0922
「うぐ。えっぐ」
その日、遮音様は泣きながら帰宅し、すぐに酒を飲み始めた。
「涙の理由を教えてもらえるか」
「話すから包丁はしまいなー」
「わかった。なら、これで」
包丁をしまって別の物を手に取った。
「一升瓶を武器に選ぶな!苛められてるとかじゃないから安心しなー」
「ならどうして」
「ホラ、横来て」
自分の隣をポンポンと叩くのでそこであぐらをかいた。彼女もそうしていたし、ラミィの座り方は基本あぐらだったから。最初は顔を見ていたが、自然と目線が下にいく。そこで閃いた。私はあぐらをやめて正座に変えて目線を高くした。
「お!この角度なら谷間を上から覗き込めるなぁ」
「慰めてくれるんじゃないんかい!」
「あ、ごめんごめん。おっぱいが目の前にあったら取り敢えずガン見するだろ。あわよくば揉む」
「どんな思考回路よ!私の心配をしろ!」
どんなって、遮音様がインストールした憧れの相手の思考回路だが。
「心配してるって。で、何がおっぱ...あったんだ?」
「間違える要素あったか今!…最近ラミィ先輩の調子がおかしいのよ」
「へっ」
「笑うな!」
ドゴッと鈍い音が鳴るレベルで顔を殴られた。
「いて!殴るな!...いや、痛くないワ。痛覚無いワー」
痛くないって最高!
「うざ!」
「調子がおかしいっていうのはどうおかしいんだ?」
「スランプかなー。仕事にキレが無くて失敗が増えたのよ」
せれはまたわかりやすいことで…。
「へー。女でも出来たんじゃね?」
「お、女!?付き合ったのか!私以外の奴と!」
「いや、知らんよ。そう思っただけ。っつーか、そんな気になるなら最初から告っとへぶっ!」
「黙りなー」
黙れも何も、口を押さえられているんだが。
「はび。ずびばべんべじだ」
謝った。モゴモゴ言ってるだけで伝わらないだろうけど。
「ラミィ先輩は憧れであって、そんな身近な存在じゃないの。それに、一番になれなくていい。疲れた時の羽休めとか、酔った勢いとか、気の迷いとか、理由は何でもいいから私を求めてくれることが一度でもあるならそれで」
それから長々とくだらない話をしたと思うがよく覚えていない。
遮音様が机に伏してしまったのでフードを被って一升瓶片手に外に出た。
いくら遮音様の意向だとしても、一番に選ばない相手は許せない。ラミィの恋人を殺して私も消えれば遮音様はラミィに近付ける。それでいい。セクサロイドの使命は主人の性処理だ。直接手を出すのを拒まれたのなら、意中の相手を目の前に持ってくるまでのこと。
ネオン街を徘徊してようやくラミィを見付けた。隣に鉄腕娘々がいてお喋りしている。凄く楽しそうだ。
その娘を見て、得心した。顔も可愛いし、儚くて弱い。見捨てたらきっと野垂れ死ぬ。子猫みたいに。こんなのと一緒なら仕事に集中出来なくて当然。
だから殺す。
こいつがいる限り遮音様はラミィの一番になれない。
二人が別行動を取ったので、私は足音を殺してその娘を尾行した。人気の無い場所へ行くのを待っていたら、自ら路地裏に入っていった。
これはチャンスだ。早足で進む。
だが、路地裏に入る直前で後ろから手を引かれた。
「?」
振り向くと。
パンッ!
ビンタされた。
「何してるのよ」
遮音様が物凄い怒った顔で私を睨んでいた。
「...」
「お前は何も痛まないでしょうけど、私は痛いんだからね!ホラ!帰るよ!」
くるっと身を翻して明るい街中へ一歩を踏み出した。
「...いいのか?だって、このままじゃ遮音様はラミィの一番になれない」
彼女は顔だけ振り向いてこう言った。
「見くびるんじゃないわ!ラミィ先輩の成績が落ちている今、その後釜が誰になるかが勝負。私は一位になってラミィ先輩の隣に立つのよ!だから、お前は私をサポートすること。寂しい思いはさせないでよね!」
「...うん!」
胸の痛みの質が変わった。
もう二人の恋を応援なんかしない。してやるもんか!