第9話 4-2 シノアリス
不意にアリスの美しい顔が苦いものでも食べたみたいに歪んだ。
彼女の表情に呼応するように左手の鱗が「ガサガサッ」と音を立てて震え出す。
そしてアリスは素早く鱗に覆われた左手を振り上げた。
「ボボシュシュ!!! 」
くぐもった空気音と共に何かがアリスの腕から放たれた。
「キャッ!! 」
詩織は悲鳴を上げて思わず目を閉じる。黒い影が詩織の頬をかすめた。
「ザッ!ザッ! ザッ! 」
鋭いものが紙に突き刺さる乾いた音が図書室に響く。
詩織が恐る恐る目を開けると……、自分のすぐ鼻先でガチョピンが黒い塊を受け止めていた。それはアリスの左手を覆う鱗だった。ガチョピンは自分の頭から伸びたキーチェーンの金具を盾にして尖った鱗から詩織を守っていた。
どうやらアリスはその手を覆う鱗を散弾のように発射したようだ。複数発射された鱗は、詩織の頬や肩口、二の腕をかすめて後方の本棚にある分厚い本の背表紙に突き刺さっていた。本に刺さった鱗は「ブゥゥン」という低い音を立てて振動していた。
呆然とした詩織が無意識に頬を触ると、うっすら血が滲んでいた。
(「何っ、これ!? あの鱗を……、飛ばしたの!? 」)
アリスの鱗は盾にしたりその硬い表面で相手を殴りつけるものだと詩織は思い込んでいた。
(「まさか鉄砲みたいに鱗を発射できるなんて……! もしガチョピンが居なければ……、これって……、もしかしたら、わたし……、死んでいたんじゃ!? 」)
そう思った時、詩織の全身から一気に汗が吹き出した。膝がカタカタと震える。指先の感覚が痺れたみたいに不確かになる。
詩織が最も恐ろしいと思ったのは、鱗の弾丸が詩織の顔面を狙っていた事だった。アリスはためらいなく詩織を殺そうとしていた。しかも心臓ではなく顔を狙って……。
(「わたしを殺す気だ! わたし達リンコレや荻窪先生とは全然違う! リングホルダーを殺してでも指輪を奪う事に迷いが無い! 」)
しかもアリスの殺意には、女としての薄暗い嫉妬心が含まれている。詩織は今のアリスの攻撃から殺意だけでなく、ハッキリとした悪意を感じた。
詩織は無意識に後ずさる。
(「こわい! 早く逃げなきゃ…….」)
するとガチョピンが両手で掴んでいた黒い鱗を投げ捨て詩織に振り向いた。黒い鱗が床に落ちて「カラン……」と乾いた音がした。
ガチョピンの虚無の瞳は詩織をジッと見つめている。その視線が詩織に告げていた。
(「ヤラナケレバ、ヤラレル」)
「チャッキー! 子豚! 」
詩織は弾かれたように仲間の名前を叫ぶ。詩織の右手人差し指にある指輪がこれまでに無いほど熱を帯びた。
詩織の叫びに呼応してリュックからハサミと3本の包丁が勢いよく飛び出す。
「ギギギギィ!」
ハサミが奇妙な声を上げた。
「ブブブブッ!」
3本の包丁がブタみたいに鳴いた。
詩織は両方の人差し指をクルクルと回した。
ハサミと包丁達は空中で旋回を始める。ガチョピンはその様子に頷いて見せると、詩織の肩に乗って臨戦態勢をとった。
「ダンス! 」
掛け声と共に3本の包丁とハサミは、詩織の周りを8の字を描くように旋回してアリスを威嚇した。
このハサミの名前は祐一がつけた。彼の好きなホラー映画からとったらしいけれど、詩織はホラーが苦手でどんなキャラクターなのかよく知らない。3本の包丁は揃って豚っぽい鳴き声を上げるので、童話にちなんで「3匹の子豚」と名付けた。
詩織の魔法、ライフは与えた命に名前をつけると、より正確なコントロールが出来るようになる。そして生まれた命はそれ自体が時間と共に成長していく事を詩織は学んでいた。
詩織達リンコレメンバーは次の戦いに備えて、このひと月あまりの間、魔法を使った戦いのトレーニングを積んでいた。そしてリンコレ3人の中でも、詩織のライフは成長さえすれば一番戦いに向いていた。
