庖丁解牛
「あれまあ...」
地中レーダーをレンタルして廃植物園を調査すると、呆気なく見付かった。惚莇のテントの真下に土で巧妙に隠された円い蓋を持ち上げると、なんとそこに娘が通れる広さの穴があった。私もテントの中を調べたことはあったけど、下まで見ていなかった。
「えーと、取り敢えずは報告...」
いや、駄目だ!
私と同じ立場の娘だけで調査しないと、揉み消されるかも知れない。ラミィちゃんと友隣先輩を呼ぼう。
ラミィちゃんは今日は家から出ないし、友隣先輩は配信を終えたら家でくつろいでるんじゃないかな。
兎に角急がないと。
全速力で街へ戻る。
廃植物園を抜け、繁華街に到着した。
「さ~て、竹馬竹子、行きますわよ~って誰やねーん!でぃひゃひゃひゃひゃ!」
深流先輩まだ配信中か。いつまでやるんだ。
見付からない様に道路の隅に隠れ、深流先輩が過ぎるのを確認してから進んだ。
ん。
何かチラリと見えた様な...。
足を止めて引き返した。
路地を覗くと、地面に四角い鉄板が落ちていた。そのすぐ前の壁に大きな穴がある。
確か、初めて友隣先輩に会った時に塞いでおくって言ってた穴だ。
って!何でこんなことやってんの!早くラミィちゃんに...。
固唾を飲んだ。
私が無意識にここを最優先した理由がわかった。
鉄板の近くから泥の付いた足跡が伸びていたのだ。
足跡というのは実に個性が出るもので、同じ靴を履いている娘は私とラミィちゃんぐらいだ。そしてこの足跡、見覚えがある。惚莇の捜索の時に見て覚えたものだ。
泥はまだ乾いていない。
まさか、また誰かを攫いに来たのか!
事態は一刻を争う。二人の家に向かっている時間は無さそうだ。
助力を求める短文と現在位置をメールし、足跡の追跡を始めた。
ここに戻る保証も無い。追うのだ!
転がりそうになりながらも無我夢中で走った。
と。
ネオン街の明かりの真ん中に、灰色のフードで頭を隠した何者かの背中を見付けた。薄っすらとしてきてはいるが、確実に足跡はその者から生まれている。フードの輪郭からして八百キロの等身大の鉄腕。間違いない。
鼻歌を歌いながら軽い足取りで歩いている。
許せない。
抜刀して刃を肩の高さで構えた。
姿勢を極限まで低くする。
『手加減したのは残念だけどね』
ママの言葉が甦る。
刀に熱を溜めて赤く染めて、熱を放出してミサイルみたいに突撃した。
斬撃は赤い雷となり不規則な軌道を描きつつ惚莇へと向かう。
手加減してごめんなさいママ!だって全力はこいつにぶつけたかったから!
「【赤い紫電一閃-一鳴-】!」
雷鳴が轟いた。
赤い雷が惚莇を襲う。
だが。
刃が彼女の肌に触れることは叶わなかった。
私に背を向けたまま、鉄の掌で刃を摘まんで止めていた。
さっきいた場所から伸びていた赤い雷は、スゥと消えていく。
「【紫電一閃】だっけ?やっぱり、名前負けだね」
半分だけ振り返り、フードから横顔を覗かせた惚莇はニッと笑った。