分の登録ナンバーを告げたあと、「ID:X5XX16X2X9XXX “禁じられた壺”、799,900,000,000 PY」と、また遥かに上回る金額で切り込んでいっていた。
彼は賭けに出ていた、7999億PY。入札単位(現在価格に対し最低限上乗せ必要な金額)自体も跳ね上がっており、他に入札をする者の気配もなさそうだった。これで引き下がれば笑い、とトキノ会長は残り1分と表示された更新履歴に固唾を呑んで見守るに徹していた。
もし相手がそれでも食ってかかってきたのなら延長、意地と財産を懸けた、生き残りゲームとなることも予想される。
(どうだ? ……どうなんだ、奴め……)
額と手の平にじっとりと嫌な汗が浮き流れていた。喉はカラカラに渇ききり、体が発火しそうなほどに熱く、時の経過が遅すぎて憎らしかった。
やがて彼にとっては朗報が届く――オークションの終了、相手は入札をしては来ず、管理者側からのトキノ会長への『勝利』宣告だった。
「うっしゃあああああッ!」
雄叫びは、大地の空気を震わせていくのだろうか、彼は年に似合わず若気の如く、勝利の瞬間に机を乱暴に叩き立ち、叫びながら散らばった紙幣を掴み、またはすくい上げバラ捲いていた。紙の吹雪は特殊インクの香り、舞うは儚き、支払い消える……。
彼は夢を金で買い、勝利、名誉を手にしたのである。「ふははははは……」腹から次々と愉快が込み上げてきていた、痒くて仕方がなく、まだ見ぬ落札した壺が脳裏を駆け廻っていた。
その時だった。
黒い塊が銃弾と化したそれが、トキノ会長の頭蓋骨を撃ち抜いていた。
「ぐ」
反動で出た声が、短く聞こえただけだった。
(な……ぜ……)
カカカと痙攣した口は続き無く、彼は倒れる、傍の机に適当さでぶつかってさらに頭を傷めつけ、沈んでいた。仰向けで絶し、僅かな出血だった量は増し、床の古傷を伝い赤く侵食していっていた……もう彼が起き上がることは、ない。
……
曲折した角度はプラスマイナス、トータルで62度余り、軌道は弧でも直進でもなく蛇のように曲がりくねり、窓を通りぬけて標的を貫いた弾丸は消失していった。見事に目標物だけを捕らえたこの犯行を、誰が把握し身を防護できようか、至極困難である。
狙撃者はテレキネシス者。軌道を自在に曲げて、弾は彼の意志通りに目標へと辿り突く。犯行など予測不可能な闇のなかに、ひとりの少年が風に靡き揺れながら都市を見下ろしている。無数の生活者が存在し、底に広がる風景は、上空を反映させた星図のようだ、光あるだけ生物がいる。目を細く、眠気も少々、指と指を擦り合わせながらの彼の姿勢は億劫、とてもだるそうだった。
『あれらを全て金にかえてやる……』
彼は、とんでもないと言われることの、理想を抱いていた。