「ふん……」
不意打ちが防がれアリスは不満そうに鼻を鳴らした。
「それがあなたの魔法ね。念力? ……いいえ、違うわね……、それぞれから意思を感じる……」
「ブギュンン! 」
アリスの言葉を遮るように3本の包丁が唸り声を上げて突撃した。
包丁はそれぞれ空中を直角に曲がりながら不規則に飛行してアリスに襲いかかった。その物理的にありえない動きに、アリスは驚き息を飲む。そしてため息混じりに言った。
「あまり魔法を使いたくないのに……」
とても包丁の軌道を追いきれないと判断したアリスは、腰を落として左肘を曲げた状態で胸の前に鱗の腕を掲げた。
するとアリスの左腕は風船のように膨らみ、全身を覆う円形の盾に変化した。その盾は鱗がパクパクと揺らめいていた。
「グワァワァワァ! 」
鱗の盾はまるで笑い声みたいな音を立てた。ゴツゴツとした黒い鱗で形作らた盾は醜く膨らんでいく。
3本の包丁はそれぞれ別の角度からアリスに突撃した。それに呼応するように鱗の盾はさらに大きく膨らむと、半円形の黒いバリアとなってアリスを包み込んだ。
「ギンッ! 」
硬質な音とともに包丁は3本ともアリスの盾に弾かれてしまった。
包丁のひとつは衝突の勢いで粉々になる。もう1本は刃の部分が半分に折れて地面に落ちた。
折れた包丁は青白い煙を立ち上らせると、あっという間に型が崩れ、煙と共に白い粉へと変わった。
無傷で残った包丁は「プギュ……」と悲しげな声を上げて、空中でクルクルと回転し様子を伺っている。
「ふん。半分くらい壊れたら死んでしまう訳ね」
アリスは鼻を鳴らすと無感動な表情で言った。
アリスの黒い盾も包丁がヒットした部分は鱗に亀裂が入り、そこからタールのような黒い液体が垂れていた。
(「あの鱗……、とても硬い……。子豚やチャッキーじゃ貫けない……」)
すると鱗の盾全体がブルブルと震えるような動きをした。その蠕動によって傷つき破損した鱗は床に落ちる。そしてすぐにアリスの膨らんだ左手の盾から新しい鱗が生えてきた。詩織は目を丸くしてアリスの鱗に覆われた左手を見つめる。
(「えっ!? あの鱗って生え変わるの!? あれじゃあキリがないじゃない! しかも形を自由に変えられる? 自在に変形する皮膚……。ささや祐一ならトランスフォームの魔法とか名付けそう……。 もう! 今はそんな事考えている場合じゃない! それよりも、鱗は破損した部分が生え変わってしまう。多分、アリスさん自身にはほとんどダメージが無い。それに引き換えわたしの包丁は残り1本……。やっぱり命を与えて間もない仲間は弱い。せめて1つ1つに名前をつけてあげればよかった……。どうしよう? どうしよう! アリスさんは自分の指輪の魔法を上手に使いこなしている。こんなことならもっとライフの魔法を使って仲間を増やしておけばよかった……」)
詩織は焦っていた。
ささや祐一がいないこの状況で、相手の魔法は接近して直接、自分を攻撃してくるタイプだった。対して詩織の魔法は相手との距離が離れていた方が戦いやすかった。
(「わたしではアリスさんに勝てないかも知れない? わたしはここで殺されるかも知れない? どうしよう!? どうすれば!? 」)
詩織が弱気になりかけた時、ガチョピンが詩織の頬を叩いて「うん、うん」と頷いた。
「キキキィィィ! 」
呼応するように浮遊していたハサミのチャッキーも、その刃をガチャガチャと交差させて詩織を鼓舞する。
「プギュッ! 」
生き残った包丁も唸り声を上げた。
詩織の仲間たちが「まだヤレる! 」と声を上げていた。
(「そうだ。わたしにはまだ仲間が残っている。それにわたしの魔法、ライフは物に命を与える……」)
詩織はくるりとアリスに背を向けると、一目散に駆け出した。
「えっ……、ちょっと!? 逃げるの? 」
急いで詩織を追うアリス。
