胸を借りますよ新しい師匠
参ったな。あれから【名無し先輩】はゲーセンに来なくなった。
「勝ち逃げしやがって」
ゲーセンを出て、ショタ成分を摂取しようとバーへ向かっていると。
「頑張れ!良い感じ!」
何処からか声が聞こえてきた。
「...ママの声だ」
声の方へ吸い寄せられる。
「は~ッ!」
続いて【玉葱先輩】の声。
何やってんだ?
進んでいくと、二人はスーパーの前にいた。
「頑張れ!もうちょい!」
「ん~ッ!」
何をやっているんだろう。【玉葱先輩】が力み、二人で鉄腕を凝視しているが。ん?よく見たら鉄腕から湯気か何か出てモヤモヤしてる。
「はーっ!」
【玉葱先輩】はかなり気張ったが、何も起きずに息切れした。
「はぁ...はぁ...どうだった」
「前よりかは良くなったね。でも出来なかったからおやつは抜き」
「うん...」
会話が途切れたな。よし。
「何やってるんですか?」
と二人に近付いた。
「あら、ラミィちゃん。買い物?」
「ううん。通りかかっただけ」
「そうなの。友隣ちゃんは熱を鉄腕に溜める練習をしてたのよ」
「熱を溜める?」
「まあ、見てて」
ママは鉄腕を私の方に寄せる。すると、鉄腕が赤く光り始めた。熱気が私の顔にまで届いてくる。
「熱エネルギーを一旦鉄腕に溜めることで絶大な破壊力を発揮するんだよ」
そういえば、確かメロンは空気中に放出した熱を刀に集めてたな。取り零しがあるから無駄になる分があるって言ってたけど、これなら無駄が無さそう。
「それ、私にも教えてよ」
「勿論よ。早速だけど、一度やってみて」
やってみてと言われても、どうすればいいんだ。体外に放出するもんを鉄腕に留めるってんだからこうか?
見様見真似でやってみるが、普通に空気中へ逃げていく。
「腕全体から出すんじゃなくて、幾つかの穴から鋭く出すイメージだよ。やってみて」
どんなイメージなんだ、それ。
「ふんっ!」
言われた通りにしてみるも、全く変わらなかった。
「いきなりは無理だけど、毎日やれば上達するよ」
気休めを言われてしまった。
「あたし、ゲーセン行ってくる!」
【玉葱先輩】が走っていく。
「頑張ってね」
と見送るママ。
頑張る?何を?
気になったから付いてきたけども、【玉葱先輩】は普通に音ゲーで遊んでいるだけにしか見えない。今日も今日とてメロンはゾンビゲーに没頭している。
あいつがこんな長い期間修行をサボることは決してない。何かある。思えば、師匠の修行は詳しい内容を聞かされないままやってたな。何が目的か自分で汲み取る必要があったっていうか。
ただのゲームではないかも知れないと思い、【玉葱先輩】に注目する。彼女がプレイしているのは画面中央の上下左右と斜めの合計八つの矢印に向かって、音楽に合わせて流れてくる音符を重なったタイミングでボタンを押すゲームだ。上下左右は手元のボタン、斜めは足下の床のパネルを叩くのだ。
五分、十分と徒に時間が過ぎていく。妙な部分は全く無い。しかし、三十分を過ぎた辺りである変化に気付いた。
あれ?何か速くなってね?
ゲームの画面がギャラリーも見れるからこその発見だった。画面の流れが明らかに速くなっている。そして、それを叩く【玉葱先輩】の手の動きは目にも留まらない。残像で四肢が倍に見える。
私にあのスピードは出せない。【玉葱先輩】って意外とすげー奴だったんだな。
終盤になるにつれ、ゲームスピードは更に上がる。彼女の腕の動きも更に速くなる。
私ならあんな超高速で流れてくる音符の配置を見分けられない。中には直前でふらっと隣のボタンに軌道を変えるものや、ボタンに近付いたり離れたりしながら衛星の様に周囲を回っているものまである。
【玉葱先輩】は私にはない筋力と目と頭を持っている。
そう感じて初めてこのゲーム、ひいてはこのゲーセンの目的が理解出来た。
そうか!ここのゲームは筋力と思考の瞬発力を上げる訓練になっているんだ!画面の変化に即座に対応する反射神経と瞬間的な判断力が求められる!【名無し先輩】に勝てない理由はこれだ!同じものを見ても、そこから判断を下すまでの時間が違うんだ!
足りないものを自覚し、視界が晴れていく感覚を覚えた。
...正直に言って、私は友隣先輩のことを甘く見ていた。こいつから教わることは一つも無いと決め付け、見下していた。なんて思い上がりだ!先達は誰だって、私よりも何かに優れていて当然じゃないか!何も学べないんじゃない!相手の実力を見抜けずに学ぼうとしなかったのは私だ!
ゲームが終わったタイミングで友隣先輩に駆け寄った。
「先輩!」
「わ!なになに!」
「ゲームのコツ教えて下さい!」
彼女は目を逸らしてもじもじしながら、
「え、ちょ、何、急に。う、上手く教えられるかなぁ」
「グダグダ言うな!やれ!」
「ハイィ!」