積土成山
「待たせんじゃ、ねぇぇぇ!」
開口一番、深流先輩が叫んだ。
いや、無理だよ。いきなりこんな地下の宿舎まで呼び出されて、大急ぎで飛んできたけどこの時間だよ。
「まあまあ、落ち着いて深流ちゃん。急に呼び出したんだから、これでも早いぐらいだよ」
流石ママ!わかってくれるのはママだけだよぉ!
「で、何の用事ですか」
と同じく召集を受けたラミィちゃんがお腹を掻きながら尋ねた。
「特訓だよ、ラミラミ!」
「特訓?」
ラミィちゃんは首を傾げた。
傾げた首を元に戻して、
「二人のその火傷と関係ある感じですか?」
火傷。
最初から気になっていたんだけど、二人とも体のあちこちに火傷がある。まるで、赤く熱した鉄腕で殴られたみたいに痕だ。
珍しく深流先輩が狼狽えた。
「これはだなー…伝電ちゃんと特訓してついたんだよ!」
「ふーん」
明らかに何かを誤魔化しているが、ラミィちゃんは追及しなかった。
「二人の鉄腕はもう赤くなるんだよね?」
ママからの質問にラミィちゃんは元気に答える。
「勿論!」
少し遅れて私も答える。
「なります!」
「いい返事だぜぇ。次のステップに入る前に、ちょっとした腕試しをしようってんでい」
江戸っ子!?深流先輩ってこんな話し方だったかな。元から変な娘ではあったけど。
「腕試し?」
私が訊く。
「ぺこ太郎!」
その声に応じて、宿舎の向こう側から何かが飛び出した。
「おいおい!ありゃあ...」
私達の前にそれは降りた。いや、降りたというより、落ちたに近い。何故ならそれは、【黒飛竜】の胴体部分だけだったからだ。
運んできたぺこ太郎が横合いに歩いていく。
「壊せ」
深流先輩から短い命令が下された。
え。それだけ。何かこう、もっと説明があっていいと思う。
「えーっと、ママ?」
「やれ」
わぁ。急にスパルタだねぇ。
「ま、修行の成果を見せればいいんだろ」
ラミィちゃんは軽く準備体操をして、
「離れた方がいいぞ」
その忠告に従ったのは私だけだった。
「じゃ、私から」
ラミィちゃんは地面を蹴り、高く高く跳んだ。
最高地点に到達し落下が始まる。直後、鉄腕が一瞬で赤く染まった。熱でラミィちゃんの周囲の空間が歪んで見える。
「おお!」
ママから感嘆の声が漏れた。
ラミィちゃんは空中で頭を下にして、【黒飛竜】の真上から虚空を蹴って垂直に落ちた。
まるで落雷。
一瞬だった。
落下と同時に捲り上がった地面が土砂を撒き散らした。突風と土砂に襲われ鉄腕で顔をガードした。二人は仁王立ちのまま動かなかった。風も土砂も深流先輩を避ける様にして後ろに流れていく。
一方、ママの方は見えない壁にぶつかる様にママの目の前に土砂が積み上がっていく。
それを見て気付きを得た。
熱で風を生んで防御しているんだ。けど、違いがある。得手不得手が技に影響しているのかな。
土埃が晴れていくと、目の前に巨大なクレーターが出現した。その中央で【黒飛竜】の胴体は空き缶みたいにぺしゃんこに潰れている。【黒飛竜】を一撃で蹂躙しその上から下を眺める様は、あの日の師匠と茶黄さんに重なった。
すげー。これが今のラミィちゃんか。
「どうですか?師匠の真似して上から叩き潰しましたけど」
ラミィちゃんが自信満々に訊いた。
二人の反応は?
「悪くないね」
深流先輩は小さく頷いた。
「凄い凄い!これなら弟子をとれるレベルだよ!」
ママは大はしゃぎしてる。
ぬぬ。
「次!私!」
私だっていいとこ見せるんだから!
ラミィちゃんとは離れた場所にぺこ太郎が新しいのを運んできてくれた。
「危ないから離れてて下さいね」
しかし、誰も動かなかった。
気を取り直す。
柄を掴み、姿勢を低くした。そして、思い出す。かつて【黒飛竜】から受けた屈辱。己の無力を痛感してからの修行の毎日。
あの頃とは違う。私は強くなった。
刀を抜き、切っ先を後ろに垂らした。そして、刀身から熱を放出。体がふわっと浮いたと同時にトンッと地面を蹴った。そこから一気に噴出して弾丸の様に鋭い速さで地面すれすれを滑走した。
肉体の動きを熱を放出して加速する技術。これは惚莇から盗んだ。彼女は熱放出による加速で超人的な身体能力を発揮していた。ちなみに、ラミィちゃんが虚空を蹴ったのも同じ原理で、足裏から熱を放出している。
【黒飛竜】の懐に入る直前で熱噴射を止めて納刀。後は慣性に任せた。そして、懐に入って両足で着地。すかさず刀を抜いた。抜刀した刀身は熱で赤く染まり、むわっとした熱気が一気に周囲に広がった。
刹那。
【黒飛竜】の胴体の左下から右上にかけて赤い一閃が走った。
「【赤い紫電一閃】」
斜めに切断された胴体が金属の擦れる嫌な音を上げながらズレていき、ドスン!と地面に落ちた。
「どうですか?」
私は左手でズボンをギュッと締め上げた。
どういう反応かと不安になったが、ママは左手でオッケーを作った。
「うん!凄いよ!ただ、手加減したのは残念だけどね」
「...はい!」
ズボンを締めていた左手を緩めた。
「使い物になりそうだね。今日はもう帰っていいでよ」
深流先輩がバイバイと手を振っている。
「え。特訓は?」
ラミィちゃんがキョトンとして尋ねる。
「今日はこれの片付けがあるから」
深流先輩は【黒飛竜】の残骸と、ラミィちゃんが作ったクレーターを指差した。
帰り道。
「ねぇねぇラミィちゃん」
「ん?何だ?」
ラミィちゃんは頭の後ろで手を組んだままこっちを見た。
「あの火傷、何か怪しいね」
ラミィちゃんはそっと視線を外した。
「ま、本人が話したくないんだからそっとしとこうぜ」
「それはそうなんだけど」
煮え切らない態度にイライラしたのか、
「まだ何かあるのか?」
と怒気のこもった声が飛んできた。
私は『あはは』と笑いながら、
「実は師匠が昨日から帰ってないんだよね。衣類も処分されてるし。タイミングが良すぎるというか」
ラミィちゃんは少し考え込んでからこう言った。
「何かあったのかもな。確かに鬼気迫るものがあるって感じだったけど、教えてくれるまで待つしかないんじゃね?」
「...そうだね」
でもそれじゃ遅すぎる。
あの二人が怪我する程の異常事態だぞ。