詩織は2メートルはある大きな本棚の林を走り抜けた。
(「とにかく距離を取らなきゃ……」)
詩織が書架の角を2度ほど曲がった時、背後で「ブゥゥゥン」という不吉な振動音が聞こえた。
走りながら詩織がチラりと後ろを振り向くと、アリスの左手がボコボコと膨らみ、別の何かに変わっていくのが見えた。
瞬間、アリスは詩織を見て笑っていた。
すぐさま詩織は次の角を曲がり、本棚の路地を出来るだけ不規則に走った。
(「止まってはダメ! 時間を稼げばチャンスはある。ココはわたしに有利だ。リングホルダーと出会ったのが、この場所でよかった 」)
体育館ほどの広さがあり、遮蔽物も多いこの空間ならば、接近戦が得意なアリスの魔法から身を隠しながら戦える。そして何よりこの場所には物が沢山あった。ここなら詩織の味方は容易に増やすことができる。
「ブゥザザザザァァ! 」
詩織の耳に何かが裂けるような音が飛び込んできた。
耳障りな音とともに突然、詩織の直ぐ横にあった本棚が真っ二つになる。アリスが左手の鱗を大きな刃物に変化させて、2人を遮っていた本棚を切断したのだ。
(「なんて切れ味!? あんなに大きくて分厚い本棚を簡単に真っ二つにするなんて……」)
一瞬、盗み見たアリスの左手は大きな刃に変化して、鱗の1つ1つが小刻みに震えていた。アリスの刀は鱗が高速で振動してその切れ味を増しているようだった。分厚い本が木製の大きな本棚ごとぱっくりと裂けて、切断面はノコギリで切ったようにギザギザになっていた。
(「あんなので斬りつけられたら……、ぐちゃぐちゃになっちゃう!! 絶対に捕まっちゃダメだ!! 」)
「逃がさない! 」
そう言ったアリスが左手を振り抜くと、また鱗の弾丸が発射された。
「シュッ! 」
「ザザザッ!」
しかし詩織の周りに素早く数冊の分厚い本が旋回し、空中を移動する盾のように彼女を守った。詩織は逃げ回りながら手近な本にライフの魔法で命を与えていた。
(「あの子達……、すごい! 大した指示を与えた訳ではないのに、上手にわたしを守ってくれる! この学校の本たちは聞き分けがいい……。自宅にあったハサミや、近所の金物屋で買ってきた包丁は思い通りに行動させるまですごく時間が掛かったのに……、ここの本はわたしの考えをすぐに理解してくれる。あっ、そうか。学校の図書館にある本達って育ちが良いのかも……。あれ? そもそも物にも育ちの良さってあるのかな? 例えば大事にされて長く使われていた物なら性格が良かったり……。長生きしている分だけ頭が良いのかも……? 」)
詩織は頭を振って余計な考えを追い払った。(「今は戦いに集中しなくっちゃ! 」)
詩織は本棚に手を伸ばしては、次々に口づけしてライフの魔法を発動させていく。
聞き分けの良い本達は、誘導ミサイルのようにアリスに襲い掛かる。
「ぐぎっ! 」
黒くて分厚い百科事典が回転しながらアリスの脇腹をえぐった。
「鬱陶しいぃぃぃ! 」
痛みに激昂したアリスは、鱗の刃を一際大きく膨らませると、あたり一帯を薙ぎ払った。分厚い本達は紙吹雪みたいに細切れに吹き飛ばされていく。
そうしてアリスは鱗の形を自在に変化させ、詩織の攻撃を防御しながらも、本棚や机などの遮蔽物を次々に破壊していく。
「ブゥゥン! 」
「ザザッ!!」
「ズガガガッ!」
2人の鬼ごっこはしばらくの間続いた。
しかし詩織のライフで生み出される命より、アリスの鱗が壊していく命の方が多かった。そしてアリスが本棚を切断する度に、詩織の逃げ場はどんどん少なくなっていった。
やがて詩織は図書室の一番奥まで追い詰められた。そこは先程の大きな鏡がある場所だった。
息を切らせた詩織は、がっくりと背中合わせに鏡へよりかかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……、限界……。はぁ……、はぁ……、もう……、走れない……」
アリスはゆっくりと詩織に近づいた。
「もう一度聞くわ。諦めて指輪を渡せば命は助けてあげる。どうする? 」
(「最後通告? ……いいえ、きっとアリスさんはわたしを殺す気だ。特に理由は無いけれどアリスさんの性格は分かる。1度自分で決めた事は絶対に曲げないタイプだ。そしてあの人はすでに指輪を集める覚悟ができている。たとえそれが人の命を奪う事になっても……。自分の夢を奪い、今も醜く変化していく体に、あれだけ恵まれた容姿のアリスさんが我慢ができるはずがない。わたしも女だから自分の美しさが不条理に奪われる苦しみは簡単に想像できる。その恐怖はよくわかる。それにアリスさんはピアノを弾くという夢までも指輪に奪われてしまった。だから自分の体を元に戻すためならどんな犠牲もいとわない! わたしを生かして、あとから復讐される危険を残すとも思えない。それにもし……、わたしを殺さなかったとしても、……指輪同士は引かれ合う。遅かれ早かれ、次はささや祐一の指輪が狙われる……。わたしがここで負けたらあの2人がアリスさんに襲われちゃう。……それは絶対にダメ。やっと手に入れたわたしの居場所! 守って見せる……、いまのわたしにはその力がある! 」)
心を決めた詩織は、ギュッと目をつむり首を横に振る。アリスの提案に対するノーの意思表示だった。
「そう……、なら終わりね。それじゃあ……、醜く弾け飛べばいい! 」
アリスはゆっくりと醜い左手を振りかぶった。
詩織はアリスの動作に呼応するように、よりかかった鏡からおもむろに離れる。
するとアリスの正面に大きな鏡が現れた。
アリスは鏡に写った自分の姿を真正面から見た……。
「!!! 」
アリスは凍りつく。
鏡に映る自分の姿。それはすでに人間ではなかった。鱗は左手だけでなく、顔から足まで左半身全体に広がっていた。左半身は衣服が破れて黒々とした不気味な鱗が露出していた。美しかった髪は半分以上が怪しく鼓動するこぶし大の鱗に覆われている。ブラウンの瞳は左目だけ爬虫類のような濁った黄色に変わり、ヘビのような虹彩を放っていた。瑞々しかった唇はひび割れ、口の左半分はトカゲのように大きく裂けていた。口内には二股に分かれた舌が見える。左胸は乳房の膨らみがなくなりヌルヌルとしたきめ細かい蛇腹状の皮膚に覆われいた。鱗は体の部分、部分で色や形状が違っており、そのアンバランスさがアリスの醜さを助長していた。
「何っ!? ……これ?? ……これが、わ、わたし!? 」
アリスは、目の前の現実を受け入れられずに立ちすくんだ。右目から溢れた涙がまだ美しいままの真っ白な右頬を伝っていく。
「あなたは魔法を使いすぎたの。魔法を使う時、目は赤く光る。そして魔法を使った分だけ呪いを受ける。呪いが発動すると目が金色に光る。アリスさんが魔法を使う時、右目は赤く、左目は金色になっていた。その指輪は魔法と呪いが同時に発動するタイプみたいです……」
詩織は申し訳なさそうに言った。
アリスは詩織の攻撃を防ぎ、また追い詰める為に様々な形に鱗を変化させていた。初めから詩織の狙いはアリスに魔法を使わせることだった。そしてアリスは詩織に誘われるがまま魔法を浪費し、結果、自身が一番恐れていた醜い化け物の姿に短時間で変わってしまったのだった。アリスが一番見たくないものを見せれば、心が折れて隙ができると思った。詩織はアリスにとって一番大切なものが、その美しい容姿だと見抜いていたから。
「いやぁぁぁ……」
かすれた声でアリスが崩れ落ちる。
詩織は呆然自失のアリスを見つめ、最後の攻撃体制に入った。アリスの両脇にある本棚の陰には、さきほど命を与えた2つの長テーブルがスタンバイしている。詩織は大きなテーブルを使って、プレス機のようにアリスを押し潰すつもりだった。
しかしその時!
詩織の体に不思議な感覚が生まれてた。
(「んん……!? どうしたんだろう!? 胸のあたりが……、ひどく窮屈だ……。あれ……? 何これ……、お腹が痛い? 何これ、妙な重みが……。いや胸やお腹だけじゃない! 体の関節の至る所がズキズキと痛い……。肘や膝がミキミキと軋んで……」)
「何これ……? ……あっ! ああっ! ……わたしのか、体が、……えっ!? な、何……、お、おかしい!? 」
そして痛みと一緒に今まで感じた事の無い甘い震えが詩織の全身を包んだ。
「あはぁぁ……」
詩織は刺激に耐えきれず悩ましいため息を漏らした。その声でアリスも詩織の異変にやっと気づく。
「あなた……、どうしたの? ……その血、……えっ、生理? ……えっ!? ……その体は? 」
アリスの言葉に驚いた詩織は、自身の下半身に目を落とした。詩織の股間からは大量の血が溢れ、太ももをネットリとした赤黒い塊が垂れていた。それは自分の股間から漏れ出た血だった。
「そ、そんなはず……!? アレは先週終わったばっかり……」
事態が飲み込めずパニックになった詩織の目は鮮やかな金色に発光している。
「ああっ! そっか、そっか! あはっ、あははっ、あははははっ! ……そうなんだ。ふーん、あなた……、そうなんだ! わかった!! 詩織ぃぃ、あなたの呪いはね、 歳を取ることよ!! 」
アリスは楽しくて仕方がないといった様子で笑う。
「えっ……!? 」
身体中の至る所からいっぺんに様々な信号が送られ詩織は両肩を抱いて震えた。
詩織の頬が桜色に染まる。
「あっ……、あぁぁ、い、いやぁぁ……、だ、だめぇ……あっ! あぁっ! だぁめぇぇ…….、あぁ! 」
詩織は荒い呼吸で悩ましく喘ぐ。痛みはだんだんと和らいでいき、かわりに熱い波のような快感が詩織を中から壊していく。自分の体が自分のものじゃないみたいだ。
「よく見てみなさいよ! あんたの髪、そんなに長かった? 」
詩織の髪は床につくほど伸びていた。
「あんたの身長、そんなに高かった? おっぱいだってそんなにおおきかったっけ? ワンピースだって超ミニになってるじゃん! 何それ!? 誘ってるの? あはっ、あははははっ! それにあんたのまんこから出てるどす黒い血! その血は何よ、汚っ!! 何漏らしてんのよ!! 」
アリスは気が違ったようにゲラゲラ笑いながら、詩織の変化を1つ1つ指摘していく。詩織は体の中から沸き起こる甘い刺激に身体を震わせ、次々に発せられるアリスの罵倒に耳を抑えて崩れ落ちた。
「あんたの指輪の呪いは加齢! ホント、女としては最悪の呪いね! その見た目ならもうあたしより年上なんじゃない? あははっ! わかってるの? あんたは一瞬のうちに中学と高校の時間を失ったのよ。あはっ! あははっ! 可哀想に! そんなんじゃ、あっという間におばあちゃんになるわねぇぇ!! 」
アリスの言葉が詩織の心を的確に砕いていった。
「わ、わたしが……、おばあちゃん!? 」
詩織の頭は一瞬にして真っ白になった。そして胸の奥の奥。とても深いところから黒い津波のような何かが溢れ出すのを感じた。詩織はその黒い波に飲み込まれ知らないところへ押し流されていく。
(「こんなの嫌だ……。もうダメ……。こんなの……、耐えられない。嫌だ……、嫌だ……、嫌だ、イィィヤァダァァァ!!! 」)
アリスは詩織を指差し腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。
詩織は真っ黒な何かに包まれ溺れた。
詩織を襲っていた甘い刺激が途絶えた時、彼女は無表情に上を向いて立ち上がった。
その瞳は濁ったガラスのように空虚だった。
「……胸が、きつい」
詩織はスポーツブラを強引に胸元から引き抜くと床に投げ捨てた。
それから詩織は薄く笑った。